誰にも相談できない、けど、まぁ……
「……これ、どう考えてもおかしいだろ。」
仕事を終えて帰宅したはずの俺は、玄関に立ったまま、部屋の中をじっと見つめていた。
昨日と同じように、シトリが正座して「おかえりなさいませ」と微笑み、
リブリアが背筋を伸ばして無言で頷き、
ネムが布団の上で手を振り、
クッカが「お疲れ様です、ご主人様」と、温かな声で迎えてくれる。
誰もが自然に、当たり前のように、俺を「ご主人様」と呼ぶ。
俺の部屋で、家具だったはずのものが、女の子の姿になって。
しかも、まるで何事もなかったかのように振る舞っている。
「…………。」
いやいやいや。
これ、どう考えてもおかしい。
異常だろ、これ。
普通じゃない。
絶対に普通じゃない。
頭の中がぐるぐる回る。
とりあえず誰かに相談するか?
いや、だめだろ。
友達? 同僚? 親? 誰に話すんだよ。
「うちの家具が女の子になったんだけど」なんて言ったら、
笑われるか、頭の心配をされるか、病院を勧められるのがオチだ。
そんなの、目に見えてる。
じゃあ、幽霊とか?
怪異現象?
でも──
視線をクッカに向けると、彼女はテーブルの上に並べたお皿を軽く拭いて、笑顔を向けてくる。
「ご主人様、お疲れでしょう? 夕飯、できていますよ。」
「…………。」
カメラを取り出して写真を撮ってみた。
──ちゃんと映っている。
鏡に映る姿も、普通に見える。
触れてみれば、手のひらにしっかりと柔らかな感触がある。
体温も、匂いも、息遣いも。
「これが幻覚とか、ありえないだろ……。」
小さな声で呟いた言葉が、妙に重く胸にのしかかる。
──じゃあ、これはもう、「そういうもの」だと、割り切るしかないのか?
考えれば考えるほど頭が痛くなる。
でも、視界の端で、クッカがエプロン姿で皿を並べながら微笑む姿が目に入ると、
その温かな空気に、なんとなく「まぁ、いいか」という気分になってしまうのが、不思議だった。
「ご主人様、どうぞ。できたてですよ。」
テーブルの上に並んだのは、
煮物、味噌汁、炊き立てのごはん、焼き魚──
どれも家庭的な、ほっとする香りが漂う料理だった。
一口食べると、ほろりと柔らかくて、優しい味が広がった。
「あ……美味い。」
思わず声が漏れた。
「ふふっ、よかった……!」とクッカが少し頬を赤らめて嬉しそうに微笑む。
その笑顔が、なんだか妙に眩しくて、
俺は少し視線を逸らした。
「…………。」
頭の中では、まだ疑問と不安が渦を巻いている。
でも、目の前のごはんは美味しくて、香りは温かくて、
そして彼女たちは、当たり前のように俺の帰りを待っていてくれていた。
「……まぁ、細かいことは、いいか。」
ぼそっと呟いた言葉に、誰も答えなかった。
ただ部屋の中に、食卓の湯気と、微かな笑い声が溶け込んでいった。