帰る場所、俺の部屋
会社を出て、夜の風に吹かれながら歩いていると、
ふと胸の奥が重たくなる。
背中に疲れが溜まって、足が少しだるい。
街灯の光が滲んで、夜の空気がやけに冷たく感じた。
「……あー、疲れた。」
吐き出したため息が白く溶けていく。
ああ、今日も一日が終わったんだな、とぼんやり思った。
スマホを確認しても、新しい通知はない。
誰も俺のことなんて気にしていない。
ただ、疲れた体を引きずって、ただの賃貸アパートの自分の部屋に帰るだけ。
──それが、いつもの俺の毎日だったはずなのに。
「……これから帰るのか。」
自分でも呆れたように、独り言が漏れた。
思い返すのは、今朝の光景だ。
椅子が少女になっていた。
キッチンが女の子として微笑んでいた。
ベッドも、本棚も、全部が、あの部屋で「ご主人様」なんて呼んで俺を見ていた。
「……あれ、妄想だったんじゃないか?」
そんな現実逃避めいた言葉が、自然と頭に浮かぶ。
「疲れすぎて、頭おかしくなってたんだろ。うん、そうに決まってる。」
無理やりそう思い込もうとするけど、
でも、心のどこかで──
(……戻ってたら、どうしよう。)
(いや、戻ってなくて……また、あの子たちがいてくれたら……)
期待と不安がぐるぐると胸の奥で渦巻く。
理性は「普通であれ」と言うのに、どこかで「また会いたい」と思っている自分がいる。
疲れた体が、無意識に、あの部屋の温かさを求めているのがわかる。
……本当に、俺はどうかしてしまったのかもしれない。
⸻
アパートの階段を上がり、部屋の前に立つ。
錆びたドアノブに手をかけ、深呼吸を一度。
「……さて。」
カチャリ、と鍵を回す。
玄関のドアが、ゆっくりと開いた。
⸻
「──おかえりなさいませ、ご主人様。」
静かに、けれど優しく響く声。
中に入ると、そこには──
シトリが、小さく膝を揃えて正座し、
リブリアが背筋を伸ばして立ち、
ネムが布団の上で手を振り、
クッカが胸の前で手を組み、微笑んでいた。
みんな、それぞれの場所で、俺を待っていた。
まるで「おかえり」を言うためだけに、一日中ずっと待っていたかのように。
「…………。」
頭の中が、ぐらりと揺れる。
安堵と、戸惑いと、やっぱりこれは現実だったんだという妙な確信。
そして、ほんの少しの、胸の奥がじんわりと温かくなる感覚。
「ただいま……。」
思わず漏れた言葉に、
シトリがぱあっと笑顔を浮かべ、
「お帰りなさいませ!」と声をそろえる彼女たちの声が、
疲れ切った俺の胸に、じんわりと染み込んでいった。