とりあえず、コーヒーを淹れよう
「……とりあえず、落ち着け。」
深呼吸をして、頭を抱える。
昨日の夜、いきなり現れた女の子たち。
椅子だったはずのシトリ、本棚だったリブリア、ベッドのネム、そして──キッチンだったクッカ。
いや、そもそもだ。
俺のキッチンが、消えてるんだよ。
コンロも、シンクも、冷蔵庫も、レンジも、全部だ。
部屋の奥の壁際、キッチンがあったはずの場所には何もない。
代わりに、エプロン姿の女の子──クッカが、ちょこんと立っているだけ。
「……いやいや、待て待て待て。」
目をこすって見直す。
やっぱりキッチンは消えていて、そこにはクッカがにっこり微笑んでいるだけ。
「え、じゃあコーヒー淹れたいときはどうすんの? お湯、どこで沸かすんだよ……」
思わずそう呟いた。
だって、キッチンがないんだから当然だろう。
クッカは一瞬きょとんとした顔をして、
次の瞬間、頬を少し赤らめて、もじもじと手を合わせた。
「そ、それなら……私に、お任せください……!」
「……は?」
クッカはおずおずと前に出てきて、俺の目の前で深呼吸をした。
そして、小さな手を胸元に当てると──
「ふぅ……」
彼女の手のひらから、かすかに光が溢れ、
そのまま指先がほんのり温かくなり、湯気が立ち上がり始めた。
「え、ちょ、まさか──」
「コーヒー、飲みたいんですよね、ご主人様?」
恥ずかしそうに笑いながら、クッカがそっと掌を差し出す。
するとその手の中に、ポッと小さな火の精が灯るような赤い光が瞬き、コーヒーカップが出現し、ふわりと湯気が立ち上った。
「はい……どうぞ。温かい、できたてのコーヒーです……」
そっと差し出された白いカップ。
信じられない気持ちで、手を伸ばし、受け取る。
カップの表面はしっとりと熱を持っていて、ふわりと漂う香ばしい香りが鼻をくすぐる。
そっと口をつけると、ほんのり苦みとコクのある、ちゃんとしたコーヒーだった。
「マジで出したの……?」
思わず呟く俺に、クッカは恥ずかしそうに指をもじもじと絡めながら言った。
「わ、私……キッチンの精霊なので、ご主人様のために……火を起こしたり、お湯を沸かしたり、食材を作ったりも、できるんです……!」
「でも……その、こういうの……恥ずかしいので……あんまり見つめないでください……」
顔を真っ赤にして、視線を逸らすクッカ。
その姿は、どう見てもただの照れ屋な女の子なのに、
目の前のコーヒーは本物で、温かくて、香り高い。
「…………。」
俺はもう一度、部屋の隅を見た。
そこには、昨日まで確かにあったキッチンのシンクも、コンロも、冷蔵庫もない。
ただ、クッカがいるだけ。
しかも、彼女の背後には「キッチンだった場所」の名残すら残っていない。
──マジで、キッチンが、女の子になってる。
なんだこれ。
なんだこれ。
温かいコーヒーの香りが、俺の頭の中に無理やり現実を押し込んでくる。
「……嘘だろ……」
思わず呟いたその声に、クッカが小さく微笑んで「嘘じゃないですよ?」と囁いた。
いや、絶対嘘だろこれ……。