表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

6話 強さと弱さ

訓練ブロックF、第七試験区画。

白い光が反射する鏡面のような床に、二体の練習機が並ぶ。


その隣、二人のパイロットが向き合っていた。

「準備はいいか、ノエル。」


静まり返った訓練フィールドに、シオンの落ち着いた声が響いた。

ノエルは真新しい訓練機のコックピットに座り、ぎこちなく操縦桿を握る。


「うん……わかった」


ヘルメット越しにも、ノエルの緊張が伝わってきた。

シオンは苦笑し、通信チャンネルを開く。


「安心しろ。初めは誰だってそうだ。ただし、教えるからには容赦はしない。」


フィールドに仮想障害物が生成され、空間が一気に戦闘モードへと切り替わった。


「まずは基本だ。――AIを、ちゃんと“使え”。」


「使う……?」


ノエルはきょとんとした声を返す。

シオンはヴァルティスを軽く前進させながら、言葉を重ねた。


「俺たちの脳じゃ、機体の全部を同時に動かすなんて無理だ。だから、GPUで思考を並列処理して、脳波から意図を拾い上げて、それをCPUで統括する。あとはAIが、その意図を汲み取って最適行動を選ぶ。」


「……だから、考えたことが、すぐ動くんだ。」


「そうだ。だが逆に言えば――考えが曖昧だと、AIは迷う。」


シオンは一瞬、ヴァルティスをスパッと回転させた。機体は淀みなく、意志に合わせて動く。


「意図はクリアに。命令はシンプルに。」


「うん……わかった!」


ノエルの機体が、少しぎこちなく動き始める。

シオンは通信越しに微笑んだ。


「いいぞ。じゃあ――いく。」


次の瞬間、シオンのヴァルティスが加速した。


「っ――速いっ!」


ノエルは慌てて機体を構えるが、シオンの攻撃はすでに脇をすり抜けていた。


「ノエル、今、どこを意識した?」


「えっと……前だけ。」


「それじゃダメだ。意識を広げろ。敵だけを見るな、空間ごと読め。」


シオンは刹那、ノエルの背後へ跳んだ。

だが、ノエルもぎこちなく反応し、回避する。


「――いい反応だ。でも、今のはAI補助が助けたな。」


「わかるの……?」


「ああ。AIコントロールの割合で分かる。今、お前のAI補助率は30%だろ。」


「そう……言われた通り、設定してある……!」


ノエルは必死に応えた。


シオンは軽く息を吐く。


「覚えとけ。補助率を上げれば機体は強くなる。だが、その分だけ“自分の意志”は薄れる。」


シオンの声が、少しだけ硬くなった。


「ヴァルティスは……俺が意志を捨てた時、トールに全てを持っていかれる。」


ノエルは小さく息をのんだ。

その間にも、ヴァルティスは回避と攻撃を織り交ぜながら、ノエルを確実に追い詰めていく。


「だから、ノエル。

AIと戦うんじゃない。AIを――導くんだ。」


「導く……?」


「お前自身の意志が、道を作る。AIはそれに従う。それが“適合”だ。」


シオンのヴァルティスが、ノエルの機体をぎりぎりのところで止めた。

レーダーには「HIT」の判定が表示される。


「……終了だ。」


フィールドに静寂が戻った。


ノエルは、前髪をかき上げながら肩で息をしていた。

シオンも機体を降り、彼女の前に立った。


「よく頑張った。今日の目的は、AIとの“共存”を感じることだった。」


ノエルは小さくうなずく。


「私……もっと上手くなりたい。シオンみたいに。」


シオンは、どこか遠い目をしながら、軽く頭を撫でた。


「焦るな。お前には、まだ時間がある。」


その声には、誰にも言えない深い傷の匂いがあった。


訓練が終わったあと、フィールドは静まり返っていた。

仮想戦闘モードの灯りも消え、広い空間に二人の呼吸だけが残る。


ノエルは前髪を整え、額に滲む汗を拭った。

頬は赤らみ、まだ興奮が冷めきらない様子だった。


「……ありがとう、シオン。」


小さな声で、しかし確かに、ノエルはそう言った。


シオンはヴァルティスを降り、ノエルの方を見た。

一瞬、何か言いかけたが、喉元で飲み込む。


代わりに、

「よく頑張ったな。」

そう一言だけ、静かに言った。


ノエルは嬉しそうに微笑み、ぺこりと頭を下げた。

それから、まるで抱える荷物をそっと下ろすように、フィールドを後にする。


シオンはその背中を見送りながら、仮想空間に取り残されたような感覚に襲われた。


『シオン。』


トールが話しかけてくる。


『精神パラメータ、平均値に回復。自律神経の乱れも安定化傾向にあります。』


「……だから、なんだ。」


シオンはタオルを片手に、ゆっくりとフィールドを歩いた。

誰もいない、人工の夜空の下。


『君の“自己同一性”は、戦闘によって維持されている。』


「……皮肉だな。」


シオンは苦く笑った。

守りたいと思ったもののために、破壊を繰り返さなければならない現実。

そして、勝ち続けなければ居場所すら失う、この世界。


『シオン。君は、何を恐れている?』


トールの声は、あまりに機械的で、だからこそ鋭かった。


シオンはしばらく答えなかった。

ただ、暗い天井を見上げた。


「……もう、失うのは嫌なんだよ。」


誰にも届かない声だった。


『それを回避する手段は、ただひとつ。』


『勝ち続けること。』


トールは冷徹に告げる。


「わかってる。」


シオンは呟き、拳をぎゅっと握った。


どれだけ傷つこうと、迷おうと、

――勝たなければ、守れない。


たとえその代償に、自分自身がすり減ろうとも。


ヴァルティスの艶やかな装甲に、シオンの影が滲んで映っていた。


そして、静かに夜は更けていった。


読んでいただいてありがとうございます。

次回も宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ