4話 2対1
荒野に広がる特設フィールド。
巨大スクリーンに映し出される、対戦者たちの名――
《ノースヘイム社代表 グラディエーター:レクイエム(シオン・ハートランド)ランク38位》
《ビーク・アブー社代表 グラディエーター:スムーズ・ストーカー ランク31位》
《ビーク・アブー社代表 フロントライン:コンシートゥド ランク29位》
観客席は熱気に包まれていた。
11大企業すべての重役たちが、この歴史的瞬間を見守っている。
「……相手は二人か。どっちもランカー、しかもフロントライン持ち」
ヴァルティスのコクピットで、シオンは静かに吐息を吐いた。
緊張感は、ない。
あるのは、研ぎ澄まされた鋭利な集中だけだった。
『相手パターン解析完了。問題ない』
トールの声が耳元で響く。
「だよな。俺たちが負ける未来なんて、最初から存在しない」
シオンは笑った。
ひどく、壊れたような、冷たい笑みで。
開始の合図が鳴る。
一斉に動き出す。
スムーズ・ストーカーは地を這うような加速で、ステルス機能を駆使しバルティスの死角へと滑り込もうとする。
一方、コンシートゥドは高出力の粒子砲を構え、距離を取ったまま正確無比な射撃を仕掛けてきた。
「まずはお前だ――スムーズ」
ヴァルティスの推進システムが唸る。
地面を抉る勢いで加速し、突進。
スムーズ・ストーカーのステルスを、トールが完璧にトレースしていた。
「見つけられるもんなら、見つけてみろよ……!」
スムーズの焦り混じりの声が、通信に乗る。
回避行動を取った相手の動きを読む。
わずかなタイムラグを、シオンの感覚とトールの予測が埋めた。
刹那。
エネルギーブレードが一閃。
「う、うそだろ――っ!」
スムーズ・ストーカーの機体が断末魔のような火花を散らし、フィールドに叩きつけられた。
完全破壊。
戦闘不能確定。
一瞬で、グラディエーター枠の代表が消えた。
『一人撃破確認。次、コンシートゥド』
「分かってる」
コンシートゥドは焦りを見せることなく、狙撃を続けていた。
彼はフロントライン――ランキング上位者らしい冷静さと戦術眼を持っている。
だが。
「それだけじゃ、俺たちには勝てない」
シオンの瞳は氷のように澄み切っていた。
粒子砲を正確に回避しながら、バルティスは徐々に距離を詰める。
まるで狩人の接近を許しているかのように。
「……なるほど。速いな」
コンシートゥドが低く呟く。
「だが、隙は必ず――」
彼の声が途切れた。
至近距離。
バルティスの機体に搭載された高密度エネルギーコアが、瞬間、最大出力を放つ。
ドン、と空気が震えた。
エネルギーブレードが閃き、コンシートゥドの右腕を叩き落とす。
次いで胸部、コクピットへと刃を向け――
「ま、待て……っ! クソッ、こんな……!」
刹那の爆発。
フィールドに、二人目の敗者が沈んだ。
審判装置が即座に勝者を告げる。
《ノースヘイム社、勝利確定。レクイエム、勝者》
観客席がどよめく。
ノースヘイム社の重役たちは歓喜し、ビーク・アブー社の関係者は顔色を失った。
コクピットで、シオンは静かに目を閉じる。
心の底で、満たされない渇きが疼く。
「これが、俺にできる唯一の……存在証明だ」
誰に届くでもない、哀しみを滲ませた独白だった。
『シオン。これより正式に、フロントライン昇格が認定されます』
「……ああ」
ヴァルティスのコクピット内で、静かに拳を握った。
それでも、どこかで思う。
――まだ足りない。
――まだ、何も癒せていない。
シオン・ハートランド。
通称。
その名が、再び世界に刻まれた瞬間だった。
ノースヘイム本社・中央ホール。
煌びやかなシャンデリアと、豪奢な装飾。
選ばれた者だけが集まる場所に、シオン・ハートランドは立っていた。
目の前には、ノースヘイム社の社章。
そして、役員たちがずらりと並び、彼を見つめている。
壇上に立つのは、セナ――ノースヘイム社の幹部にして、シオンの後見人。
「ここに宣言する。シオン・ハートランド、コードネーム《レクイエム》。
ノースヘイム社所属フロントラインパイロットに正式昇格することを――!」
セナの声がホール中に響き渡る。
拍手。
歓声。
咲き乱れる祝福。
だが――シオンは、どこか遠い目をしていた。
(これで……何かが変わるのか?)
心の奥底に渦巻くものは、喜びではなかった。
勝利を重ねても、名誉を得ても、癒えることのない傷がある。
『シオン、表情が硬い。最低限、形式は守ったほうがいい』
トールの冷静な助言に、かろうじて小さく頷く。
式典は滞りなく進み、シオンはノースヘイム社の新たな象徴として世界にアピールされた。
それは確かに、彼の存在を大きく押し上げるものだった。
しかし――
夜、宿舎に戻ったシオンは、誰にも気づかれぬよう深く息を吐いた。
心は、空っぽだった。
そんな彼に、トールが静かに告げる。
『新たな指令が届いています。
次の任務――それは、"フロントライン限定、極秘ミッション"』
シオンは目を細める。
「……極秘、ね。
つまり、また"死人"が出る仕事ってわけだ」
『可能性は高い。だが、シオンなら遂行可能と判断されている』
トールの声に、シオンは小さく笑った。
壊れたような、寂しげな笑み。
「――上等だよ。
壊すしか、できないんだ。俺は」
静かに、ヴァルティスの起動コードを入力する。
再び、死線の向こう側へ。
それが、自ら選んだ道なのだから。
暗闇の中、孤独な咆哮が響いた。
◇◇◇
ビーク・アブー社――
かつて、名門と呼ばれたその名は、あまりにもあっけなく、歴史から消え去った。
二対一の入れ替え戦。
その無様な敗北によって、彼らは致命的な隙を晒した。
もはや"企業"としての体を成していない。
ランカー不在。士気壊滅。
そこを見逃す世界ではなかった。
動いたのは――ダダ社。
ウォーロードと呼ばれる最上位ランカーを抱える、11企業の中でも屈指の巨大勢力。
彼らは一切の躊躇もなく、まるで裁きを下すかのように、ビーク・アブー社へ宣戦布告した。
軍事拠点は三日で制圧され、資産は凍結。
幹部たちは次々と辞任に追い込まれ、技術者とリソースだけがダダ社の手に落ちた。
それは、"吸収"というにはあまりに冷酷で、
"処刑"というにはあまりに静かな終焉だった。
世界中のニュースチャンネルが、その一報をトップで伝えた。
【速報】
《ビーク・アブー社、ダダ社による吸収完了》
《旧十一企業の座、ついに陥落》
《ダダ社、さらなる覇権へ――世界は新たな均衡を迎える》
アナウンサーたちの声は興奮に震え、
評論家たちは「時代の転換点」だと口を揃えた。
ネットでは怒号と喝采が飛び交い、
株式市場は激しく揺れた。
だがその中心にいた、シオン・ハートランドは――
静かに、ただ空を見上げていた。
まるで、何かを弔うかのように。
最後までお付き合いありがとうございますm(_ _)m
次回も宜しくお願いします。