3.浄化の力と言われましても
フェルドの故郷であるリント村。
この村を救う約束をしたのはいいのだけれど、
「瘴気を浄化するって言っても、いったい私は何をすれば……」
「そうだな、とりあえずさっき見たあの畑に行ってみようか」
立ち上がると、木製のクローゼットから衣服を取り出すフェルド。
「そのためにも、まずはこれに着替えてもらえるかな?」
手渡されたのは腰の位置で紐を締める、ゆったりとしたローブだった。
「……」
「……」
「……あの、フェルド」
「なんだい?」
「着替えるからあっち向いてもらえる?」
ローブを受け取った後、いつまで立ってもこちらを向いたままのフェルドに冷ややかな視線を向ける。
「君と僕の仲なのに?」
「いいから後ろ向いて!!」
何が君と僕の仲だ、このエロ宮廷魔術師め。
…そういえば、昨晩結局なにをどう致してしまったのかを聞いていない。聞きたくないけど。
不服そうな私の表情を見て、やれやれと肩をすくめてようやくフェルドは後ろを向く。
「着方はわかるかい?手伝おうか?」
「結構です!!」
食い気味で拒否すると、小さく「ちぇ」という呟きが聞こえた。
きゅっと腰の紐を締めると、ローブを少し引きずるくらいの長さがある。
恐らく男物の、フェルドの服なのだろう。
浴衣を着る時のような要領で腰の位置の布を引き上げて長さを調整する。
なんだかとてもぶかぶかで、服に着られてる感があるけれど、致し方がない。
「もう、こっち向いていいわよ」
はいはい、と振り向いたフェルドが一瞬笑いそうな表情を堪えたのを見逃してはいない。
やっぱりぶかぶかだよね…。
「リイサ、これも被って」
ローブの後ろのフードを頭にかけられる。
「君の髪や瞳の色は、この世界では目立つんだ」
私の容姿は、ごくごく一般的な日本人女性のそれで。
髪は黒だし、瞳も少し茶がかった黒だ。
「黒髪の人はいないの?」
「そうだね……少なくとも僕は初めて見たよ」
するりとフェルドの手が伸びてきて、私の髪の束をすくう。
「とても綺麗で神秘的な色だけどね」
次の瞬間、ちゅ、と音を立てて髪に口づけられる。
目前には、少し上目遣いで私の顔色を伺うエロ宮廷魔術師。
だから、顔面力…!!!
もう少し元の世界でイケメンに耐性をつけておくべきでした。
*
外に出ると、草木の匂いが鼻孔をくすぐる。
村のあちこちには花壇があって、色とりどりの花が咲いていた。
けれど、どこか色がくすんでいる。
試しにフェルドの家の前の花壇を覗き込むと、木の根元に黒く変色しているところが見受けられる。そしてそのあたりには先ほど窓から見た灰色の濁りのようなものが見えた。
「フェルド、これ……」
胸がむかむかするような、なんとも言えない吐き気を催す感覚に襲われて口を覆う。
「……ここまで浸食してたか」
怒っているような、悲しんでいるような表情でフェルドが後ろから花壇を覗き込んだ。
「リイサ、さっそくだけど、僕としても君の力がどれほどのものかを見てみたい。この花壇を侵している瘴気を浄化してくれないか」
出来れば近づきたくもないくらいの嫌悪感があるのだけど、約束は約束だものね。
「どうすればいいの……?」
「そうだな……魔力を放出する1番シンプルな方法を試してみよう」
フェルドに言われるがまま、瘴気に手をかざす。
「目を閉じて、気持ちを落ち着かせて、掌に意識を集中させて。魔力を使う時は、火を出したり、水を出したり、やりたいことを具体的に思い浮かべるんだ。今回はこの瘴気を浄化するイメージを」
瘴気を浄化……花壇を癒すのだから温かいお陽様のような光のイメージだろうか。
いつか写真で見た一面の花畑と、それを照らす優しい光のイメージを思い浮かべてみる。
灰色の濁ったモヤを取り除いて、もとの綺麗で可憐な花を……
ほう、と掌が温かくなった気がした
「!」
フェルドの息を飲むような声が聞こえて、目を開けて、そして唖然とした。
私の掌には、思い浮かべていた通りの温かい陽光のような光が集まっていて。
そして、
目の前の花壇は先ほど見た時の2倍も、いや、3倍近く、多くの花を咲かせていた。