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さらば、我が平穏な日々よ  作者: 亜利人
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第六話 死体が一体と指が二本?

 『残骸を拾わないのかい?』

 椎葉がノートに少し歪んだ文字を記述した。僕がノートではなく、机の上を見ていたのでうまく書けなかったのだろう。それにしても、これほど自分の左腕が憎いと思ったのは初めてだ。僕は自分の顔を出来るだけ強く殴った。椎葉と痛覚を共有していてよかった。

 「どうするんだよ、これ?」

 『別に気にすることはないさ。僕がやったことは正しかったし。とにかく、残骸を拾い集めないといけない』

 僕は怒りを必死に押さえ、机に散らばっている時計の残骸をダンボールに入れることにした。この作業が終わった暁には椎葉を思いつく限りの言葉で罵倒してやる。

 真っ先に指と肉をダンボールに移し、その次に丸い物体の破片に取り掛かった――なんだこれは? 僕は四つ折にされた紙を拾い上げた。やちゃったな、と僕は思いながらその紙に書かれている文字に目を通す。

 『この文章を読んでいるということは時計を解体したみたいですね。苦労して作ったものがこのようなことになるのはとても残念です。あなたが誰なのか私には判然としませんが、きっと警察でしょうね。死体が一体と指が二本。最低でも被害者は二人以上ですからね。警察が動くのは当たり前です。さて、そろそろ本題に入りたいと思います。私を捕まえるためにあなた方はあらゆる手段をつかうことになりますよね。でも、そんなことをしても私は捕まりません。だから、無駄なことはしないほうがいいよ、と私はこういった形であなた方に教えてあげているわけです。私を捕まえることは雲を掴むような話ですからね。私は四日後にまほろ公園に行こうと思っています。ひょっとしたら、そこで逢うかもしれませんね』

 僕は自分でも顔から血の気が引いていくのが分かった。椎葉が時計を粉々にした意図がようやく分かった。丸い物体は空洞で作られていて、その中にこの紙が入っていたというわけだ。そして、この紙はおっさんが僕たちが警察に届けることを予想して筆跡したものだろう。一つひっかかる部分がある。死体が一体と指が二本、とおっさんは紙に書いたけれど、実際には指が二本あるだけで死体など、どこにもないではないか。それにおっさんの捕まらないという自信はどこからくる? 相当、自分の力を過信しすぎているか、それとも本当にそれだけ徹底して犯行を行っているのかそのどちらかだろう。個人的には前者の方が僕としては嬉しい。もし、おっさんが完全犯罪をやるような人ならば僕を始末しにくる可能性も考えられるのだ。ああ、怖い。

 僕は体を小刻みに震わせた。もちろん、痙攣ではなく恐怖からだ。

 「椎葉さん、僕の勘違いで殴ってしまってすみませんでした」

 僕は一応、謝ることにした。椎葉は少なくても僕の味方だ。しかも、今、椎葉との仲が悪くなれば僕は途方にくれることになる。

 『いや、僕が先に君に伝えなかったからいけないんだ。自業自得さ。それに僕は君の顔面を何回も殴ったからね。あと十回ぐらいは君に殴られてもいいくらいだ』

 「あっ、そうなんだ。じゃあ、もう一発……」

 『うん、思いっきりやってくれ』

 僕は苦笑をする。

 「すみません、冗談です」

 椎葉が紙をボールペンで突付いた。

 『よし、そろそろおっさんが書いた紙について色々と議論しよう。おっさんは僕の予想以上に面白いことをしてくれたからね。ああ、まずはちょっと場所を変えたほうがよそうだ』

 「場所を変えるっていってもどこに行くんだよ? 僕の部屋に戻るの?」

 『まほろ公園に行ってみようと思う。おっさんも四日後にはそこに訪れるつもりみたいだからね。まあ、僕には本当にそんな公園が存在するのかは分からないから、君が知っていたらという話だけど』

 まほろ公園、という単語から僕がまだ幼稚園に通っていた頃の情景を思い浮かべた。僕の家からさほど遠くない公園で、よく母さんに手をひかれて公園に行ったものだ。散歩をしていた飼い犬に手を噛まれてからはそれがトラウマになり、公園に近寄らなくなったわけだけれど。

 僕は右手の引っかかれたような傷跡を一瞥し、下唇を噛んだ。

 「まほろ公園までの行き方は僕の頭の中に入っているから大丈夫」

 『ということは出かける準備をして出発だ』

 僕は自室に戻り、洋服タンスから適当な服を選びすばやく着替えた。鏡を見ると髪の毛が実験で失敗した人みたいになっていたので、すぐに寝癖直しウォーターを付ける。頑固な寝癖で思ったほど効果がなかったけれど、道を歩けるぐらいにはなった。拾い集めた時計の残骸はダンボールの中に入れ、自室の本棚の隣に置くことにした。時計のことはまた後で考えればいい。戸締りをし、僕はノートを片手に外に出た。

 

 

 


 

 

 


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