6.少し[お仕置き]が必要かな-では対等な立場の人間が必要なのか?-
全48話予定です
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「少し[お仕置き]が必要かな。もう少し自尊心を削ろうか」
クリスにはカズに対しては自尊心というものがほとんど見られない。それはカズの事を絶対視しているからである。彼女の中でカズという存在は神の領域に達しているといっていい。それほどクリスはカズに心酔しているのだ。
ではクリスの対外的な自尊心は何に由来しているのか。
自尊心は、自信を持ち、自分の存在を尊いと感じることである。自尊心の重要な要因は、他人からの肯定的な評価などである。カズはクリスに対して、人格を否定するような、存在を否定するような事はしない。彼は彼女を評価する事で自己肯定感を温存し、最低限の自尊心を与えているのである。
クリスが感じているカズへの想いと、彼女が他人、特に男性に向かうためにカズから[与えられている]自尊心。それほどにクリスはカズなしでは生きていけない存在になってしまったのだ。
では一方のトリシャはどうか。
これはカズの見立てでは、そこまでの関係には進んではいないように見える。しかし着実にカズという存在が彼女の心を侵食しているのは事実だろう。現に、二人の時はどんな屈辱的な事もするようになった。だが、そんなトリシャの行動の一瞬のためらいをカズは見逃していない。
トリシャの中には、本来人間が持っている自尊心がまだ残っているのだ。
自尊心、これは人間にとって大切なものなのは分かる。だが、往々にして自尊心というものは他人との関係に置いて障害になり得るのだ。それは自我とは違うものである。
自我は失う訳にはいかない。そんな事をすれば会話として成立しないのは明らかである。だが、自尊心というものは高ければ高いほどに他人、それも身内のような関係においては害悪でしかないのだ。
自尊心とは心理学で、自分を高く評価していて、自分に対してポジティブな感情を持っている状態を指して、自尊心が高いと表現する。Self-esteemという言葉の翻訳として、自尊感情という言葉も使われる。自分を尊重している、となるのだ。
一方、別の言葉に[プライド]というものがある。これは、誇りというポジティブな意味もあるが、高慢というネガティブな意味もあるのだ。この二つは似ているが少し違う。
[自分を尊重している]事や[誇り]というものは他者との関係においては必要だ。だが、カズとトリシャとの関係は他人のそれではない。本来であれば自尊心やプライドなど見せてはいけないのだ。それでもトリシャには自尊心やフライドが残っている。それも他人に対して、という意味もあればカズに対して、という意味も持つ。
間違ってはいけないのは、カズはなにも操り人形が欲しい訳ではない。そんなものは、望まなくとも研究の段階で腐るほど出てくる。だがそれは[壊れた人形]だ。そんな人形にカズは興味を示さない。
では対等な立場の人間が必要なのか?
その答えは、
――ノーだ。
そう、カズは対等な人間を必要ともしてはいない。
それこそ言葉は悪いが、カズの手駒になってくれる人物が必要なのだ。もちろんそんなのはおくびにも出さない。クリスに対してもトリシャに対しても、あくまで第三者から見れば[一見すると対等な]関係を装っている。しかし、主眼で見れば、それは前述のご主人様と奴隷の関係を欲しているのである。
その奴隷が今回は相手の要求を丸呑みするという[そそう]をしたのだ。これにはきっちりと躾をしなければならない。かといって極端な事をやらせれば精神がみるみる削られていく。それは自我を保つのに必要な部分まで削られてしまうのだ。そして、一度失われた自我は二度と復活しない。それはガスたちの研究結果からも見て取れる。例の、コアユニットの実装に際して実験に供した四人の女性は、ついぞ自我が戻っては来なかったのだ。
――あくまで[一見すると対等]な[従者]を作らなければならない。
それは相手の機嫌を取っている訳ではない。常にこちらが優位に立ち、その関係を維持しながら[対等だよ]と手を差し伸べる。もちろんカズはこの手法が全員に通じるとは思っていない。
くどいようだがカズは医師であり、死の淵に立つという人間の極限状態を何人も見てきた。だからこそ出来る心の操作なのである。それには会話程度のものであれば先回りするくらいの頭の回転が必要だ。もちろん相手にだって脳みそがあるのだからモノを考えられる。その思考というものをさせずに文字通り[刷り込んで]行かなければならない。
そして[刷り込まれた]人間はどんな状況になっても決してカズを裏切らないのである。クリスはそのレベルにあるといっていい。
クリスは宗教を信じていない。それは、彼女が育った環境に起因している。
幼い頃から父親に暴力を振るわれ、助けに入った母親は目の前で乱暴されたのだ。彼女が男性恐怖症になった主な原因なのだが、そんな経験を、幼い彼女にとっては相当ショッキングなそんな経験をしてしまうと、神様などというものが信じられなくなるのだろう。
[もし、神が存在するなら、何故私たちを助けてくれなかったのか。だからそんな都合のいい神など存在しないんだ]
実際、男性に恐怖した時に何度も、いないと決めてかかっているその神を呪った。
どうして私だけがこんな目に合わなければならないのか。孤児院に連れてこられてからもそれは続いた。週に二回の身体検査、自分から服を脱ぐことが出来なければ[オブジェ]化が待っている。
そして厳しい戒律と、容赦のない体罰。これらを受けてなお神の存在を信じるというのは、まだ幼かった彼女には無理な事なのだろう。
だから、というのもあるのだろう。[ミーティング]を通じてカズの存在が少しずつ、しかも着実にクリスの中での神の存在へと置き換わっていったのだ。
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