44.回想-ゼロフォーのいきさつ-
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当時のポーランド政府にはこれ以上の難民を保護する事が出来なかったのである。当然あふれた難民は国境線にとどまった。その数は数万とも言われているが、現在ではその様子を知るものはほとんどいなくなっている。
もちろん当時のポーランド政府だって、何も無下に国境のゲートを閉じていた訳ではない。少しずつではあるが受け入れを行っていたのだ。そうして国境線沿いには申請を待つ人たちであふれかえっていた。その中にゼロフォーたちはいたのだ。
事件はそんな中起きた。
難民が群がっているその場所で戦闘が起きたのである。それは国同士の争いではなかった。端的に言うと同盟連合側につきたい一派と、帝国側につきたい一派の分裂、つまりは内戦である。それが、たまたま難民がいた地域で起きたのである。
当然、そこに集まっていた人々は安全を求めて逃げまどっていたが、小競り合いと呼ぶにはあまりにもその戦闘は戦闘然としていた。航空機まで導入されていたのだ。
そして、あろうことかその難民たちに対して爆撃を行ったのである。砲弾も飛んで来た。
それはまるで何かの力が[裏切者には死を]と言わんばかりの行動に出た、といったところか。
そう、その爆撃は帝国側の一派、旧ベラルーシという国を主導していた勢力によるものである。彼らが同盟連合側につきたい一派、つまりゲリラに対して掃討を行った、そのついでに難民に対して銃口を向けたのだ。
当然、当の攻撃を受けたゲリラだって黙ってはいない。即時応戦をし、そこから戦闘が始まった。しかしながらその同盟連合側の一派をしても難民を守る、という選択肢は、残念ながら無かった。
彼らだってレジスタンス行動が精いっぱいで、何万もいる難民に手を差し伸べられるほどの余力は残っていなかったのである。
爆撃と砲弾、そして機関銃の掃射。数万はいたであろうその人々は次々にむくろへと変わっていった。機関銃掃射でむくろになった人間はまだましである。
それは形が残っているから。
しかし爆撃や砲弾でむくろになった人間は[ヒトの形]すら残らなかった。
そんな中でのやり取りである。
比較的国境線沿いにいたゼロフォーの家族たちは、何とかして国境を超えて入れてもらえるようにと各々が詰め所に押し掛けた。そこへ機銃掃射と榴弾が次々に投げ込まれたのだ。
この辺りの国、いや、どこの国もそうだが、国境警備隊というものがある。もちろんそれは軍隊であったり、警察力であったりとまちまちであるが、武装はしている。
そんな国境線沿いでの機銃掃射だ、出張ってもおかしくはないのだが、旧ポーランド側の国境警備隊は動かなかった。いや、動けなかったのである。銃声一発として旧ベラルーシ側に撃つことは出来なかったのだ。理由は言うまでもないだろう。それをしてしまえば旧NATOと東側の、同盟連合と帝国の全面戦争になるからである。
そこに人道的配慮は、無かった。一言で言えば[数万の命より国境線の方が大事]という話である。
彼ら国境警備隊は一歩も動かず、ただただ傍観者となった。
次々に倒れていく人々をただ見守るしかなかった。そして、その中にゼロフォーの両親、兄も含まれていた。両親は榴弾により亡くなっていた。それは子供たちを守る為である。身をとして盾になったのだ。そして兄は妹を守るために妹の上に乗っかって弾丸を防いだ。
ゼロフォーが気が付いたのはその[虐殺]が終わってからである。血と榴弾による爆煙の匂いのなか、上に乗っかっていた兄が始めに目に入った。[兄ちゃん!]と呼んでも既に絶命している。では両親は? というと、確かにそこにいたはずの場所には肉片しか残っていなかった。
ゼロフォーは泣かなかった。
泣けなかったのだ。
それからの彼女は、まったくといっていいほど感情を表に出す事は無くなった。まだ十歳に満たない小さなその心には兄の死、そして両親の肉片というのはあまりにもショッキングすぎたのである。
それはある意味で彼女を[壊す]きっかけにして決定打になったのだろう。心を、いや心が[壊れて]しまったのだ。一度壊れたものは簡単に治るわけではない。それこそ専門医によるカウンセリングを受ければいつかは回復するのかもしれないが、当時は三国になる過渡期、医者どころか満足な食事すら、それこそ飲料水すら手に入れるのに苦労した時代だ。
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