39.イリーナ中尉ですか。大尉からお話は伺っております-その一言だけでいいのだ-
全48話予定です
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「イリーナ中尉ですか。大尉からお話は伺っております。現在は中佐ですが」
ゼロフォーが言ったのはたった一言。その一言だけでいいのだ。
とたんに、
「あ、あぁ、そうか。その旨本国と掛け合ってもよいか?」
と尋ねてきたのだ。
――読み通りだ。
実際、カズがイリーナに対して何を行ったのかというものはゼロフォーは聞いていない。ただ、捕虜にした経緯があり、その捕虜から秘密を入手して、返還を条件に半年の停戦の材料にした、とだけ聞いている。それだけの情報でカズがイリーナに[何某か]の秘密を吐かせる方法を試みたのは分かる。そしてゼロフォーはカズがどんな思考をし、どんな手段を使ったかを考えたのだ。
その結果が、表に出せない手段だろうという予測を立てた。そしてその検証の為に、ゼロフォーが過去にカズと行った会話をデータベースに照らし合わせて[きっとイリーナに、話は聞いていると言えば動揺が誘える]という結論に至ったのだ。
事実、その言葉を聞いてからのイリーナのトーンは少し上がった気がする。冒頭のどもりもそれを裏付けているだろう。そして直接表現を避ける事で[こちらは貴方の事をよく知っていますよ]というブラフにもなるのである。
――マスターは[何某か]の手段を用いて秘密を知ったのであろう。だが、その手段は知る必要はない。マスターは私のすべて。マスターは常に正しい、そう教えられてきているしマスターの命令には逆らえない。もちろん逆らうつもりもないが。これで相手が話に乗ってくれれば一つ、敵レイドライバーの戦闘スタイルという情報が手に入る。こちらもそのスタイルを示すというマイナスはあるが、帝国のレイドライバーの情報はこちらの手の内をある程度見せてでも手に入れたいものだ。何ならこちらは後方支援に当たるのでもいい。きっとそれくらいの条件は飲むだろう。
しばらくの沈黙のあと、
「本国からは損傷したレイドライバーの回収を条件に幕引きしても良いと言われた。まさかそちらが三体でかかって来るとは想定外だったよ、と。装備もほぼイーブンとなれば、あとは物量がものを言う。それにここ旧イエメンは帝国領ではあるが、事実上ほぼ自治領でもある」
それだけ帝国もこの地を持て余していた、という話なのだろう。実際、ここを火種にしようとしたくらいだから、やはり完全に掌握できていないという話になるのだろう。だが、こんなにあっさりと手を引いたのはやはり共和国の存在が大きいのか。
ゼロフォーの言う通り、このまま戦闘を続行すれば、おそらくこちらにも被害は出るものの帝国のレイドライバーは二体とも行動不能になる可能性が高い。仮に生き残ったとして、そんな満身創痍の中を新たに共和国の人型まで相手にするとなれば、それはイリーナの上官でなくとも矛を収めるというものだ。
「共和国が何らかの人型兵器を作ったというのは事実です。現にアルカテイルは一度襲撃を受けています。それも停戦のさなかに、です。この事実をもってすれば私の言っている内容が正しいと考慮してもらえると思います」
ゼロフォーにはカズから指揮権の他に起爆権、それから制限はあるものの敵への情報開示権を与えられている。つまりは現場責任者として今回は参戦しているのだ。だから航空戦力である三八FI二機の処遇も尋ねられたし、現にこうやって自分たちは帝国のレイドライバーと対峙しているのである。
そして相手はイリーナ中尉。これだけのカードが揃えば共闘の可能性がぐっと近づくというものだ。これがもし別の人間だったら話は変わっていたかも知れない。[何を寝ぼけた事を]とどちらかが動かなくなるまで戦い続けた未来があったやも知れない。しかし、今回の指揮権はどうやらイリーナが握っているようだ。現に脚部を破損した敵レイドライバーは無線に反応してこない。もちろん聞こえてはいるのだろうし、聞こえる周波数域を使用している。それでも反応しないという事は、
――倒れた方は必然的に少尉か、それ以下の階級という事になる。だから口を挟めないんだろうな。
ゼロフォーはそんな事を考えながら、
「では損害を受けた機体はこのまま残して、我々は共和国の人型を討伐に行きましょう。めぼしはついています。あぁ、損傷した機体は何かあったらこちらの直掩機が守りますので」
と話を続けたのである。
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