23.どうにかしてこの情報を送れないものか-かろうじて実戦レベル-
全48話予定です
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マタル・ハキームは相も変わらず研究所に缶詰め状態に置かれていた。やる事と言えば機械を相手に[マテ]や[襲え]等と言った、まるで動物を調教するかのような事をひたすら続けていたのだ。
――しかし、どうにかしてこの情報を送れないものか。
マタルが潜入してから既に数か月がたっている。ここにいると外の情勢に疎くなるものだ。今、彼の所属している同盟連合はどうしているのか。帝国は? もっと言えば共和国は一体いつまでこんな事を続けてるつもりなのか。
しかし、マタルは潜入先で気に入られていた。それは彼が持つ独特の雰囲気と、相手とのコミュニケート能力なのだろう。ここの主任にはそれこそ[自由にしていい]に近い事まで言われていた。
だが[自由にしていい]のと[自由に出来る]のとでは意味合いが違う。当然、監視が四六時中マタルの傍から離れようとしない。それこそトイレにまでついてくるくらいに。
しかしながら研究所を自由に動き回れたお陰でどのくらいのレベルにあるかは理解できた。その結果から言えば[かろうじて実戦レベル]にあるといっていい。共和国が開発している機械、つまりはレイドライバーのようなものは、まだまだ研究途上にあるものの、実戦に出しても一定の成果くらいは出せるだろう、というものである。
最初は動物の、チンパンジーの脳で試していたらしい。それがひと段落すると次はさらってきた人間を使い始めた。だがこの、人間を使い始めた頃から急に難度が上がる。
それは何処の国も同じなのだが、共和国には大脳皮質を統べる技術がない。しかしエルミダスという土地を人型兵器が落とした、という事実が[これはマズい]と共和国に警鐘を鳴らしたのだ。
共和国の上層部とてバカではない。大脳皮質の制御が難しいならどうすればよいか、というのを真剣に考えだした。
結果として会話する知性は諦めて[馬の脳]と呼ばれる大脳辺縁系をいじる事にしたのだ。ここなら複雑な[配線]をしなくても比較的いじりやすいというメリットがある。もちろん、脳科学なのでミクロン単位での作業が必要になって来るのだが、共和国にはその技術はあるのだ。
その行き着いた先、それは奇しくも神崎たちが目指していた[大脳辺縁系をコントロールする事による回避運動の効率化]そのものだったのだ。
この技術は日本から、帝国から流出した訳ではなかった。共和国が行きついた、自分たちが持っている技術で今出来る解決案だったのだ。
具体的にはどうか。
大脳皮質をある程度除去して大脳辺縁系を露出させる。そこで、必要な[配線]をしてコンピューターに繋ぐ。コンピューターからは視覚、聴覚、嗅覚といった基礎的な信号を送る。そうすると、例えば光が見えた瞬間に横に避ける等の動きをさせることが出来る。そしてその運動記憶は[記憶の司令塔]と呼ばれる海馬に蓄積されて、次からはもっと早く動けるようになるのだ。
大脳皮質もすべて除去する訳ではない。配線の邪魔になる部分だけ取り除くだけで、あとはそのまま残してある。
するとどうなるか。
確かに知性といったものは無くなるが、反復学習によってある程度[言う事を聞かせる]のに役に立つのである。
そして現在、ある程度の[言う事を聞かせる]のは成功を収めた。本体である機体も、昔のロボット映画以上の動きは出来るようになった。
特筆すべきはその瞬発力だろう。敵の砲弾を文字通り[反射的]に避けられるのだからその機動力はバカには出来ない。そしてその機体をちゃんと制御している[脳]も、である。
「きみたちのお陰でだいぶ良くなったよ」
ある日、主任からそんな話をされた。
――いよいよお払い箱か?
そうは思ったものの、
「じゃあ、戦場に?」
と問う。その答えは少しばかり不思議なものだった。
「きみは旧イエメンという国は知っているか?」
と尋ねられたのだ。
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