13 罠と逃亡
森を抜ける風が冷たく、静寂が漂っている中、修羅は次の狩猟場に向けて歩を進めていた。
新たな獲物の気配を探りつつ、森の奥へと足を踏み入れる。
神威が低い声で語りかける。
「修羅、人間たちの動きがさらに活発になっているようだ。追跡用の魔法陣を仕掛けて、お主の行動を監視しようとしている」
修羅は微かに笑みを浮かべた。
「やることが手間だな。狩りを邪魔されないならどうでもいい」
右手の霊刃を握り直し、周囲の気配を探知する魔法を展開する。
修羅にとっては、人間たちの動きよりも新たな獲物の存在の方が重要だった。
ギルドの調査隊は新たな討伐現場を想定し、周囲に追跡用の魔法陣を設置していた。
「これで透明な存在の足取りを掴めるはずだ」
調査隊のリーダーが自信を持って語ると、隊員たちが緊張した面持ちで頷いた。
「しかし、相手は我々が想像する以上の力を持っている。慎重に動かないと、こちらが狩られるかもしれん」
その言葉に場の空気が一瞬重くなる。
だが、それでも調査隊は撤退する気配を見せなかった。
----------------------
俺がたどり着いたのは、暗く深い谷だった。
ここにはSランク魔物――ナイトメアバロンが潜む。
影と霧が混ざり合ったようなその姿は、捕捉しきれないほど不確かで、それが逆に不気味さを際立たせていた。
鋭い爪と牙はこれまで数多の冒険者を切り裂き、貪ってきたと聞いている。
「精神攻撃を得意とする厄介な奴だ。油断すれば意識を飲み込まれるぞ。」
神威の声が脳内に響く。俺は霊刃を構えながら、軽く笑みを浮かべた。
「飲み込まれるのは、あいつの方だ。」
霊刃に魔力を注ぎ込む。
黒炎が刃を包み込み、ブレスレットから脈動が全身へと広がっていく。
筋肉が熱を帯び、体が獰猛な力で満たされる。
谷底の暗闇が揺れ、ナイトメアバロンが姿を現す。
細く光る目が俺を見据え、その視線が全身を貫いた瞬間、不快な重圧が意識を押しつぶそうと襲いかかる。
頭蓋が
軋むような痛み脳内に
直接
響
く
呪詛
一瞬、体が硬直しかけるが、俺は魔力を全身に巡らせ、防御のバフを張り巡らせた。
その隙を見逃さず、ナイトメアバロンが猛スピードで突進してくる。
足音さえ感じさせない動きだ。だが――遅い。
「その速さじゃ俺には届かない。」
体を低く沈めながら、霊刃を横薙ぎに振り抜いた。
刃がその影のような体を捉え、黒炎が傷口を焼き裂く。
焼ける肉と血の匂いが谷全体に漂う中、奴の咆哮が耳を突き刺す。
俺は素早く間合いを取り直す。
だが、ナイトメアバロンは怯むどころか、さらに狂気じみた動きで迫ってきた。
爪が振り下ろされ、地面が抉れる。土と血の混ざった湿った匂いが鼻を刺す。
「修羅、奴の動きが速くなっている。気を引き締めろ。」
「わかってる。」
瞬間、俺は跳躍し、ナイトメアバロンの頭上を越える。
背後に回り込むと同時に、黒炎を纏った霊刃を振り下ろした。
刃が奴の背中を貫き、その内部で黒炎が爆発的に広がる。
焼ける肉と骨が砕ける音が響き、影のような体が激しく痙攣する。
奴が最後の咆哮を上げながら崩れ落ちる中、谷底に血が染み込む音がやけに響いた。
黒炎に焼かれた肉の焦げた匂いが鼻腔を満たし、谷全体に広がる。
俺は静かに霊刃を振り、付着した血と肉片を振り落とす。
その視界に、暗闇の中で転がる魔石が見えた。
地面に足をつけた瞬間、俺の体にはまだ戦いの熱が残っていた。
------------------
「修羅、音がする。奴らが近づいている。」
神威が言う「奴ら」はギルドの調査隊のことだろう。
「関係ない。」
俺は魔石を拾い上げると、一歩、また一歩と血と霧の中を歩き出した。
直後に調査隊の気配がすぐ近くまで迫ってきた。
「修羅、奴らが来るぞ」
神威の声に、修羅は透明化の術を再び発動し、その場を素早く離れた。
「面倒な奴らだな」
森の奥へと静かに足を進める姿は、完全に気配を消していた。




