8. 武芸競技会
ギスギスした生徒会の集まりからおよそ二週間後。フィアベリー王立貴族学園の敷地内にある闘技場で、予定通り学生たちによる武芸競技会が行われた。私たち生徒会メンバーも今日まで準備に奔走していた。
模擬試合とはいえ、観覧席の盛り上がりは大したものだった。ご令嬢たちは目を輝かせてキャッキャと喜びながらそれぞれ贔屓の相手を応援している。
「やっぱり素敵だわ~!迫力がすごいわね」
「あら、次私の婚約者が出るみたいだわ!」
「あ、アシェル様が手を振ってる……、私に?私かしら?頑張ってくださぁーい!」
黄色い声援が飛び交う中、一対一の模擬試合は次々に行われていく。私は怪我人などが出ていないか確認するために、バックヤードに向かっていた。
(……あ)
階段を降りていると、下から上がってくるレイと鉢合わせした。
(……。カッコいいな)
見慣れない甲冑姿のレイを見て、不覚にも一瞬そう思ってしまった。レイは私と目が合うと、おお、と少し反応した。
「……頑張ってね」
「ああ」
無言で通り過ぎるのも感じが悪い気がして、私は一応声をかけておいた。レイは微妙に笑って少し目を細める。……ふん、まぁ無視されなかっただけヨシとしよう。
かすり傷程度の怪我人はいたけれど、大きな事故は起こっていない。安心して教師に報告した後、私は闘技場の舞台が見える場所に戻ってきた。
剣を交える男子生徒たちをぐるりと取り囲むように階段状の観覧席があり、そこかしこからご令嬢方の黄色い声援が上がっている。私は今、その観覧席ではなく舞台袖に立っている。ちょうどオリバー殿下の番だったらしい。戦うオリバー殿下。貴重だわ。頑張ってください殿下!!
対戦相手は全学年の生徒全員から抽選で決まる。オリバー殿下はたまたま同学年の3年生との試合だったが、ひとまず一戦目は勝ちで終わったようだ。一際大きな歓声が上がる。
(……あ、次がレイなのね。お相手は……、……げっ!!)
なんと、レイの反対側から舞台上に上がったのはトビー様だったのだ。
(うわぁ、一試合目がトビー様かぁ……。よりにもよって……)
案の定、まだ始まってもいないのに、舞台の上はギラギラとした敵意むき出しのトビー様のオーラで嫌ぁ~な空気が漂っている。レイのことを睨みつけながら変な素振りらしき動きを繰り返している。威嚇のつもりなのだろうか。あの動きを見るだけで、剣が苦手なことは理解できた。
「……。」
私は見るともなしにボーッとレイのことを見つめていた。甲冑を身につけ剣を手にしたその横顔は、まるで騎士のようだ。栗色の髪が風に靡いている。……本当に、ずいぶんと素敵に成長したものだ。出会った頃の小さなレイのことを思い出す。あの頃は今よりもおめめくりくりで、肌ももっと白かったな……。お人形みたいで可愛かった。愛想はなかったけど。でも決して意地悪なことを言ってきたり、してきたことはない。いつもただ、お母様の隣で静かにお利口にしていた。
それから何度も顔を合わせるたびに、少しずつ大人っぽくなっていって。最初はツンツンした態度だったレイが、ある日紳士らしく私に挨拶をしてきた時にはビックリしたものだった。あれはたしか……12歳ぐらい?だったっけ……。
「始め!」
審判の号令で二人の一騎打ちが始まる。キンッ、カンッ、と剣がぶつかり合う甲高い音が何度かした、と思ったら……。
「だはっ!!」
カァーンッ!と一際高い音が鳴るとともに、レイの攻撃を受けきれなかったトビー様がドスンと尻もちをついたかと思うと、がに股の両足を高く上げ、後ろにゴローンと転がるようにコケた。その格好が面白かったものだから、思わず小さく吹き出してしまった。ほんの短い時間であっさりと勝負がついてしまったようだ。きゃぁぁっ!と大きな歓声が上がる。やはりレイは大人気らしい。
「勝者、レイモンド・ベイツ!」
審判の声を聞く間もなく、レイはくるりと背を向け淡々と舞台から降りようとしていた。だけど、その時だった。
「……く……っ!!」
何を思ったか、トビー様はレイを睨みつけながら体を起こすと、彼の背中に向かって走り出し、高く掲げた剣を力任せに振り下ろして斬りつけたのだった。気配を感じたのか、レイがハッと振り返り咄嗟に避けようとするのと同時に、刃が彼の首に触れた。
(──────っ!!)
「レイッ!!」
考えるより先に、私は叫び声を上げていた。次の瞬間、レイが驚いたように私の方を見る。首筋を押さえる彼の指の隙間から、赤い血が一筋ツーッと流れた。
「……っ!レイ……ッ」
頭が真っ白になり、私は思わず舞台上に上がり、レイに駆け寄った。震える手でハンカチを取り出し、彼の首筋にあてがう。
「……グレース、大丈夫だ。落ち着け」
必死で出血箇所を押さえていたら、頭上からレイの少し掠れた声が聞こえた。よかった、立っていられるし、言葉も喋ってる。きっと深くない。大丈夫。大丈夫……。
何度も自分に言い聞かせているうちに、ふいにお腹の底から怒りが沸き上がってきた。首から上を狙うことは、大会のルール上禁止されている。それなのに……、もう試合終了の合図もあったのに……。
私は呆然とした様子で突っ立っているトビー様に向かって、全力で怒鳴りつけた。
「何をするのよ!この卑怯者!!」




