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政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?  作者: 鳴宮野々花@書籍4作品発売中


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40. レイのことが好き

「……グレース。…もういい加減に泣き止みなさい。少しでいいから、起きて食事をとって」

「……っく……、……うぅ……っ……」


 残酷な宣告から二日。私は自室のベッドに倒れ込み、泣き続けていた。母に何度促されても、起き上がる気力さえ湧かない。


 レイの優しい眼差しが、何度も頭の中に浮かんでは消える。


 どうして。

 どうして今になって、こんなことに……。

 

 こんなにもレイのことが好きだと自覚した今になって、なぜ彼の妻となる未来を失わなければならないの……。




 帰省したその夜、呆然とする私に、父もまたすっかり項垂(うなだ)れた様子で言った。


「ミランダ・クランドール公爵令嬢のよろしくない噂話は先方にも伝わっておったのだろう。第二王子は秘密裏に、ミランダ嬢の素行についてかなり探りを入れていたようだ。国王陛下づてに彼女の奔放な行動を咎め、ロゼルア王国の王子妃として相応しい令嬢を選び直すとクランドール公爵家に対して言ってこられたそうだ。……グレース、お前の評判を聞いたのか、どこかでお前を見初めたのかは分からんが……。ライオネル第二王子は、数人の候補者の中から、お前を名指しで所望しておられると……」

「……。」

「……はぁ……。冗談じゃない……。可愛いグレースを、隣国の王家に嫁がせることになるなど……。もう滅多に会うこともできなくなるじゃないか……。こんなことなら、さっさとベイツ公爵令息と学生結婚でもさせておけばよかった……。はぁ……」


 父の嘆く声をぼんやりと聞きながら、私はあの夏の晩餐会での出来事を思い出していた。


 直接言葉を交わしたのは、あの夜ただ一度きり。ライオネル殿下はミランダ嬢の様子について探りを入れるようなことの他に、私の成績や日頃の生活についていくつかの質問をされた。

 もしかしたら、もうあの時から他の妃候補を探しはじめていたのかもしれない……。

 

 そうとも知らずに、私は……。


 体中の力が抜け、指先が震える。なぜ。私でなくても、優秀な令嬢は何人もいるはず。ロゼルアの王族に嫁ぐことを栄誉に思い、もっと喜ぶ人はいるはずだ。よりにもよって、なぜ私なの。


 父の隣に座り黙って聞いていた母が、静かに口を開く。


「……未婚で妙齢の高位貴族の令嬢の中に、他にも候補者はいたそうよ。だけど、ライオネル殿下自らが強くあなたをご希望とのこと。……覚悟を決めておいて、グレース。あなたにとって、とても酷なことだと分かってはいるけれど……、王命が下れば、逆らうことなどできないわ」

「……っ、……ふ……」


 私に言い聞かせるようにゆっくりと静かに紡がれる母の言葉に、私の涙腺が決壊した。


「……いや、です……。お、おねがいです、おとうさま……っ!わ、私……、私は……」


 私は、レイのことが好きなんです。


 レイと結婚したいんです。


 駄々をこねてもどうにもならないことだと分かっていても、覚悟を決めることなどできなかった。


 子どものようにしゃくり上げながら泣き続ける私の前で、父はただ黙って俯いたまま座っていた。

 母は私の隣に来るとそっと寄り添い、震える肩に温かい手を静かに添えた。




「……。」


 五日後。ようやく起き上がってパン粥のようなものを半ば無理矢理食べさせられた私の目の前に、大量の本や教科書が積み上げられた。

 それらは全て、ロゼルア王国の歴史書や地理に関するものや、独自のマナーや文化についてのものだった。


「……この休暇中に、一度ロゼルア王国の王宮へ参内することになるわ。まだ正式な沙汰が下ったわけではないけれど……。お勉強を始めておかなくてはね」


 いまだ辛い現実を受け止めきれずに呆然とそれらの書物を見つめている私の背中に、母の気遣わしげな手が添えられた。


「……分かっているわ、あなたの気持ち。できることなら、どうにかしてあげたいけれど……。……好きなのよね、ベイツ公爵令息のことが」


 指一本動かすことなく、人形のようにただ座っている私の瞳から、涙が一粒零れ落ちた。


「……ああ……。私のグレース……。自慢の娘に育ってくれて、あなたは私の誇りそのものよ。……だけど、そのために、あなたをこんなに苦しめることになってしまうなんて……」


 私を抱きしめる母の声は震えていた。


 泣かないで、お母様。心配をかけてごめんなさい。私は大丈夫です。エイヴリー侯爵家の娘ですもの。隣国との友好関係継続の架け橋になれるなど、これほど名誉なことはありませんわ。生涯かけて、しっかりと自分の役目を果たしてまいります。


 そう答えるのが正解なのだろう。だけど、そんな立派なことは言えなかった。

 私の心にあるのはただ一人の、恋しい人の面影だった。








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