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39. 奈落の底へ(※sideレイモンド)

(……よし。いい感じだ。きっともう俺の本心に、グレースは気付いているはずだ)


 冬季休暇前の最後の日。学園寮への別れ道で、グレースと休暇中のデートの約束を取り付けた俺は一人ひそかにほくそ笑んだ。


 あんなに「結婚までは縛り付けるつもりはない。好きな男を自由に想い続けていればいい」なんて余裕ぶったことを言っておきながら、俺はグレースとともに学園生活を過ごすうちに、徐々に自分の気持ちを抑えきれなくなっていた。


 グレースがあまりにも可愛すぎるからだ。


 俺のことなど何とも思っていないはずなのに、やはり婚約者としての意識があるからだろうか。入学当初から、俺のことを特別視してくれていたような気がする。武芸競技会の時のあの心配のしようといい、夏期休暇中のデートに応じてくれたことといい……。


 それに……。


 セレスティア様に例の薬を渡している現場を見られ、誤解されてしまった、あの時。エイヴリー侯爵家まで追いかけ許しを請うた俺を、グレースは優しく受け入れてくれた。


(あまつさえ唇を寄せようとしたこの俺を……拒絶する様子さえなかった)


 あれで調子に乗ったのは事実だ。エイヴリー侯爵が入ってこられて中断する形にはなったが、きっとあのまま進んでいれば、俺たちは……。


(……グレースはきっともう、俺の気持ちに気付いている。その上で、学園舞踏会では俺が贈ったペアの宝石を受け取ってくれた)


 彼女なりに、前に進もうとしているのかもしれない。

 それならば……あとは俺が背中を押すだけ。そして、グレースの全てを受け止めるだけだ。


 そう思いはじめた俺は、今までよりも積極的に出ることにした。明日から始まる休暇中に二人で出かけないかと誘ったところ、それもOKの返事だった。

 頬を赤く染める彼女が可愛すぎてつい触れてしまったが、グレースは嫌がる素振りを見せなかった。


 受け入れてくれている。そう感じられた。


(今までは遠慮していたが、この休暇中に俺の想いをきちんと伝えてもいいかもしれない)


 俺にとって、グレースはただの政略結婚の相手などではないということを。俺が願って、心から望んでこうなったのだということを。


 幼い頃から心に決めていた、たった一人の相手であるということを。


 休暇中はどこに連れて行こうか。グレースは歌劇が好きだ。夏の音楽祭はとても楽しそうだった。劇場に行くのもいいかもしれない。それか、二人でもう少し遠出をするのはどうだろう。景色のいいところで、のんびり過ごすのも悪くない。今まであまり話せなかった分、互いのことをゆっくり話せるだろうか。




 俺は期待に胸を膨らませていた。これから先、俺とグレースの関係がより深まることを、婚約者として、そして卒業後は夫婦となってずっと一緒にいられることを、信じて疑っていなかった。




 それなのに──────




 帰省した俺に待ち受けていたのは、あまりにもむごい現実だった。







「……は……?……何ですか、それは……。一体、な、何故……」


 耳に入ってきた父の言葉を受け入れることを、脳が拒絶していた。……何だって……?今、何て言った……?


 父は眉間に深い皺を刻み、俺から目を逸らすようにして俯き、大きく息を吐いた。


「……国王陛下より打診があったのだ。お前たちの婚約を白紙に戻し、グレース嬢をロゼルア王国のライオネル第二王子の元へ嫁がせる。その話がまとまりそうだと」

「……っ、……な……、なぜ、ですか。だって、ライオネル王子の婚約者は……」


 掠れる声で反論しながらも、俺の頭は何となく状況を理解していた。


 そしてやはり、父は俺が想定した内容の話を始めた。


「先日、学園で模擬舞踏会のようなものがあっただろう。実はな、その舞踏会の最中学園の大ホールの中に、学園側の許可を得てロゼルア王国からの使者が内密に入っていたらしい」

「……つまり……」

「ライオネル第二王子は、以前からミランダ・クランドール公爵令嬢の素行や教養に疑問を感じていらしたようだ。ミランダ嬢の成績や日頃の勉学への取り組み、マナーのレベルなどを度々探っていらしたらしい。彼女が学園を卒業し、ご自分の妻として嫁いでくるまでの間に、本当に王子妃としての資格や素質があるのかを確認するおつもりでいたのだろう。そして……」


 聞かなくても分かる。指先からすうっと血の気が引いていく感覚がした。

 あの日のミランダ嬢の下品なはしゃぎっぷりを、使者はその目で確認し、その何もかもをライオネル第二王子に報告したのだろう。王子がどこまで調べていらっしゃるかは分からないが……、おそらくは、彼女の奔放な交友関係についても突き止めていたに違いない。


 そして、ミランダ嬢はロゼルア王国の王子妃として相応しくないと判断されたのだ。

 それが至極真っ当なご判断であることは間違いない。


「……第二王子が、我が国の高位貴族の令嬢を娶ることは変わらない。だが、今からでもより良いお相手を選び直そうと考えられた。数人の候補者の中で最も有力な相手としてグレース嬢の名が上がったそうだ。……どこで知ってお気に召されたのか、王子自らがグレース嬢をご所望だとか」

「……そん、な……。……ですが……グレースは、……グレースだけは、駄目です……」

「……。お前の気持ちは、よく分かる」


 諦めろ、とか、どうにもならないということはお前にも分かるだろう、とか。

 父は俺にそんな言葉さえかけなかった。

 ただ俺の心を慰めるようなその静かな一言が、俺をより深く絶望させた。







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