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38. 幸せだったのに

 学園舞踏会では私もレイも表彰され、とてもいい思い出になった。


 セレスティア様や他のご令嬢方の美しいドレス姿やダンスを見て目の保養にもなったし、オリバー殿下や何人かのご令息方と踊るのも、楽しくていい経験になった。




 ただ一つ、どうしてもミランダ嬢の行動がチラついて不愉快で仕方がなかった。最初はテンション高く笑ったり踊ったりと、舞踏会を彼女なりに満喫しているだけだったのだが、休憩を挟んだ後半になるともう飽きてしまったのか、同じように飽きたらしい何人かの下位貴族の男子生徒と隅っこの方で大きな笑い声を上げながらキャッキャとはしゃぎ、あろうことか人目も憚らずいちゃついたりし始めたのだ。


(……げっ。トビー・ハイゼルも交じってるじゃないの。な、懐かしい……)


 武芸競技会でレイにルール違反の攻撃を加えたことで停学処分になり、生徒会からも破門されたトビー・ハイゼル侯爵令息は、あれ以来随分大人しく過ごしていたようだけれど、今日はあいつも高揚しているのか、ミランダ嬢と一緒になって大きな声で笑ったり、下品な行動を繰り返していた。


(先生方の目があることを忘れてしまっているのかしら……)


 ホールの中には生徒たちの成績を付けるために何人もの先生方がいるが、各自のダンススキル以外に社交の場での立ち居振る舞いもチェックしているため、どんな行動をとっていようが誰一人注意してきたりはしない。全ては成績として反映されるのだ。

 やぁだぁ~エッチ~うふふふふ、とか何とか言いながらハイゼルやら周りの男子生徒にしなだれかかっている様も、……ほら、あっちの先生が睨んでる。……あ、先生が手元のファイルに何か書き出した。


(馬鹿だなぁ。本当にもう……)


「……。」

  

 ホールの中央で踊りながらチラチラと妹君の様子を気にしているセレスティア様が不憫で、私はミランダ嬢の方へ行こうとした。だけど、


「よせ、グレース。もう放っておけ」

「っ、レイ……。レイも休憩中?」

「ああ。……ミランダ嬢に構わなくていい。お前まで一緒になって騒いでいるなんて思われたら、成績に響くぞ。彼女自身の責任なんだから、フォローしてやることもないだろう」


と止められ、結局気にはなりつつも、ミランダ嬢をいさめることはできないまま終わったのだった。






 二週間後。学期末の試験が終わり、いよいよ明日からは生徒たちが待ちに待った冬季の休暇が始まることとなった。夏ほど長くないとはいえ、寮から出て自宅に帰れるのだから、皆嬉しくてたまらない様子だ。


 その日、レイと一緒に寮までの道を歩いて帰った。待ち合わせたわけでもないけど、校舎から出たところにレイがいたから、何となく。


「休みの間は何をするんだ?ご家族とどこかへ出かけたりするのか」

「さぁ……。たぶん何もしないと思うわよ。兄や姉が時間がとれて帰ってこられるなら、皆で一緒にうちで食事をするぐらいじゃないかしら」

「……そうか」

「あ、あなたも来る?父に話してみましょうか」


 婚約者なんだし。あ、もしかしたら休暇の間に両家の食事会とかあるかしら。夏はベイツ公爵と時間が合わなかったらしくてしなかったものね。

 そんなことを考えていると、レイがやけに真剣な顔で言った。


「……それより、二人でどこかに出かけないか?」

「……。えっ……」


 少し眦が赤いレイの顔を、思わず数秒間見つめる。


 あ、デートに誘われているんだ、と気付いたのは、その直後だった。


「……っ、あ……、」

「嫌か?」

「っ!……ううん。……嫌じゃ、ない」

「……そうか」

「……うん……」


 こういう時すぐに頬が赤くなってしまうから余計に恥ずかしくて、ついまた目を逸らしてしまう。本当はもっと嬉しい気持ちを表に出すべきだと、分かってはいるんだけど。何せ慣れてなくて……。


 だけどレイはそんな私の頬に優しく触れると、そのまま私の顔をゆっくりと持ち上げた。


「っ!」

「ならよかった。……連絡するから」

「……うん……」


 待ってるわね。楽しみだわ。


 喉まで出かかっているはずのその言葉は、どうしても唇から零れてはくれない。ただ私の想いが通じるようにと、優しいレイの瞳をひたすらに見つめ返した。


(……最近のレイは、優しすぎる)


 誰にでも優しいレイだけど、きっと自惚れなどではなく、……私はこの人にとって、やっぱり特別な存在なんじゃないかって、そう思える瞬間が何度もある。

 婚約者だから?だけどそれにしては、入学した頃とはまるで別人のよう。あんなにあっさりしていたのに、「互いに自由でいよう」なんて言っていたくせに、……今ではまるで、気持ちの通じ合った恋人同士のような……。


 それに、あのサファイアも……。


「風邪ひかないように、毎日ちゃんと温かくして過ごすんだぞ」

「……ふふ、ええ。あなたもね」


 こんな気遣いも、まるで私を、とても愛おしんでくれているようで。




 それだけで、とても幸せだった。


 卒業したら、私はこの人と夫婦になるんだ。


 こんな優しくて、素敵な人と。そう思った。




 幸せだったのに──────




 翌日、エイヴリー侯爵家に帰宅した私は、夜遅くに屋敷に戻ってきた父から、心が砕けそうになる事実を突き付けられた。


 青い顔をした父は、私の久しぶりの帰省を喜ぶ様子さえ見せずに、苦渋の表情でこう言ったのだ。


「グレース。……お前とベイツ公爵令息との婚約は、白紙になりそうだ。お前はおそらく、ロゼルア王国第二王子の元へ嫁ぐことになる」

「……え……?」








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