36. 学園舞踏会
舞踏会当日を迎え、学園内は明るい雰囲気で満ちていた。授業の一環とはいえ皆思い思いに着飾りとても華やかで、やはり一大イベントとしてのドキドキ感がある。それに、もうすぐ冬の休暇も始まる。普段は多くの規律の中で真面目に過ごしている学生たちにとって、これほど心浮き立つ時もないだろう。
「フィオナ嬢!わぁぁ!かんわいいなぁぁ!!真紅のドレスが君の華やかさをめちゃくちゃ引き立ててるじゃないか!!最高だよ!!……お、おぉぉ……!サディー嬢……、君は……っ、天使なのかい?!まるでこのホールに舞い降りた幻想的な聖なる存在……っ!……カッ!カイラ嬢……っ、一瞬誰だか分からなかったよ!いつものクールなイメージとは真逆のその薄桃色の素敵なドレス……!君の新たな魅力を発見してすごく得した気分だよ。最高に綺麗だ!……っ!アネット嬢……っ!なっ、なんて美しいんだい!目が眩みそうだよ!」
「…………。すごいわね、アシェル・バーンズ侯爵令息様……。入り口横に陣取って入っていくご令嬢一人一人を褒め続けているわ……。何の使命感なのかしら」
「……もう尊敬に値するわ……。休むことなくずっとあのテンションを保っていられるなんて。しかも全員違う単語を使って褒めてるわ。こだわりがあるのかしら」
「……そろそろ通るわよ、グレース。頬が引き攣ってるわ。頑張って笑って」
ロージーにそう言われて、私は慌てて淑女の笑みを湛える。いかんいかん。バーンズ侯爵令息のテンションについ引いてしまっていたわ。
私は覚悟を決めてロージーの後ろに続き、ホールの中に入った。
(あぁ……、やっぱりこのドレスは止めておいた方がよかったかしら。お願いよバーンズ侯爵令息、突っ込まないでよね……)
「ロージー嬢!はぁぁぁっ!!なんて素敵なんだぁっ!どこぞの国のプリンセスのお出ましかと思ったよ……!あぁ、君の今日のその美しさが全て俺だけのためのものだったらどんなに幸せだろう……!」
「あ、あは。ありがとうございます、バーンズ侯爵令息様……」
「……っ!!グッ……グッ……、グレース嬢……っ!!」
鼻の下を伸ばしてロージーを迎え入れたバーンズ侯爵令息は、そのロージーの後ろ姿を見送ってから私に視線を移した途端に、ピキッと固まった。そしてわなわなと震えだしたかと思うと、興奮からか裏返った声で叫びはじめた。
「な……っ、なんて……なんて美しいんだ……!こっ、言葉にならないよ……目まいがする……。君こそ、美の女神の化身……!そ、それに、その、純白のドレスの裾から覗くグラデーションは、……レイモンドだね?!グレース嬢!!レイの色を身に纏って婚約者への変わらぬ愛を誓っ……!」
「ちっ!違います!違いますっ!!お願いですから騒がないでくださいバーンズ侯爵令息様!シーーッ!」
ほら来たやっぱり言われた。バーンズ侯爵令息のせいで皆がチラチラとこちらを見ている。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
悩みに悩んで決めたこのドレス。母に頼んで馴染みの仕立て屋に作ってもらったものなのだけれど、本当に直前まで他のドレスにするべきか迷ったのだ。
ベースの色は純白だけれど、幾重にも重なったチュールスカートは内側に行くにつれ生地の色が濃くなっている。白の内側に黄金色、カナリアイエロー、そして琥珀のような色味から徐々に栗色がかった茶系の色へ……って、まんまレイの髪や瞳の色を入れている。
(だっ、だって……!レイが最初に私と踊るって言っていたんだもの……!普通でしょ?皆婚約者への心遣いで、相手の色をどこかに入れているでしょう?!べっ、別にそんな騒ぐようなことじゃないわ!私だってこんなに恥ずかしがる必要はないのに……っ)
「あぁ……もう嫌だ……。君があまりにも可愛すぎて美しすぎてもう……、俺が君の婚約者でないことが辛すぎて、泣けてくるよ……。レイが羨ましい……。あいつめ……っ。うぅ……っ」
「……そ、それはどうも、ありがとうございます、バーンズ侯爵令息様」
片手で自分の胸を押さえ、もう片方の手で顔を覆って呻きだしたバーンズ侯爵令息を持て余して、私はそそくさとその場を離れようとした。
その時。
「どけ、アシェル。邪魔だ」
ウーウー言っているバーンズ侯爵令息を押し退けて、どこからともなく現れたレイが私の目の前に立った。
(……っ!……かっ……、)
格好いい……。
頬がますます熱を帯びる。レイの装いは、紫色を基調とした、とても素敵な正装だった。背が高くて整った顔立ちで、こんなキラキラしたオーラを放っていて……、もう誰がどう見ても、このホールの主役はこの人だと言うだろう。
「……綺麗だ、グレース」
レイは真正面から私を見つめて優しい瞳でそう言った。
「……あなたも……」
嬉しさと恥ずかしさで俯いた私は、小さくそう答えるのが精一杯だった。
(あぁ、私って、いつの間にこんなにレイのことを……)
目の前に立ち、ずっと私のことだけを見つめてくれている人の温かい視線を肌で感じながら、私はいつしか自分の中に芽生えていたこの熱い想いをもう認めるしかなかった。




