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32. 父に拉致られる

「いやぁ、本っ当によかった!入学前に先生方にしっかり頼み込んでおいたんだよ。グレースの身にほんの少しでも異変があれば、必ず!真っ先に!早馬で知らせて欲しいと。お前が体調不良で授業を休んだと聞いて、私がどれほど焦ったことか……!たまたま家にいたからすぐに迎えに行けたんだ。よかったよかった。……さ、着いたぞグレース、部屋に上がろう。元気になるまでしっかりと休まなくてはな」

「…………。」


 馬車の中で散々父に抗議しても聞き入れてもらえなかった私は、エイヴリー侯爵家に着いた頃にはもうぐったりしてしまっていた。


(……信じられないわ……。ただ一日、ほんの一日授業を休んだだけなのに……、しかも体調不良なんて、ただの言い訳なのに……)


 そう。私はどこも悪くない。元気そのものなのだ。

 ただ、密室で怪しげに二人きりの時間を過ごしていたレイとセレスティア様に、ちょっとショックを受けただけ。

 こうして時間が経つと、どう考えてもあの二人の間に何かあるなんてことは絶対にないと分かるのに。

 モテモテで誰にでも愛想のいいレイはまぁともかく、セレスティア様はそんな方じゃない。きっと事情があったのだろう。あの時さっさと逃げずに、もっと冷静になってレイの話をちゃんと聞いていればよかった。なぜ私はレイのこととなると、こうも感情的になりやすいのだろう。


 そのせいで……。


 学園寮からまるで拉致されるように、父に強引に連れ帰られてしまった……。




 初めて授業をサボって、ゴロゴロしながら溜息をついていた私。そんな中、突如部屋の扉がバーンッ!!と大きな音を立てて開き父が飛び込んできた時には、驚きのあまり心臓が口から飛び出そうになった。強盗かと思った。

 呆気にとられる私を尻目に、父は連れてきた使用人に私のわずかな荷物を持たせると私を抱え上げ、そのまま馬車に連行したのだった。

 



「まぁ、一体何事なの。元気そうじゃないの、グレース」


 屋敷に入るやいなや、出迎えてくれた母に呆れた声でそう言われた。


「お父様ったら“学園から早馬だ!”なんて血相変えて飛び出していくものだから、よほどあなたが大変な病気でもしたのかと思ったら、まぁ」

「……ええ、お母様。ですから私はげんき……、た、大したことないんですってば。お父様にも何度もそう言ったのに……。ちょっと体が(だる)かっただけだって。もう大丈夫だって。なのに……」

「何が大丈夫なものか!!幼い頃から勤勉で真面目だったグレースが学園の授業を休むなんて、よほどのことだぞ!本当は無理しているんだろう?グレース。いいんだいいんだ、体調の悪い時までそんなに頑張らなくても。たまにはゆっくり休みなさい、この、住み慣れた我が家で。お父様のいる、この屋敷で。ここでじっくりと静養すれば、きっとまた元の元気を取り戻すことができるから。な?」


 いや、だから元の元気のままなんですってば。




(どうしよう……。困ったことになったわ。こんなことになるなら、子どもみたいに意地張って休んだりしなきゃよかった……。今頃レイとセレスティア様は、どう思っているかしら。も、もしかしたら、私が二人の様子を誤解して、ショックのあまり実家に帰ることにしたと、本気でそう思われているかもしれない……)


 それならあまりにも恥ずかしすぎる。いい歳した侯爵家の娘が感情的で幼すぎると、呆れられていることだろう。


「あぁぁ……」


 私は屋敷の二階にある自室の机で、頭を抱えた。


 一刻も早く学園寮に戻りたい。長引けば長引くほど状況は(こじ)れるだけだ。早く戻って、落ち着いてレイの話を聞かなくては……。せっかくあの時私を追いかけてきて、何かを言おうとしてくれていたのに……!





「医者もどこも悪くないと言っていたな。本当に安心したよ、私は」

「だから最初からそう言っているじゃないの。それなのに、あんな無理矢理馬車に連れ込んで、わざわざここまで連れて帰ってくるなんて……。はぁ……」

「まぁ、もう帰ってきてしまったものはしょうがないじゃないの。せっかくだから、ほら、しっかりお食事をとって。また明日のお昼頃にでも、のんびり寮に戻ったらどう?」


 落ち着き払った母が優雅にステーキをナイフで切りながらそう言うと、父はキッと母を睨む。


「あ、明日?!明日だと?!馬鹿なことを言うな!まだまだ油断はできん。このグレースが、この、勤勉で真面目で誠実な、嘘のつけない可愛いグレースが、授業を休んでしまうほどに体調が悪かったんだぞ?!どんな学問もレッスンも、何もサボったことのないグレースがだぞ?!それだけ辛かったということだ。いつ何らかの症状が出るとも限らん。もう少しきちんと様子を見なくては」

「…………。」


 父が私の罪悪感をグリグリと(えぐ)ってくる。どこも悪くないので今すぐ寮に戻りたいんだけど、なんてとても言い出せない雰囲気だ。


 長テーブルの奥で、私が幼い頃からいかに真面目でお利口だったかについて延々と語る父の向かいに座り、私はフォークでレタスを刺しながら小さく溜息をついた。


(……レイに、会いたいな……。……。……んっ?!レイに会いたい?!なぜ?!)


 何となくそう思った自分の感情にハッとして、私は狼狽えた。え?なぜ?なぜ“会いたい”になるの?!いや、別に会いたくはないでしょう。そんな。どっちでもいい。ただ、早くきちんと話をしなくては、と。うん、そう。だって昨日のあの別れ方のままじゃ、後味が悪いじゃない?セレスティア様だってきっとすごく心配しているわ。だから……、私が言いたかったのは、そう。早くレイとセレスティア様の“二人に”会いたいってこと。会って早く話がしたいなって。落ち着いて、理性的に、冷静に……。


 その時、家族水入らずで夕食をとる私たちの元に侍女がやって来て、こう告げた。


「失礼いたします、旦那様。お客様がおいでです。レイモンド・ベイツ公爵令息様でございます」

「……っ!!」



 冷静どころか、呼吸が止まるほどに動揺した。







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