31. すれ違いが止まらない(※sideレイモンド)
やってしまった。
とんでもないことになってしまった。
よりにもよって、あの瞬間をグレースを見られてしまうなんて。
生徒会室のドアが開き、そこに立っているグレースと目が合った時、俺は咄嗟にしまった、と思った。
一番見られたくない人に、一番見られたくない瞬間を見られてしまった。
グレースの表情は瞬時に強張った。それはそうだろう。俺とセレスティア様は、わざわざ人がいない生徒会室の中で二人きりになり、しかも万が一にも誰かに見られないようにとカーテンまで閉めきっていたのだから。
何かいかがわしいことでもしていたように見えてもおかしくはない。
しかもちょうどその瞬間、セレスティア様はグレースに背を向けるかたちで俺から受け取っていたのだ。グレースから見れば、手を取り合っていた二人が咄嗟にそれをごまかすために、手を離したように見えた可能性もある。
「グレース!!待て!!待ってくれ!!」
明らかに誤解した様子のグレースが、何も聞かずに踵を返す。俺はその後を咄嗟に追おうとした。どこまで話すべきか、いや、話せることなどほとんどないが、それでも疚しいことは何もないということだけは、きちんと伝えておきたかった。
しかし、
「グレース!!」
「うわっ!……レイモンド?どうしたの?」
「あ……っ、で、殿下……っ」
あろうことか、生徒会室を飛び出した途端にオリバー殿下と鉢合わせしてしまったのだ。危うく思いきりぶつかって倒してしまうところだった。
「しっ、失礼いたしました、殿下」
「いや……。……どうしたんだい?二人してそんなに慌てて……、グレース嬢ももう行ってしまったし。……?……セレスティア……?」
オリバー殿下が俺をよけて生徒会室に入ろうとし、そのただならぬ光景を見てしまった。
閉まったカーテン、顔面蒼白で佇むセレスティア様。
「……。どういうことだい?一体、何があったのかな。説明しておくれ、セレスティア」
「……殿下……」
「…………。」
殿下の声は至って冷静ではあったが、こちらの対応が先だと思った。ここでセレスティア様を放ってグレースを追うわけにはいかない。
結局、濁せるところはできる限り言葉を濁しつつ、オリバー殿下に対して正直に状況を説明することとなった。
俺の口から言うわけにはいかないから、ほとんどセレスティア様ご自身から話すこととなったが。
震える声でポツリポツリと話すセレスティア様を見つめて静かに聞いていた殿下は、話が終わると呆気にとられていた。
「……それは……また……。……困ったことになったね……」
「……申し訳、ございません、殿下……。どうすることが最善なのか、分からなくなってしまって……。……恥ずかしくて、……情けなくて……。私、本当に……」
「……セレスティア……」
殿下がそっとセレスティア様の肩を抱く。セレスティア様は両手で顔を覆ってしまわれた。
どうするべきか。
しかしここから先は、俺が立ち入ることではない。
それよりも、俺はグレースのことが気がかりで仕方がなかった。
大きなショックを受けただろう。いくら愛情のない相手だとしても、婚約者は婚約者なのだ。しかも、自惚れでなければ、最近では入学当初に比べてだいぶ俺たちの間の距離は縮まっていたように思う。もしかしたらグレースは、俺にかなり心を開きはじめてくれていたのかもしれないのに。
(……このことがきっかけで、それが台無しになってしまったら……)
そう思うと気が焦って仕方がない。早くグレースの元へ行きたかった。しかし、学園寮は異性禁制だ。それは例え婚約者同士の間柄であったとしても融通を利かせてもらえたりはしない、厳粛なルールなのだ。
「レイモンド」
話し合う二人から少し離れたところで立ち、思い悩んでいると、ふいにオリバー殿下から声をかけられ我に返る。
「君を巻き込んでしまったようで、申し訳なかったね。グレース嬢のことが心配だろう。この件についてはもう少しセレスティアと二人でよく話し合いたいと思っているけれど……、今日はひとまず、セレスティアに寮に戻ってもらって、彼女からグレース嬢に話をしてもらおうと思う。それでいいかい?」
「……っ、で、ですが殿下……」
「いいのよ、ベイツ公爵令息」
逡巡する俺とは違い、顔を上げたセレスティア様は覚悟を決めた様子だった。
「元々無理な話だったわよね、こんなことをあなたと私だけの秘密にして、どうにか処理しようだなんて……。ごめんなさい。私、グレースさんに全てを話すわ。それに……、彼女なら大丈夫だと思えるもの」
「……セレスティア様……。……分かりました。すみませんが、よろしくお願いします」
グレースのことが心配な俺は、セレスティア様の申し出をありがたく受けることにしたのだった。
ところがその夜、グレースは寮の部屋から出てこなかったという。具合が悪いからと言って、食事もとらずに自室にこもっていたそうだ。
「遅くなる前にと思って、何度か部屋を尋ねて声をかけてみたのだけれど……、眠っているのか何かしていたのか、返事がなかったわ。……本当に……こんなことになってしまってごめんなさい、ベイツ公爵令息……」
「……いえ、そんなに落ち込まないでください、セレスティア様。大丈夫です。彼女今日は授業を休んでしまっているようですが、放課後寮に行ってみます。緊急の用事だと言って外に呼び出してもらえば、少しは話ができるでしょうから」
「……。私も、一緒にいいかしら。少しだけ……。彼女に謝罪がしたいわ。それが終われば、先に部屋に帰るから」
「ええ。すみません、ありがとうございます」
グレースに嫌われてしまったんじゃないかと不安でたまらず、一日が異様に長く感じられた。
ようやく訪れた放課後、責任を感じてくれているセレスティア様とともに、俺は女子寮の前まで行った。何が何でも出てきてもらおうと。話を聞いてもらえるまでここから一歩も動かないと言っていると、寮長からそう告げてもらうつもりでいた。
ところが。
「……は……?帰っ、た……?」
「帰った、って……。え?エイヴリー侯爵家に?ほ、本当ですの?先生」
呆然とする俺の隣で、セレスティア様が寮長に食い下がる。
「ええ。ほんのつい先ほどですよ、エイヴリー侯爵が直々にお迎えに来られましてね。グレース嬢は静養のためにと、エイヴリー侯爵家に帰ってしまわれました」




