30. 衝撃の光景
学園舞踏会を約一月後に控えた、肌寒い日の放課後。私は生徒会室に向かっていた。
今日は集まりがある日ではない。けれど舞踏会についての記事を広報誌に載せるために書いていた私は、大切な物を生徒会室に忘れていたのだ。
(去年の舞踏会の成績優秀者のリストと、ルールブックね……。舞踏会なのにダンスの成績をつけられるっていうのがまた悲しいところだけど……、まぁ、授業の一環として行われている以上、仕方ないわよね)
そんなことをぼんやりと思いながら、私は誰もいないはずの生徒会室に向かった。
必要な書類だけを持って、すぐに帰るつもりだったのだ。
だけど。
生徒会室の前に着いた私は、無人のはずの部屋のドアを、ごく普通に開けた。
すると、そこには──────
「……っ!!」
「……っ、……グレース……ッ」
(…………え?)
中を見た途端、視界に飛び込んでくる二人の姿。
部屋の奥、窓際でわざわざカーテンを閉めきって、私に背を向けるようにして立っていた、その女性。
ドアの開く音を聞いた途端、窓を背に寄り添うようにして立っていたレイから少し離れ、慌てた様子で振り返った。
私の姿を見るなり驚愕の表情を浮かべ、目を見開いた。そしてそのまま自身の手を、後ろにサッと引っ込めたのだ。
(……セレスティア、さま……?……え?……今、レイの手を……握っていたの……?)
数秒間見つめあった私から、明らかに気まずそうに、彼女は目を逸らした。その顔色は、真っ白だった。
「……グレース……、これは……」
レイも同じような、困りきった顔をしている。動揺からか、その声は掠れていた。私に見られたことを後ろめたく思っているのは明白だった。
「……っ、」
ドクドクドク……、と自分の心臓が早鐘を打ちはじめる。息が浅くなり、目まいがした。
これは、何……?どうして二人して、そんなに気まずそうに目を逸らすの……?
「……グレース、今、俺は……、」
「っ!待って……!わ、私が……、」
「いや、ですが……」
レイとセレスティア様の二人は、慌てふためいて必死に何かを言おうと、……もしくは隠そうとしている。私にはそう見えた。
何をしていたの?
その一言が、どうしても口から出ない。もしも私がそれを尋ねた時、二人が一層顔を強張らせたら……。
「……っ、おじゃま、しました」
ようやく言えたのは、そんな嫌味な言葉だけ。そのまま私は踵を返し、走り出した。
「っ!グレース!!待て!!待ってくれ!!」
レイの切羽詰まった声が聞こえてくる。それがますます疑わしく思えて、私の目にはじわりと涙が浮かんできた。
「っ!」
「おっと!……驚いた、グレース嬢か。あれ?ここで何を……」
「……し、失礼いたしました……っ」
俯いていたせいで、目の前まで来ていたオリバー殿下にさえ気付かず、軽くぶつかってしまった。もっと丁寧に謝るべきところだけれど、動転していた私はそのまま再び廊下を駆け出した。
「グレース!!」
「うわっ!……レイモンド?どうしたの?」
「あ……っ、で、殿下……っ」
背後に殿下とレイの声を聞きながらも、私の足は止まることはなかった。
どうして?有り得ない。考えられない。
セレスティア様……、あの方に限って、まさか……。
この国の、王太子殿下の……、オリバー殿下の婚約者なのに。あんな素敵なカップルなのに。
わざわざ誰も来ない日の生徒会室で、カーテンまで閉めきって……、あんなに二人寄り添って、一体何をしていたのですか……?
私の婚約者と……。
この時、私は激しく動揺していた。
冷静に考えれば、よりにもよってあのセレスティア様が私の婚約者であるレイとそんな不埒な関係になるはずがないのに、なぜだか窓際で親密に寄り添っていた二人の姿を見た途端、激しいショックを受け、悲しみと同時にお腹の奥底から煮えたぎるような、形容しがたい感覚を味わった。
そして有り得ないことに、私はそのまま寮に戻り、次の日体調不良と嘘をつき、授業を休んで部屋に引きこもったのだった。
(もう嫌だ。顔も見たくない。レイの顔なんか……二度と見たくない)
どうしてたったあれだけのことで、ここまで動揺してしまうのか。
なぜ冷静に話を聞くことさえできなかったのか。
レイにだけ向ける自分のこの激しい感情が一体何なのか、その正体を認めることが怖かった。
(レイはすごくモテる人で……、私との婚約は、親同士が決めた互いの家のためのもので……。レイは私との特別な関係なんて望んではいない。結婚までは自由でいたいと思っている人なんだから。だから、期待しちゃダメだ)
期待?……何を?
私はレイとどうなりたいの?
「……はぁ……」
まとまらない思考が頭の中をぐるぐると渦巻き、私は寮の自室にあるベッドの上で布団を被り、何度も何度も深い溜息をついていた。




