3. 綺麗な侯爵令嬢(※sideアシェル)
「すっごい美人に成長したなー」
「あ?」
「お前の婚約者だよ。グレース・エイヴリー侯爵令嬢」
「……そうか?」
そうか?って……そうでしょ。
入学式が終わり各々教室に引きあげる最中、今日一際目立っていたパープルグレーの長い髪の美女が、どこぞの令息と楽しげに話しているのを見かけた。周りの男たちも彼女のことをチラチラ見ながら通り過ぎていく。
真っ白できめ細かな肌に、艶々の緩くウェーブがかったその美しい髪。紫色の猫のように少し上がった瞳は一見冷たく見えるけれどすごく色っぽい。極上の美人だ。
(グレース・エイヴリー侯爵令嬢だ。レイモンドの婚約者の……)
おい、あそこにお前の婚約者いるぞ、と話しかけようと思ったら、隣にいたレイがそれよりもすばやく、二人の方へ駆け寄る勢いで歩いていった。俺も何となく後を追う。
レイは男の方を追い払って一言二言エイヴリー侯爵令嬢に無表情で話しかけると、すぐさまその場を離れてしまった。
(……あ。目が合った)
血統書付きの美しい猫のような紫色の瞳とバチッと目が合った俺は、ひとまず軽く会釈して愛想を振りまく。すると向こうもニコリと笑顔を返してくれた。かーわいい。彼女が俺の婚約者だったらよかったのになー。
美人に笑いかけてもらって嬉しくなった俺は、すごい美人に成長したなーとレイに言ったのだが、当のレイは淡々としたもんだ。まるで自分の婚約者にまるっきり興味がないかのように。もったいない。
レイは昔からモッテモテだ。抜群のルックスに加えて女の扱いも上手いもんだから、常に周りには美人が侍っている。ありがたいことに近くにいる俺も、その恩恵にたっぷりとあずかっている。
だが意外と自分の婚約者に対してはあっさりしているというか、結構冷たい上に関心がなさそうでビックリした。あんなに美人なのに。相性が悪いのかな。本当もったいない。俺がグレース嬢の婚約者だったら絶対に嫌われないようにもっと優しく愛想良くするけどな。
(……お、向こうにはミランダ・クランドール公爵令嬢もいるぞ。オリバー殿下の婚約者セレスティア嬢の妹君だ。美人だらけだなー。楽しい学園生活になりそうじゃないか。ふふん)
これで寮がなー。男子寮と女子寮がもっと近かったらなー。言うことなしだったんだけど。
この学園の寮はわりと広大な学園の敷地の西側に男子寮、東側に女子寮と遠く離れて建てられている。おそらく俺のような不埒な輩が人目を盗んで忍び込んだりしないようにだろう。
(まぁ、近かったとしてもどうせ寮は異性禁制だし、こっそり入ってバレたら即退学だ。さすがにそんな馬鹿な真似はできないよな。父に殺されちゃうよ俺)
いいんだ。勉強ずくめのうんざりな学園生活をあんな美人たちに囲まれて過ごせるのなら、それだけで癒されるってもんだ。疲れたら眺めて楽しもう。そしてあわよくば仲良くなりたいな。ふふん。
俺は始まったばかりの新生活への期待に胸を膨らませたのだった。