28. 赤銅色の髪の王子様
そこかしこから談笑が聞こえ、晩餐会は楽しい雰囲気の中進んでいった。やがて食事が終わり皆がお喋りを楽しんでいる中、一息つこうと思った私は会場を抜け出し、中庭へ出た。
月が美しい夜だ。会場の明るさで星々の煌めきはあまり見えない。だけど外は静かで空気が澄んでいる。夏の夜の風が、気持ちがいい。
私は中庭に咲き誇る花々に見とれながら、その甘い香りを堪能していた。
その時だった。
「こんばんは、お嬢さん。君も外の空気を吸いに?」
「っ!」
先客がいることに全然気付かなかった私は、慌てて声のした方を振り返った。
すると──────、
「ラッ……!ライオネル殿下……っ!失礼いたしました」
楽しそうに微笑みながらベンチに座っていたのは、他でもない、ロゼルア王国第二王子、そしてミランダ嬢の婚約者でもあるライオネル殿下だったのだ。赤銅色の長めの髪が、夜風に艶めかしく揺れている。
(やだ!私ったら……。こんなすぐそばにいらっしゃるのに、気付かず素通りしてしまうなんて……!というか、この方主賓なのに、一体どうやって抜けてきたのかしら……)
「はは、いいんだ。こんな暗いところに座ってる俺が悪い。気にするな」
そう言ってニヤッと笑う。
「……申し遅れました。エイヴリー侯爵家のグレースでございます」
「グレース……。美しい名だ。ここにおいで」
「……っ、で、ですが……」
「ちょっとお喋りに付き合ってくれよ。気分転換に、少しだけ」
「……は……、はい……」
ライオネル殿下はご自分の隣をポンポン、と手で叩く。ベンチに、並んで座れと……?さすがにマズい気がして躊躇する。頭の中でミランダ嬢の金切り声が響き渡る。
『ちょっとぉぉ!!信じられないわグレースさんったら!!ライオネル殿下は私の婚約者なのよ?!隣国の王子殿下なのよ?!それをあなた、まぁなんて厚かましいのかしら!!隣に並んで座るだなんて!あなたねぇ……、まさか私から殿下を盗ろうって魂胆じゃないでしょおねぇぇ!!』
(……。見られませんように……)
私は覚悟を決めて、おずおずと隣に腰かけた。……緊張する。近くで見るライオネル殿下は、何だかすごく迫力がある。瞳は深い緑色だ。美しい。
「いい国だな。人も街も、穏やかだ」
「そ、そうでございますか」
「君は見たところ、年の頃はミランダ嬢と同じくらいか」
「はい。学園で同級生です」
「そうか。……どうだ?彼女は」
え?どうだ、って?……ノーコメントでお願いします。で、いいかしら?
「頑張っておられます。明るくて……聡明な方ですので、ご友人も多くいらっしゃって、毎日とても、楽しそうにお過ごしですわ」
よし。無難に答えた。
「無難な答えだな」
ぎくっ。
「本当はどうだ?かなり問題児なんじゃないか?」
「……ま、さか。ほほ。いえ、とても……明るくて、素敵な方ですわ」
突っ込まれたけれど、どうにかミランダ嬢を良く見せる回答を心がける。品行方正で教養があり博識で……、などと言ってあげられないのが残念だ。私とのこの場での会話が、万が一にも二人の婚約を破談にしてしまうことなんてきっとないとは思うけれど。全っ然くつろげない。中庭来るんじゃなかったわ。
ライオネル殿下は私の捻り出す返事を、こちらを覗き込むように見ながら楽しそうに聞いている。……たぶんいろいろ察してるんだろうなぁ。あの人の破天荒ぶりや品のない立ち居振る舞いは、どんなに隠そうとしても滲み出てしまっているだろうし。
「ふ、まぁ、明るいのは間違いないな。……君はどうだ?フィアベリー王立学園は授業内容の幅が広く、校則も厳しいことで有名だが。大変じゃないか?」
「いえ、そんなことは。たしかに科目が多くて勉強時間が長くはなりますが、学生ですので。それが本分だと思っております」
「そうか。君は真面目なんだな。成績はどうだ?」
「学期末の成績発表がまだですので、何とも言えませんが……。分からなくて困っている科目などはないので」
「へぇ。それはすごい。優秀なんだろうな。他には?通常の授業以外で、何か特別な活動はしているのかい?」
何だか面接を受けている気分になってきた。
「私は生徒会に所属しておりますので、放課後は生徒会活動を。あ、オリバー殿下やセレスティア様や、ミランダ嬢と一緒です」
あと婚約者のレイもですー。
「ふむ。なるほど。よく分かった。君はずば抜けて美しく品のあるご令嬢というだけでなく、どうやらかなり優秀らしい」
「え?あ、ありがとうございます……」
褒められちゃった。
それからしばらくの間、互いの国のことについて会話を交わした後、あまり長く離席するわけにもいかないからと会場に戻ることになった。
「君と話せて楽しかった、グレース嬢。付き合ってくれてありがとう」
「そう言っていただけてとても光栄ですわ、ライオネル殿下。私の方こそ、楽しい時間をありがとうございました」
模範的社交辞令の挨拶を返し、丁寧に礼をする。
全く同時に会場に入るのは気まずいので、ライオネル殿下から数分遅れてそーっと戻った。すると、
「おい!今までどこに行っていたんだ」
中に入るやいなや、レイが私の前に仁王立ちした。
「……ビックリしたぁ。……ちょっと、中庭で休憩してたの」
「それなら俺を誘えよ。一人で外になんか出るな。危ないだろう」
「えぇ?大丈夫よ、ここ王宮よ?それに……」
ライオネル殿下の護衛の方々が、離れたところからジーッと見てたし。
……と言いたかったけど、ライオネル殿下と二人きりでお話していたと伝えることが、何となく憚られた。
「……誰かと一緒だったのか?」
「……ううん。一人よ」
「……誰にも言い寄られなかっただろうな?」
「ふふ、まさか。この国の貴族たちは皆、私があなたの婚約者だってことを知っているわ」
「……まぁ、そうだな」
ようやく納得したのか、レイの尋問から解放された。
(ミランダ嬢の方は大丈夫かしら……)
そう思って辺りを見渡すと、
「……きゃっははは!やぁだぁ~ダリオン様ったらぁ~!あっははは!……痛っ!」
調子が出てきたのか、向こうの方で殿方たちを相手に馬鹿笑いしている姿が見えた。そのご機嫌なミランダ嬢のそばにススス……とセレスティア様が寄っていくと、途端にミランダ嬢の顔が歪んだ。足を踏まれたのか、腰をつねられたのか。
(すっかり化けの皮が剥がれちゃってるわね。……あら?あれは……)
ふと別のところに目をやると、オールダー公爵家のご令嬢ウェンディ・オールダー様が、婚約者であるレイの兄上ケイン様と、楽しげにお喋りをしていた。……と言っても、楽しそうなのはウェンディ様だけ。ケイン様は正面に立ってニコニコ話しかけてきているウェンディ様の顔を見ることもなく、頑なに床を見つめて口を真一文字に引き結んでいた。
(……なんか、子どもの頃の私とレイみたいだな)




