27. 夏の終わりの晩餐会
長い夏期休暇もようやく終わりに近づいた、ある夜。私たちエイヴリー侯爵一家は、王宮での晩餐会に招かれた。隣国ロゼルア王国からやって来られた王家の方々をもてなすための会とのこと。私は淡いエメラルドグリーンのドレスに身を包み参加した。
晩餐会の会場である王宮の大広間には、国内の高位貴族が軒並み集まっていた。
(……あ、……レイ……)
向こうの方に、ご両親と一緒にいるレイの姿が見える。正装した彼の姿は、これほどきらびやかな会場の中でも一際目立ち、すぐに気付いた。思わず見とれてしまう。
ふと、レイが私の方を見た。なぜだか心臓がドキッと大きく跳ねる。
「……。」
目だけで優しく挨拶してくれた。それに応えて私も微笑み返す。
(……なんでこれだけのことで、こんなにドキドキするのかしら。……ん?あれって、もしかして……)
スラリとしたレイの背後に隠れるようにして、一人の男性が立っていることに気付いた。髪をきちんと整えているから気付かなかったけど……、あの少し丸まった背中、丸眼鏡、日差しが苦手そうな真っ白な肌、頑なに床だけを見つめている、強張った表情……。
(ケイン様だわ!レイのお兄様!うわぁ、珍しい……!なんて久しぶりなのかしら。すごい……)
まるで珍獣に出会ったかのような感動を覚える。こんな大規模な晩餐会に彼が登場するとは……!彼は公爵家の嫡男だというのに、昔からこういう場が誰より苦手な人だったはずだ。だけど、さすがに隣国の王家を招いての晩餐会、ベイツ公爵夫妻も欠席など許さなかったのだろう。後で挨拶しなくては。珍じゅ……、いや、ケイン様とお話できる貴重なチャンスだわ。
(それに、向こう側にはクランドール公爵一家のお姿も……。まぁ、ミランダ嬢。よかった、今日はさすがにショッキングピンクに肩出し谷間盛り盛りじゃないわね)
美しいセレスティア様の隣で露骨に不機嫌そうな顔をしているミランダ嬢は、薄い桃色のドレスに控えめなお化粧をしている。きっとクランドール公爵夫人やセレスティア様に無理矢理させられた格好だろう。よほどきつく言われているのか、さっきから高笑い一つせず大人しーく立っている。
(そうよね、今夜はミランダ嬢の婚約者でもあるライオネル第二王子が来られているんだもの。みっともないところは見せられないわよね。ふふ)
ロゼルア王国の王家の方々が会場に到着する前に、皆がそれぞれ挨拶を始める。私も父や母とともに、他の貴族家の方々にご挨拶をしてまわった。
ベイツ公爵夫妻にも挨拶をする。
「グレース嬢、今夜も実に美しい。……どうだね?うちの息子は、学園ではあなたにちゃんと優しくしているだろうか」
「え、ええ。はい、もちろんですわ、ベイツ公爵。レイモンド様は先日も音楽祭に連れて行ってくださいました。とても素敵な日になりましたわ」
「ふふ、仲良くやっているようで私たちも安心だわ」
公爵夫妻と会話をしつつも、陰に隠れているケイン様が気になって仕方がない。いつもサッと逃げられてしまうのだ。……よし……、今日こそ捕まえてみせる……!
公爵夫妻がうちの両親と話に花を咲かせ始めると同時に私は、レイの背後霊のように立ち、向こうを向いて俯いているケイン様の正面に回り込む。待っていてもケイン様の方からは一生お声がかからないことは知っているのだ。
「ケイン様、ごきげんよう。ご無沙汰しております。帰国なさっておられたのですね」
「っ!!」
私が声をかけると、ケイン様はあからさまにビクゥッ!と肩を跳ねさせた。目がキョドキョドと泳ぎはじめる。
「……。」
「久々にお顔が拝見できて、嬉しゅうございます。ロゼルア王国での研究はいかがですか?」
「…………っ、…………っ、は……、ぅ……」
意地でも私から目を逸らし続けているケイン様は、口を少しだけモソモソと動かす。
「……?……え?ごめんなさい、……何と仰いました?」
「…………。」
「……あ」
……ケイン様は、どこかへ行ってしまった……。
「……相変わらずだろう?」
「本当ね。……ふふ。お元気そうね」
「ああ。今日はしっかり身支度を整えさせられて、不快極まりない顔をしていた」
「ふふふ…」
レイの言葉に思わず笑みが漏れる。いくつになっても、変わった方だ。
私たちが全員席についた頃、到着したロゼルア王国王家の方々が会場に入ってこられた。全員で起立して迎える。
(うわぁ……すごい。華やかだわぁ……)
ガーネットのような深みのある赤い髪の国王陛下をはじめ、輝く金髪の王妃陛下も、王妃陛下と同じ髪色のクリストファー第一王子も、そして赤銅色の艶やかな髪をしたライオネル第二王子も、誰もが発光しているのではないかと思うほどに輝き、神々しいほどのオーラを放っている。
(うーん、すごい。美形一家ね)
しとやかな微笑みを浮かべながら、私は内心そう感心していたのだった。




