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政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?  作者: 鳴宮野々花@書籍4作品発売中


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26. 変わり者の兄、帰宅(※sideレイモンド)

 深夜遅くに、俺はようやく自分の実家であるベイツ公爵家の屋敷に帰り着いた。


 何度も溜息をつきながら、玄関のドアまで辿り着く。どっこいしょ、と気怠くドアを開けた時だった。


「おかえりぃ~……」

「っ?!!ビッ!…………クリするじゃないか!!……コホン、……兄さん」


 ドアの真ん前に、いつものボサボサ頭に丸眼鏡の俺の兄、ケイン・ベイツが立っていたのだ。こんな時間に。まるで待ち構えていたかのように。


「何してるんですか、こんな深夜に……。心臓が止まるかと思いましたよ。……ご無沙汰しています」

「んふ。自室の窓を開けて論文を書いていたんだ。そしたら馬車の音が聞こえたからね」

「論文?こんな時間までですか?……いや、まぁ、いつものことですよね」


 俺が言うと、兄は鼻梁のあたりで眼鏡をくいっと上げながら不気味にくふ、と笑った。


 我がベイツ公爵家の長兄ケイン・ベイツは、誰もが認める変わり者の天才だ。俺と似ているところは、顔立ちと、栗色の髪だけ。といっても、俺はこんなにボサボサのままでは家族にも会いたくない。対して兄は、放っておいたらボッサボサの頭に研究用の薄汚れた白衣のままで、王宮にまで行こうとする人間だ。


 兄は幼少の頃からすでに変わり者だった。


 両親に連れられて茶会や食事会に行くことを、昔から死ぬほど嫌がっていた。普段はものすごく大人しい兄だったが、両親や使用人たちが無理矢理手を引っ張って馬車に連れ込む時には「きえぇぇぇぇっ!!」とすさまじい金切り声で足を振り回しながら泣いていた。

 俺やグレースなどと同じ茶会の場にいたことは何度もあるのだが、兄だけはいつも子どもたちの輪に入ろうともせずに、招かれた屋敷の庭先などに勝手に出ては、ブツブツ言いながらそこら辺に生えている草をむしったり、匂いを嗅いだり、もぐもぐ食べたりしていた。

 兄はオリバー殿下やセレスティア様と同い年で、フィアベリー王立学園の同級生でもあった。しかし兄は入学からたったの半年で「授業がつまらない。武芸も馬術もやりたくない」と言い放ち、父の筆跡を真似て書類を作って提出し、勝手に退学して帰ってきてしまったのだ。

 その日父は怒り狂い、兄と二人で深夜まで話し合っていたようだ。そして将来の仕事や結婚のことに関していくつかの取り決めをした。兄は数年間大好きな薬学の研究に邁進し、気が済んだら父の決めた相手であるこの国の三大公爵家の一つ、オールダー公爵家の娘と必ず結婚するということを条件に、国外へ留学したのだった。そしてゆくゆくは父の後を継ぎ、ベイツ公爵領を守る。

 いくつかの国を回り、最近は薬学の研究が最も盛んと言われている隣国ロゼルア王国に長く滞在していた。

 そしてロゼルアでも、留学生として少しの間向こうの学園の薬学科に通っており、その時に知り合ったライオネル第二王子とは今でも懇意にしているらしい。王子とは見た目も性格もまるっきり違うのに、非常に信じがたいことだが。変人の兄には意外と大物の友人が多い。


 そして、こんな薬の研究以外に全く興味のなさそうな兄だが、実は意外と勘が良いところもあったりする。


「ふ、どうだったんだい?グレースちゃんとのデートは。楽しかったかい?」

「……。まぁ、婚約者の責務を果たしてきたといったところです。普通に出かけて、普通に送り届けましたよ。……兄さん、ちゃんと毎日湯浴みをしてくださいよ」


 兄の横を通り過ぎて自室に戻ろうとすると、薬草やら薬品やらの匂いに混じって汚れた男の匂いがした。


「むふ、恋に振り回されて苦悩する男の顔をしているな。……ふ、……ふふ」

「…………。」


 人のことよりあんたはどうなんだと言いたい。

 この兄が女性とまともに会話しているのを、生まれてこのかた見たことがないのだが。大丈夫なのだろうか、この人は。ちゃんとオールダー公爵令嬢を妻として大事にできるのだろうか。というか、そもそも……女性とのあれやこれやを知っているのだろうか……。子作りとか、ちゃんとできるのか……?

 などと余計なお世話と言われても仕方のないことを考えてしまうくらい、兄は研究以外の全てのことに興味を示さない人だった。それなのに、不思議と周囲の出来事をよく知っていたり、俺の動向をお見通しだったりすることがあって、ドキッとさせられる。


「……俺は別に苦悩などしていませんよ」

「してる。お前は昔からグレースちゃん一筋だから……ふふ……それなのに……この不埒者め……くふ」

「……何がですか。それよりウェンディ嬢とはきちんと連絡をとっているんですか?あなたはただでさえ放浪ばかりしている身なのですから、せめて手紙くらいはマメに出さなきゃいけませんよ。たまには贈り物をするとか。婚約者を不安にさせては、男として失格ですからね」

「……。」


 俺が“ウェンディ嬢”という名前を出すと、くふくふ不気味に笑っていた兄は途端に真顔に戻り、俺のそばから離れスーッと闇の中に姿を消した。ふ、勝った。兄弟のコミュニケーションのつもりなのか、兄は俺の姿を見かけるとススス……と近寄ってきては人の肩口で女性関係を揶揄するようなことを言ってくるくせに、自分の婚約者のことに言及されるとすぐに逃げていくのだ。まるで目の前に十字架を突き付けられた吸血鬼のように。


(……ふ、いつまで経っても子どものような人だな)


 好きな研究だけに没頭し、他のことは何もかもほっぽり出して。変な兄だ。




 だが。




 やがてこの変人兄に自分が救われ、生涯感謝し続けることになるのだということを、この時の俺はまだ知らない。

 








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