21. 至福の時(※sideレイモンド)
オリバー殿下直々に声をかけられ、俺は生徒会に入ることになった。
生徒会室に行くと、やたらとテンションの高いセレスティア様の妹君、ミランダ・クランドール公爵令嬢に腕をがっちりとホールドされる。……姉上の前で邪険にするわけにもいかないが、鬱陶しい。
「いやーん!レイモンド様だわ!レイモンド・ベイツ公爵令息!皆が騒いでいたわ!本当にますますカッコよくなっちゃって!素敵~っ!!」
「ミランダ、静かにしなさい」
くねくねと俺の腕に絡みついていたミランダ嬢は、セレスティア様の一声でピタリと大人しくなった。
「あなたがあまりにもしつこく頼み込むものだから、オリバー殿下が温情であなたも生徒会に入れてくれたけれど、私はそんなに甘くないわよ。入った以上は全生徒たちの円滑な学園生活のために、しっかりと活動してもらいますからね。通常の授業以外にこういった活動をさせるのは、あなたを少しでも成長させるためなの。肝に銘じなさい」
「……はい」
(……怖ぇ……)
普段は天使のようなセレスティア様が、凍てつく空気を発している。ミランダ嬢も大人しくなってくれたはいいが、何故だか俺が座った席の隣にスッと座ってきた。
それからしばらくしてグレースが生徒会室に入ってきた。……やはり声をかけられたか。そうだろうな。グレースは美しいだけではない、優秀な令嬢だ。
チラリと俺の方を見ると少し表情が曇ったが、オリバー殿下から優しく声をかけられると、途端に嬉しそうに頬を緩める。……こういうのを目の当たりにすると、結構キツい。
ある日の放課後、生徒会室での作業を中断した俺は、資料を集めに行ってからなかなか戻ってこないトビー・ハイゼル侯爵令息とグレースのことが気になり、廊下へ出た。学園内でまさか侯爵令息ともあろう人間がグレースに妙なことをしたりはしないだろうが、あのトビー・ハイゼルはグレースのことを気に入っていて、いつも不愉快な視線を送っている。何かあってからでは遅い。そう思うとますます気が焦った。
すると、廊下の向こうから二人が並んでこちらに歩いてくるのが見えた。ホッとしたが、グレースの表情が優れない。明らかに困ったような、嫌そうな顔をしている。……さてはあの男、ろくな話題を振ってないな。
気付いた俺はズカズカとハイゼルに近づいた。案の定、良い場所を知っている、最近出来た個室のカフェがどうのこうのという言葉が聞こえてきて、俺は感情のままにハイゼルに苦言を呈した。
この時から俺のことを目の敵にしていることは分かっていたが、こちらは相手にもしていなかった。殿下の側近とはいえ、正直俺から見れば取るに足らない相手だった。
だから武芸競技会で対戦した時、あんな馬鹿な真似をしてきたのにはさすがに驚いた。試合は俺の勝利であっさり終わったというのに、ふと背後から敵意ある気配を感じた。咄嗟に振り向くと、ハイゼルが変な構えで俺に向かって剣を振り上げていた。
(っ!……馬鹿な男だ。少しは先のことを考えて行動しろよ)
頭の中で冷静にハイゼルを貶しながら、剣先の動きを見てどうにか躱す。だが避けきれず、首筋にピリッとした痛みを感じた。
(あーあ。馬鹿だな本当に。こりゃ下手すりゃ退学処分じゃないのか、こいつ)
そう思った、その時だった。
「レイッ!!」
(──────っ!)
悲痛な叫び声がグレースのものだと分かった時、俺は心底驚いた。気付かなかったが、グレースは観客席ではなく舞台の袖のところに立っていたのだ。
(……グレース……。……俺を、心配してくれているのか……?)
まさか。……え?……本当に?
呆然としていると、真っ青な顔のグレースが舞台の上に駆け上がり、俺の首筋にハンカチを当ててくれる。その冷たい手が小刻みに震えているのが分かった。
「……っ!!レイ……ッ」
(……かっ……、可愛すぎか!!)
グレースの瞳が潤んでいる。唇まで震えている。そんなに?こんなかすり傷なのに、そんなに心配するか?
(……マズい。顔がニヤけそうだ)
「……グレース、大丈夫だ。落ち着け」
いや、お前が落ち着け。
もう一人の俺が頭の中で冷静にツッコミを入れる。嬉しさのあまり、声が掠れてしまったじゃないか。
俺の言葉に少し安心したような可愛いグレースは、ほうっ、と息を吐くと、今度はキッと鋭い視線をハイゼルに向けて怒鳴りつけたのだ。
「何をするのよ!!この卑怯者!!」
「…………。」
(俺のために……グレースが気持ちを乱している……。こんなにムキになって……嘘だろ……)
じわじわとさざ波のように喜びが胸に押し寄せ、やがてそれは大きな波になり、俺の心を激しく揺さぶった。情けなく緩みそうになる頬を引き締め、グレースを連れて舞台を降りた。
グレースが可愛くて、愛おしくてたまらなかった。




