20. 想いを貫く(※sideレイモンド)
それでも俺はグレースへの想いを貫いた。
涙の茶会からしばらく経って、オリバー殿下とセレスティア様がすでに婚約していることを知った時、俺の胸に去来したものは喜びではなかった。
(……可哀相に、グレース……。きっとグレースもまだ何も知らないんだ。だからあんなに素直にオリバー殿下に、好きだって……)
俺は心底グレースを心配した。いつこのことを知るのだろう。知ったらどれほど悲しむだろうか。俺は何ヶ月かに一度しか会えない。きっとグレースが知るのは俺がそばにいない時だ。誰かちゃんとグレースに優しくしてくれるだろうか。ご両親が慰めて、抱きしめてくれればいいのだけど……。
どうせ自分がそばにいたって素直に優しい言葉をかけたり頭を撫でてあげたりなんてできないくせに、俺はひたすらそんなことばかり考えていた。
学園に入学する16歳になるまでの間に、何度もまだそうして顔を合わせる機会はあった。彼女は会うたびにどんどん大人びて、そしてますます美しくなっていった。
そうして月日は経った。
あの涙の茶会以来、俺はグレースの視線に敏感になっていた。……やはり、オリバー殿下のことをよく見つめている。……気がする。殿下やセレスティア様と三人で話をしていることが多い。……もう知ってしまっているだろう。一体今、その笑顔の下にどんな思いを抱えている……?
(……俺が守ってあげなければ)
自分がグレースからあまり好かれていないことは、重々承知していた。俺はオリバー殿下のようにグレースに笑いかけたりできない子どもだったから。あんなに優しくできない。緊張するし、恥ずかしいし。
小さい頃はよく俺に話しかけに来てくれていたグレースも、成長するに従ってほとんど俺と会話することはなくなった。俺も自分からグレースのそばには行けなかった。
(このままじゃダメだ。……よし。練習しよう。オリバー殿下のように、優しく紳士的な男になるんだ)
グレースに好きになってもらえるように。
大変失礼なことではあるが、俺は自分に言い寄ってきてくれるあまたのご令嬢たちを相手に“笑顔で優しく会話する練習”や“女性を上手に褒める練習”、“デートの際にスマートにエスコートする練習”などをすることにした。学園に入学する前には、俺はめきめきとモテるようになっており、声をかけてくる女性は後を絶たなかった。自分で言うのも何だが、昔から容姿だけは抜群に良かったのだ。そこに愛想が加わればもう無敵だった。
グレースのためだったらこうするだろう、こうしてあげたい。様々な女性たちとデートを重ねながらそう思えるような行動をとった。あくまで全ては予行演習だった。学園に入学したら……、グ、グレースを……、デートに誘ったりなんかするんだ。
他の誰かに盗られる前に。
そして、いよいよフィアベリー王立学園に入学する歳になる頃、両親が俺の婚約について協議していることを知った。
自分が次男坊だからと油断していた。もう?!もう決められるのか?ちょっと待ってくれ。俺には幼い頃からずっと、心に決めた人が……!
父に話を聞いてみると、グレース・エイヴリー侯爵令嬢か、もう一人別の侯爵家の令嬢かで悩んでいるということだった。
俺は思いっきり、ウオォォォォ!!と叫んで飛び跳ねた。頭の中で。だが体はしっかりと落ち着けたまま居間のソファーに腰かけていた。神妙な表情を作って頷きながら父の話を静かに聞くふりをしつつ、体中の血流が速くなるような昂りを覚えた。これは最初で最後のチャンスだ。言わなければ。動悸が激しくて胸が痛い。緊張で震える指先にグッと力を込め拳を握ると、一世一代の告白をした。
「……父上。お願いです。グレース・エイヴリー侯爵令嬢と結婚させてください。他の女性との結婚は、俺には考えられません」
入学式当日、久しぶりに見るグレースはますます輝きを増していた。際立って美しいその姿は凜として気高く、会場に集まっていた多くの新入生たちの視線を独り占めしていた。
ジロジロ見るな。グレースはもう俺のものだ。誰にも渡さない。
オリバー殿下が在校生代表として壇上に上がり、祝辞を述べる。挨拶が終わると大きな拍手が起こり、俺はつい斜め後方の席に座っているグレースの方を見た。
「……。」
目をキラキラと輝かせながら、オリバー殿下を見つめて拍手を送っている。
……やはりいまだに想いを捨てきれずにいるのだろう、グレースは。
見つめすぎていたせいか、グレースがふとこちらを向いて目が合ってしまった。
俺は慌てて前を向いた。
……もう父上から俺との婚約の話は聞いているだろう。
無性に気まずかった。
式典が終わり、新入生たちが各々自分の教室に引きあげる中、グレースに話しかけている男がいることに気付いた。耳を真っ赤に染め、惚けたようなうっとりとした目で彼女のことを見ている。
カッとなった俺は何を考える間もなく、グレースと男の間に割って入った。……大人気ないことをしてしまった。学園には大勢の貴族家の令息たちがいるのだ。グレースに話しかける男たちをいちいち牽制していたのでは彼女も窮屈だし、何より嫌われてしまう。気を付けなければ。
結局俺は「放課後話がある」とだけ伝えて、すぐにその場を立ち去った。
そして放課後。俺はグレースに言った。
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい。俺はそれを言っておきたかったんだ」
「……好きな男って?」
「オリバー王太子殿下、とかな。昔から好きだっただろう、お前。だが向こうにもご立派な婚約者がいることは忘れるなよ。あくまで気持ちだけだ。好きになる相手は自由ということだ。俺も結婚までは自由にさせてもらう」
「……あらそう。分かったわ」
精一杯の虚勢を張り、彼女の心を今から自分に縛り付けるつもりはないということを伝えた。長年想い続けたオリバー殿下への気持ちに区切りをつけるタイミングは、グレース自身が決めるだろう。ゆっくり前に進むといい。
だが、ごめん。きっと俺のことはあまり良く思ってはいないだろうが、君は俺の妻にする。もう決めたんだ。ずっと前から、そう決めていた。
好きな男ではないかもしれないけれど、他の誰よりも、俺が君を大切にするから。




