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政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?  作者: 鳴宮野々花@書籍4作品発売中


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18. ロマンティックな夜

 突然隣から、男性に声をかけられた。驚いてそちらを見ると、いつの間にやら私の横に腰を下ろしている人がいる。上品な身なりの、知らない人だ。年の頃は同じくらいだろうか。……誰?


「えっと……、ごめんなさい、どちら様でしたかしら」

「あはは。知らないのも無理はない。隣国から父の仕事に同行してきた者です」

「あ、あら……まぁ」

「大きな祭りがあっているとのことだったので、見に来たのです。そしたら……女神に出会ってしまった。まるで運命のように」

「……は、……え?」


 いきなり何を言い出すのか。粘ついた視線でジロジロと見てくる。私のことを値踏みしているようで気持ちが悪い。男は厚かましくもさらに距離を詰めてくる。


「ち、ちょっと……」

「あなたのような美しい女性を私は見たことがありません。あなたはまるで、僕の前に降り立った夏の夜の妖精だ。この世のものとも思えぬ美女が、こんなところで一人で。危険ですよ、あまりにも。ほら、大勢の男があなたのことを見ているでしょう?」

「……ひ、人を待っていますので。大丈夫です。お気になさらず」


 何よこの人。自分に酔ってるのかしら。気持ちが悪いなぁ。どっか行ってよ。

 立ち上がってレイの方に行くべきだろうか。それとももっと強く拒絶するべき?

 どうしようかと逡巡していると。


「失礼、その美女は俺の大切な婚約者だ。悪いが、さっさと離れてもらえるか」


(っ!レイッ……)


 戻ってきたレイが、私の後ろから男のことを怖い顔で見下ろしている。よかったー。やっと戻ってきたのね。

 レイの顔を見た男はビクッと肩を跳ねさせると、意外にもすごすごと素直にどこかへ立ち去った。


「……遅いわよ。あなたが女の子たちに愛想を振りまいてるせいで絡まれちゃったじゃないの」


 嫌味の一つも言いたくなる。助けてくれてありがとう、と素直に言えないところが可愛げがないんだろうなと我ながら思う。

 だけど。


「悪かった。知っているご令嬢たちに声をかけられたものだから、あまり無下にするのもよくないかと思って……。怖かっただろう?本当にごめん」


(……あ、あれ?)


 私と違って、レイは心配そうな顔をして素直に謝ってくる。……なんだか気まずくなるじゃないの。

 その気遣わしげな瞳に、胸の中がじんわり温かくなる。喜んでいるのをごまかすために、私はプイッとレイから顔を背けた。


「……もういいわ。それより喉渇いたんだけど」


 やだ。また頬が勝手に火照ってくる。


「ほら。……あとこれ」

「?」


 私にアイスティーを渡すと、レイは小さな紙袋の中から何やらゴソゴソ取りだして、私の唇に押し付けた。


「むぐっ?!」


 ……甘い。クッキーだ。美味しい。


「これで夕食まで我慢しろよ。お詫びに何でも好きなものご馳走してやるから」


 私の唇の端についたクッキーの欠片をそっと長い指で払ってくれながら、レイが優しく微笑んでそう言った。


「……っ、」


 その笑顔に、また心臓が大きく跳ねる。


(……これじゃあ本当に、恋人たちのデートみたいじゃない……)




 あっという間に日が沈み、辺りはたくさんのランタンの灯りに照らされる。何組もの仲睦まじいカップルが寄り添いあって、ステージ上のロマンティックな愛の歌劇に見惚れている。

 その中に混じって、私もレイにしっかりと手を繋がれたまま美しい歌声に聴き入っていた。


「……素敵……」

「……ああ」


 言葉少なに、だけど決して離れることなく隣に並んでいる私たち。繋いだ私の手を、レイが時折指で優しくそっと撫でる。


「…………。」


 こんなロマンティックな夜は危険だ。雰囲気に流されて、なんだか……、


 自分が恋に落ちているのだと、錯覚してしまいそう。






 夢のような素敵な時間はやがて終わりを告げ、私は感激に浸りながら精一杯の拍手を送った。レイは私をレストランに連れて行き、美味しい夕食をご馳走してくれた。そしてそのまま私を屋敷まで送ってくれた。とても紳士的に。


「……今日はありがとう、レイ。楽しかったわ」


 レイに手を引かれながら馬車から降りると、私は最後に挨拶をした。


「……っ、……、」

「……?」


(ん?)


 どうしたんだろう?

 レイが口を開けたり閉じたり、パクパクしている。少し眉間に皺を寄せ、私に何かを言おうと逡巡しているようだ。


「……??……どうしたの?」

「……っ、…………いや、何でもない。お休み、グレース。また学園でな」

「?……ええ。お休みなさい」

 

(はー。楽しかったなぁ。行ってよかったわ)


 何となく名残惜しくて離れがたいような気持ちのまま、私はレイに背を向けて屋敷のドアを開けた。

 ドアを閉める前に振り返ると、ちゃんとその場に立ってこちらを見ている。


(ふふ。律儀ね)


 軽く手を振ると、レイは少し微笑んで同じよう振り返す。


 ドアを閉めると、途端に父が駆け寄ってきた。


「帰ってきたのか?!帰ってきたのかグレース!!無事か?!え?!何も……、……何もされていないだろうな?!え?!」








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