15. 初デート
ビックリしすぎて言葉が出ない。
え?レイが……私を誘った?デ、デートに……?
(……すごい……)
私はハッとして、首を縦にブンブンと振った。
「……ええ。……行くわ」
私が動揺に声を詰まらせながらそう答えると、誘ってきたくせにレイはすごく驚いたような顔をした。……な、何よ。そっちが言い出したことでしょうが。
「あら、よかったわね。休暇中に婚約者同士の思い出が増えそうね、ふふ」
セレスティア様は見つめあった私たちを見ながら、そう言って微笑む。そしてそれとは対照的に、
「な……っ、何よそれ!ひどいじゃない!私の婚約者はねぇ、隣国にいるのよ!第二王子なの!わざわざお祭り同行のために呼び出したりできないのよ!」
「当たり前でしょう。黙りなさい、ミランダ」
「だから私は相手がいないのよ!他の誰かに連れて行ってもらわないとその日どうすればいいの?!退屈で死んじゃうわ!」
「それなら退屈で死なないように、たまにはお勉強を自発的に頑張ってみたらどう?もしくは侍女と護衛たちと一緒に日中少し行ってきたら?」
「嫌よそんなの!ダサいじゃないの!こういうイベントはいい男と出かけるものなのよ!!」
「あっはははは。いやぁ~参ったなぁ~。先に約束しちゃった子がいるからなぁ。あ、そうだ、三人で行く?俺は別にそれなら全然構わないんだけどなぁ。むしろ美女二人に挟まれて夏の音楽祭に行けるなんて……ふふふ、楽しそうだ」
「あんた何なのよ!!ちょっと黙ってなさいよ!!」
ミランダ嬢とセレスティア様とバーンズ侯爵令息のやり取りを後ろに、私とレイは絡み合った視線を気まずく逸らして突っ立っていた。
そして、ついに迎えた月末。フィアベリー音楽祭当日。
何がそんなに気に入らないのか、「夜まで外出?!異性と二人きりで?!ダ、ダメだダメだ!絶対にダメだ!!」と猛烈に反対し続ける父を、「まぁあなた、そんな、異性って……赤の他人じゃあるまいし。婚約者同士の夏の楽しみじゃございませんこと。音楽祭ぐらい大目に見てあげてくださいな。ご心配なさらなくても、ベイツ公爵令息は誠実な方よ。きちんとグレースを送り届けてくださるわ」と母が根気強く説得してくれたおかげで、無事出かけていいということになった。
昨夜は妙な昂りから、ほとんど眠れなかった。
(一体何だって言うの?!何をこんなに緊張してるのかしら、私……。別に試験や面接じゃあるまいし)
頭の中でそんな独り言を言いながらも、私の手はせわしなくクローゼットを漁り続けていた。こんな早朝から。レイとの約束の時間は、まだまだ何時間も先なのに。着ていく服が決まらない。
(や、別にいいのよ。ワンピースなんて何でも。試験や面接じゃあるまいし。そう。決して華美すぎず、気合いが感じられるようなものじゃなくて、かと言ってあまり地味でも可愛げがないし……、……別に可愛げなんて見せなくてもいいんだけどね!レイのためって意味じゃなくて。やっぱりほら、今日は誰に会うか分からないわけだし、それなりの格好してなくちゃ……)
一体誰に必死で言い訳しているのか。我ながら馬鹿らしくなる。認めたくはないけれど、楽しみにしている気持ちがないわけじゃなかった。それなりにドキドキしていた。セレスティア様のガーデンパーティーで約束してから、今日まで毎日カウントダウンしてたし、着ていく服だってずっと悩んでた。レイには絶対に絶対にバレたくないけど、母にねだって一枚新調もしてもらった。だけどいざ着てみたら柔らかいピンク色がなんだかあまりにも可愛すぎて、これじゃデートを意識しすぎてて恥ずかしい気がして、やっぱり違うのにしようか、なんて……。ヘアスタイルも重要よ。ワンパターンだな、なんて思われたくないからこの前のガーデンパーティーの時とは雰囲気を変えたいし……。
(……なんか……結構本気で楽しみにしてない?私……)
クローゼットを漁る手は相変わらず忙しいし。何をそんなに意識してるんだか。自分に呆れて溜息が出た。
向こうはきっと、気まぐれで誘ってきただけなのに。もしくはミランダ嬢のしつこい攻撃をかわすための、苦肉の策だったんだろう。
私のこの昂りは、レイとデートするからなのか、それともイベントに出かけるっていうワクワク感なのか。自分でもよく分からなかった。
結局私はブルーのドレスを選んだ。お昼の茶会にも着ていけそうなぐらいの、控えめなものだ。
髪は慣れた侍女が編み込みを作りながらふわふわのアップにしてくれた。すごく可愛い。可愛くて恥ずかしい。
早めに身支度を整えた私は、約束の時間になるまで何度も部屋の中を行ったり来たりしては鏡で全身をチェックし、深呼吸を繰り返して高鳴る鼓動を落ち着かせていた。
「失礼いたします、グレースお嬢様。ベイツ公爵令息様がお見えでございます」
「っ?!わっ!……コホ、……分かったわ」
(つっ、……ついに、来ちゃった……)
自分でも驚くほどに緊張しながら、私は玄関ホールへ向かった。何度も深く息を吸って、呼吸を整えながら。
「……お待たせ」
「……。……ああ」
(……何で無言なのよ)
自分の元へ歩いてくる私の姿を、レイは微動だにせずじっと見つめていたけれど、反応はそれだけだった。
「……行くか」
「……ええ」
(ちょっと!!行くか、じゃないわよ!褒めなさいよ!礼儀として!ほ!め!な!さ!い!よっっ!!レディーがお洒落して出てきたのよ?!感じ悪すぎない?!)
この前は綺麗だって、言ってくれたくせに。
悩みに悩んで決めたドレスなのに。
こんなにずっと、緊張しながら待ってたのに。
「……。」
(……ふん。レイもいつも以上に素敵な格好してる気がするけど……、絶対に褒めるもんか)
私はひそかに落ち込んでしまった。そして少し傷付いた。
でも傷付いたことを認めたくなくて、気にしないふりをした。




