13. 今、綺麗って言った?
「ごきげんよう、バーンズ侯爵令息」
私は心で溜息をつきながらも、声をかけてくれたバーンズ侯爵令息やレイたちの方ににこやかに近づいた。
「……あら、来たの?」
私の姿を見るやいなや、途端にブスッと面白くなさそうな顔をするミランダ嬢。ほらね、だから嫌だったのよ。
「……ええ、セレスティア様からお招きいただいたから。こんにちは、ミランダさん。……どうも」
「ああ」
軽く挨拶をすると、レイは柔らかい表情で返してくれた。……よかった。こっちには嫌な顔されなかった。
「すごく可愛いなぁグレース嬢!そんな格好してると妖精のようですよ……。はぁ〜レイが羨ましいよ。本当羨ましい……。可愛いなぁ~」
「まぁ、バーンズ侯爵令息、お世辞でも嬉しいですわ」
この人本当誰でも褒めまくるな、女の子大好きだな、と心の中で思いつつも、愛想笑いで返す。
「お世辞なわけないよ!なぁ?レイ。今日のグレース嬢すごく可愛いと思うだろう?」
なぜレイに振る!!振らなくていいから。向こうも反応に困るのよ。私たちってそんな睦まじい関係じゃなくて……!
「……ああ。綺麗だ」
「……っ、」
レイがぽつりと呟くように言った言葉を聞いて、私の心臓が跳びはねた。
(……え?今、綺麗って言った?……本当に?)
「……ありがとう」
冷静を装って言葉を返したつもりが、動揺で声が掠れてしまった。やだ。どうしよう。頬が熱くなってきた。なぜ。恥ずかしい。これじゃすごく喜んでるみたいじゃないの!落ち着いて私。社交辞令よ。……社交辞令だってば!
「あはは。レイに褒められて赤くなってる。可愛いなぁグレース嬢は」
「…………暑くて」
言わないでよわざわざ……。
ブスッと面白くなさそうな顔をしてこのやり取りを見ていたミランダ嬢が、レイに一層体を寄せながら嫌みったらしく言う。
「んもぉ、真に受けちゃってグレースさんったら。婚約者の前では可愛いふりするのねぇ」
……腹立つなほんと。
「私、飲み物いただいてきますね」
そう言い残して、私はさっさとその場を離れた。せっかくセレスティア様がこんな楽しい会を開いてくださったのに、あの人のそばにいると気分がだだ下がりだ。本当に血を分けた姉妹なのかしら。性格といい出来の良さといい、こんなにも正反対になることってあるの?何かの間違いなんじゃないの?まったく。
「やぁ!グレース嬢」
「あら、ファーキンス伯爵令息、コープランド伯爵令息、こんにちは。いらしてたんですね」
「うん。今日も綺麗だなぁ」
「ああ。本当に綺麗だよグレース嬢」
レイたちの元を離れて別のテーブルに飲み物を取りに行っていると、生徒会の人たちや学園の他の友人に会ったりして、ようやく気分が落ち着いた。よし。帰るまでずっとこっちにいよう。そうしよう。
友人たちは楽しく会話を続けている。私はニコニコと笑みを浮かべながら、彼女たちの話を聞いていた。
「休暇はどう?楽しく過ごしてる?」
「ええ。婚約者と会ったりしていたわ」
「いいわね!私は月末にある音楽祭に連れて行ってもらうことにしているの。両親がね、特別にその日だけは夜まで出かけてもいいって」
「あら、私も行くわよ。楽しみよね」
(……そうかぁ。月末にはあの恒例のお祭りが……)
この国の夏の大きなイベントで、フィアベリー音楽祭というものがある。王都の中心地にある広場に特設ステージが設置され、そこで歌劇や様々な音楽が披露されるのだ。その時は周辺にも特設のマーケットができ、たくさんのお店が並ぶ。恋人たちの一大イベントでもあるのだ。
「グレースも当然行くんでしょ?羨ましいわ、レイモンド様と一緒に行けるなんて!」
「……あは。さぁ、うちはどうかしら……。特に約束はしていないの」
「ええ!せっかくだから話してきたら?絶対行くべきよ」
「そうよ!あんなに素敵なイベントなのに。夜はムード満点よ、どこもかしこもライトアップされて」
そう。音楽祭の日の夜は街のあらゆるところにランタンや松明が設置され、とても綺麗なのだ。行きたい気持ちはすごく、すっごくあるんだけど……。
だけど、ねぇ……。
レイとお出かけなんて一度もしたことないのに、いきなり音楽祭一緒に行かない?なんて誘いづらいわー。
「……ふふ、そうね」
私の曖昧な笑みを何だと思ったのか、友人たちは悲しげな顔をする。
「分かるわ。話したくてもあそこの席、行きたくないわよね。何なのかしら、あれ。まるで自分がレイモンド様の婚約者みたいな顔して」
「そう、私もせっかくだからご挨拶しようと思って近づいただけなのに、すごい目で睨まれちゃったわ。まるでレイモンド様を独り占めしたいみたい。あれじゃグレースだって行きづらいわよね」
「もう堂々と言ったら?いっそのこと。私の婚約者よ、離れてちょうだい!って」
「……ああ」
どうやら皆、ミランダ嬢がいるから私がレイに近づけなくて悲しんでいると思っているらしい。別にそういうわけじゃないんだけどな。
「大丈夫よ、ありがとう。そこまで気弱じゃないわ、私。……そうね、気が向いたらあとで聞いてみようかしら」
皆が心配するので、ひとまずそう言って話を切り上げようとした。たしかに向こうの席では、相変わらずミランダ嬢がレイにべっとりくっついている。
その時だった。
「グレースさん」
振り返ると、セレスティア様が私を呼んでいた。
 




