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時をかけるのは、悪役令嬢  作者: コノハナ咲夜
7/26

婚約者と再会できました。

「リーネ!!!」

眩しさに閉じていた目を開くより先に、愛しい人の匂いに包まれてしまった。


「シルベスター樣?」

「リーネ!怪我はないかい?ああ…なんて貧相な服を、寒かっただろう?」

目の前に現れたシルベスターがいそいそと、私の肩にご自分が着ていた上着を掛けてくださるのは嬉しいのですが…。

「ハンバーグを食べたかったですわ。」



どうやら、私の手紙を読んだシルベスターは、王家の圧力とやらを駆使して、国中から魔道士たちを呼び寄せた上、どこにいるかも分からない私を呼び寄せる大規模な魔法を使ったのだと、シルベスターの後ろに控えていたユースベルタが教えてくれた。

「それは…もう…魔道士たちが死ぬんじゃないかと思うほどに…」

ユースベルタが悲壮に満ちた表情を見せるから、私は思わず唾を飲み込んだ。


「…何か、とてつもなく無理難題な方法をお使いに?」

おずおずと尋ねた私に、ユースベルタは悲しげに首を横に振ってみせた。


「いえ、王太子が泣きじゃくる様子に国王夫妻が頭を抱え、そんな姿を言いふらされては困るという理由で王城にいる者全員の記憶を消せと言い出したかと思えば…今日中に婚約者様を見つけ出せないと職場を破壊される危機に。」


要するに、ハチャメチャなドタバタ国王一家の様子に翻弄されたわけね?


地面に座り込んで疲れ切っている様子の魔道士たちに、私は近づくと頭を下げた。


「この度は、私のために貴方がたには多大なご迷惑をお掛けしましたね。貴方がたのお陰で、こうしてまた、私はシルベスター様に会うことが叶いましたわ。ありがとう。」

「い…いえ!」

まさか、王太子の婚約者自ら頭を下げるとは思ってもいなかったのだろう。

魔道士たちが一斉に驚愕した様子と共に頭を下げた。

「本当に、貴方がたのお陰なのよ?」

「それは…ありがたいお言葉なのですが、そんなに感謝されるほどの魔法は使っておりませんので…。」


どうやら、魔道士たちが使ったのは、荷物などを目的地に届けるための魔法陣を少し手直ししただけの、魔道士にとっては簡単にできるものだったらしい。

ただ、どこにいるかも見当がつかない私の魔力を引き寄せる為に多大な魔力を消費する予想だけが立っていたのだと、おずおずと魔道士たちが口を開く。


「魔力も、どういうわけか大して使わなかったので不思議だったのですが…差し支えなければ、リーネクライス様の魔力量をお測りしても宜しいでしょうか?」

「ええ、構わなくてよ。私、人より少なくて恥ずかしいのだけれど、貴方の望みなら聞くわ。」


魔道士が徐ろに取り出した魔力量を測る魔導石を私の額に当てると、「やっぱり」と呟く声が聞こえてきた。


「リーネクライス様の魔力量が大幅に増えております。…王族に匹敵するレベル…です。」

「へ!?」

「ああ、だから、リーネの気配が少し変わった気がしたのか!」

「魔力量だけではなく、何か加護が付属されている気がします。」

当の本人そっちのけで盛り上がる魔道士たちと、シルベスターとユースベルタ。


あんなに欲しかったのだから、魔力量が増えたことは喜ばしい。

喜ばしいのですが!

今は、そんな魔力なんてどうでも良いのです。


「あの…魔道士樣?私を戻して下さった魔法陣を教えてくださいませ。出来たら、自分の魔力で行き来できる形で教えて欲しいのです。」

「リーネ!!まさか!」

「私は、ハンバーグが食べたかったのです!目の前にあったのです。」

「なんだ、それは?!」

「食べたら分かります。だから、私も分かりませんわ。あと…。」


マユの話では、私はシルベスターとの婚約は破棄され、シルベスターはジャスミン樣と婚約をするのよね?

それを、どう伝えるべきか悩み、口を閉ざすことにした。


「何でもありませんわ。今日は帰りましょう。」

「あぁ…そうだね。今日こそ君を屋敷まで送らせてくれるかい?」

「ええ。…そういえば、私が消えてからどのくらい時間が経ちましたの?」

「丸1日だよ。ずっと君が心配だった。」

時間軸は同じようで安心する。

そっとシルベスターの髪を撫でる。

「私もシルベスター樣が心配でした。何ともなくて、安心しました。」


ということはつまり、魔道士たちが呼ばれたのも今朝で…怒涛の一日だったということだろうか…。

シルベスターに肩を抱かれ振り返りながら、魔道士たちには申し訳ないことをしたと頭を下げる。



シルベスターの馬車に乗せられて、私がいた場所が王城の片隅だったことに気付く。

「私は不思議な世界を見てきました。」

「ああ…手紙にもあったね。」

「その世界には、私たちの世界を知るお話があり、私は…」

私の右手を包むシルベスターの手に力が込めらたれのが分かり、視線を上げると、何とも仔犬のような目で見つめてくる王太子がそこにはいた。

私は、クスリと笑って、左手でシルベスターの手を上からも包むと、意を決して口を開く。

「私は悪役令嬢らしいのですが、シルベスター樣はそれでもよろしくて?」

「悪役?こんな素晴らしい淑女が悪役だと言うなら、私は喜んで君との未来を選ぶよ。…本当に、もう2度と逢えないかもしれないと思うと、悲しくて苦しくて頭がおかしくなりそうだったんだ。…どうか、何処にも行くなとは言わないから、私のもとに帰って来ると約束をしてくれないか。」

まるで仔犬のような表情の婚約者に苦笑いが漏れる。

「私の未来が貴方と共にあるのなら、私が帰る場所は貴方の隣です。」

当たり前だと私が笑って言うと、シルベスターの手が伸びてきて、胸に抱き抱えられた。


「君に、こうして抱きしめられていたから、私はあの瞬間怖くも痛くもなかった。それなのに、君の姿が見えなくて…怖かったんだ。ああ…ちゃんとリーネがいた。私のリーネ。」

「シルベスター樣は私に甘すぎます。」

目を閉じれば嗅ぎ慣れた匂いが鼻腔いっぱいに広がる。

安心感とは、こういうものかと納得していれば、優しく切ない声が耳元に降りてきた。

「仕方ないだろう?私にはきみ以外考えられないんだから。言葉を発しない花や庭師を思いやれる君だから、私は君が良いんだ。」

婚約が決まった時の話に、私は顔を上げる。

「あの日、不敬罪だと…父と落ち込んだのですよ。」

私が膨れて見せれば、情けない笑顔で返された。

「不敬なものか。私に正しい道を示した君だから、婚約を決めたんだ。私は…色々とへっぽこなんでね。」

「まあ!人間に完璧なんてありませんわよ?シルベスター樣はシルベスター樣です。とても優しく、私には頼もしい方ですわ。」

「リーネだって、私に甘すぎじゃないか。」

「そうでしょうか?」

コテッと首を傾げる私の髪を、シルベスターが愛しげに撫でる。


ミドーグチにも撫でられたが、それとは違う感情が伝わってきて、落ち着かなくなってきた。


「シルベスター樣は、私との婚約は破棄されませんの?」


私の質問にシルベスターの手がピタッと止まった。


え?


「リーネは破棄されたいの?」

「されたくありませんが…私は、魔力も…あれ?増えましたわね?あ、今回の件で気が触れたように見えますでしょうし…?」

「魔力の件は王族に相応しい量になったわけだし、もうリーネの陰口をたたける奴もいないんじゃないか?」


あ、陰口たたかれていたんだ?

分かっていても、切ないわ。


「気が触れた…?ずいぶん思いやりが溢れている気の触れ方なんだな~?って思われたいの?普通、私より先に魔道士たちにあれほどまで頭を下げる貴族がいるか?私が呼んだのだから、私に頭を下げたらそれで良いが、一般的な考え方だろう。それを君は…最後まで彼らを気にかけていたよね?ずいぶん、気が触れると下々にまで優しくなれるものだな…。」


あれ?そう言われてみれば、そうか…?


「きみは何も変わっていない。目の前の王族よりも、必死で日々を紡いでいる民たちに目を向けて労ることが出来る女性なんだよ。…つまり、婚約は破棄しない。君がしたいと言っても。だ。」


シルベスターが悪戯っ子のように笑うと、私のおでこに生温かい柔らかいものが触れた。


「リーネは私の奥さんになる人っていう印を付けたから、きみは私から離れられないよ。」

「シルベスター樣…ありがとうございます。」

自然と私の頬が緩む。

1日中胸に巣食っていたざわめきが…夢だったのではないかと思えるほどに、私の中から完全に消えたのが分かった。

「あとは?何か不安なことはない?」

「え?」

「リーネは自分で何でも出来る分、どんなことでも抱え込む癖があるからね。私も忙しさを理由にして、きみに甘えていたことを痛感させられたんだよ。少しずつでいいから、リーネの不安を吐き出せる相手に、私はなりたいなと…。」

赤い顔で頬をぽりぽりと搔く婚約者に、私は温かい気持ちを覚えた。


「やっぱり、私はシルベスター樣のことが好きなんですね?」

「え?今の流れって、私がリーネを大好きだってことじゃないの?」

私たちは互いを見て笑った。


私はこの人の婚約者になれて幸せだ。

だから、誰かに取られるのは…嫌なんだと理解した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 再開、うれしいです。この分だと、ハンバーグに対する感想も伺えそうですね。
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