魔法のことは内緒ですか。
◇---御堂口視点---◇
マユの見間違えか何かだと思っていた。
確かに異世界ゲームの悪役令嬢そっくりのリーネだが、まさかゲームの登場人物がこの世に現れるなんて、誰が信じる?
こんな話を職場でしたら、同僚たちからは笑い者にされ、上司からは心の病気を疑われ有給休暇を取らされるだろう。
まさか…本物だとは…。
貴族令嬢だと言い張るだけのことはあると感心するほどの優雅な所作で、目玉焼きを食べる彼女がフォークを置いたと思ったら途端、白く細い彼女の手の平が青白い光に包まれ…白く小さい…5センチ四方ほどの紙切れが彼女の手の平に現れたのだ。
フワリと突然現れたそれを、彼女は真剣な表情で見つめていたかと思うと、次の瞬間には嬉しそうに…幸せそうに笑った。
婚約者からの返事だと言う彼女は、心底、婚約者に惚れているらしい。
ちょっと妬けるな。
確かに態度や言動に難ある女性ではあるが、どこか一本筋の通ったその姿勢に…悪役令嬢とは到底思えない魅力がある。
誰もが憧れるカリスマ令嬢の間違いではないだろうか?
「シルベスター様が無事で良かった。」
そう言って笑う彼女は、本当なら不安だろうに…泣き言一つ漏らさないのだ。
王子様の気持ちを考えたら、今頃落ち着かないだろうな。
こんな美人が一つ屋根の下、見知らぬ男がいる環境で寝食を共にしているのだ。
…まぁ…見れば、俺だから大丈夫だと思われる自信もあるが。
彼女のことだから、婚約者に送った手紙にも自分の無事を知らせる内容と、婚約者を心配する内容しか書いていないことは想像に容易い。
双極性障害なんかじゃなくて、本当に転移してきちゃった令嬢だったなんて…。
俺はファンタジーに疎い。
恋愛話と同じくらいに疎い自覚があるから、なお混乱する。
そんな俺に構うことなく、リーネは遅い朝ごはんを華麗に平らげ、俺に向き合った。
「それで、何を付き合えばよろしくて?今なら私、大抵のことを成し得られる気がしますわよ。」
恋だか、愛だかの力だとでもいうのだろうか。
甘酸っぱくて、反吐が出る気分だ。
「ああ…ちょっと買い物に付き合って貰いたかったんだ。」
「また、車の中にいたら買い物が完了するあれでしょうか?」
昨日のドライブスルーのことが、彼女には印象が強かったらしい。
「いや、今日は店に入るよ。」
「屋敷に商人を呼べば良いものを…平民の生活とは不便ですわね。」
なかなかに、失礼極まりないが…公爵令嬢なのだから当たり前なのだろう。
俺は異世界とやらに絶対に転移したくないと心底思う。
きっと、ムカついて相手が貴族だろうがなんだろうが言い返してしまう姿しか浮かばない。
そしたら打ち首か…一文無しで国外追放か…下手すりゃ奴隷の扱いになるのか?どれも最悪だな。
「この世界では貴族も平民も…王様だって気軽に家で買い物出来るシステムがあるよ。…じゃなくて、今日はきみの普段着を数着用意しないとと思って…この世界できみのあのドレスは流石に場違いだと、昨日理解しただろう?下着も必要だからマユも一緒だ。」
通信販売やネットショップのことを教えながらも、今日の目的を伝えると、リーネは納得したかのように大きく頷いて「分かりましたわ。」と目元を綻ばせた。
多少は…気を許してくれているのだろうか…。
そう思うには自信が持ちにくい彼女の言動だが、昨日出会ったばかりの、しかも異世界人なのだから当たり前かと思い直す。
ミドーグチ兄妹に連れられて来たのは、全体的にキラキラしていて、心地よい音楽が流れる、細長い建物だった。
建物の中には滝や池があったり、丸く膨らませた袋が色とりどりに浮かんでいたり、魔獣にしては間抜けな顔をした生き物がウロウロしていたりと、私の興奮は治まるはずもなかった。
「ちょっ!リーネ!知らない人には付いて行くな!」
「店の装飾に勝手に触るな!壊れる。」
「リーネ!」
気付けば私はミドーグチに手を引かれ、まるで幼い子共のように迷子にならないようにと注意を受けてしまった。
そんな私達の様子をマユはクスクスと笑って見ている。
「マユ。笑っていないで、ミドーグチに手を離すように言って下さいませ。」
私が恥ずかしいのだと訴えれば
「リーネ様が悪いんですよ。目に入る物全てに突進していくんだもん。兄の気持ちも少しは考えてあげてよ。」
至極ごもっともな意見に、私は言葉を失い下を向く。
仕方ないじゃない。
だって、余りにキラキラしていて好奇心が疼いてしまうのだから。
「リーネ様、とりあえずまずはあの店に入りましょう。」
マユが指差す青い看板に白い文字?模様?が描かれた店には、ペラペラなこの世界特有の服が所狭しと並んでいる。
「寸分狂わず同じに見える物が多いようですが…一人の職人が作った物なのかしら!」
全く同じとは凄い腕だと感心していると
「機械…ああ…この世界の魔導具のような物で作ったんだよ。」
ミドーグチがそっと教えてくれた。
「凄いですね!是非、そのキカイとやらを見てみたいものです。」
魔法がないという世界で、魔法以上に便利な道具があるということが、私には不思議で新鮮で仕方がない。
生まれた時から、私たちは魔力を纏って生きてきた。
魔力の量や質が、貴族としての価値を示すと言っても過言ではなく、実際、公爵令嬢としては少ない私の魔力量のお陰で、シルベスターとの婚約に意義を申し立てられることは日常茶飯事だった。
いっそ魔力なしだったなら、シルベスター様の婚約者になることは叶わずとも、嫌みや嫌がらせがエスカレートした犯罪まがいの出来事に、お父様たちを悩ませることは無かったのかもしれない…なんて考えたこともあったっけ。
この世界の者たちは魔力がないのだと言うが、魔法以上に便利な化学というものがあるらしい。
もしや、魔法と化学は名前が違うだけで同じものなのではないか?そう思って確認してみたが、どうやら全く別物らしい。
全く理解が追いつかないわ。
「…そうだ。ところで、リーネ。お前この世界にいる間は人がいる場所では魔法を使うな。この世界にも悪い奴はそこら中にいる。お前の力を悪い方向で利用しようとする奴がいないとは限らないんだからな。」
まるで悪戯をしだしそうな子供に注意する親のように、ミドーグチが口を酸っぱくして言ってくる。
言っている意味は理解出来る。
それに、私の魔力は決して多い方ではないのだ。
自分に必要と感じた時以外には使いたいとは思わないので、
「分かりましたわ。私は魔法を人前では使いません。」
右手を軽く上げて、神に誓うように言うのを、ミドーグチが片眉を上げた表情で訝しげにこちらを見つめてきた。
そんなに私を信用出来ないと言うのかしら?
失礼しちゃうわ…でも、昨日出会ったばかりですものね…仕方ないわよね。
少しだけ寂しい気持ちがもたげるのを、マユから呼ばれたことに気を取られたフリをして、やり過ごすことにした。