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時をかけるのは、悪役令嬢  作者: コノハナ咲夜
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悪役令嬢と知りました。

ミドーグチの家だと言われ連れてこられた場所は、少しだけ大きい小屋のような場所だった。

「狭くて申し訳ないのだが」

全く申し訳ないとは思っていなそうな表情と口調でミドーグチが微笑んだ。

あら。

平たい顔にも見慣れたようだわ。

表情が読めるようになってきたもの。

自分の変化に少し驚きながらも、人2人がギリギリすれ違える程度の横幅の廊下と呼ばれるにはあまりに短い道を進む。

「裸足で歩くのは幼い頃以来で、新鮮ですわね。」

足の裏から床の冷たさが伝わり、それがとても楽しい気分になる。

リビングだと言われ通された部屋は、やはりというべきか、私の邸の部屋の四分の一ほどの広さだ。

そこに中年の男女と私より少し年上だろうか…平たい顔が3人並んでいた。

「まあまあ、初めてヒサシが女の子を連れてきたと思ったら、外国のお姫様だなんて!」

「美人だな~」

あら、ミドーグチの両親とは思えぬ良い人間ではないかしら?

そっとミドーグチを見れば「なんだよ」と睨まれた。

はっ…!!

ミドーグチが異端児なのかもしれませんわね。血が繋がっていないのかもしれないし。 

ミドーグチ養子説を真剣に考え込む瞬間、甲高い声で意識を現実に戻した。

「ま…マジでリーネクライス様!!!」

「え?」

この世界に来て初めての私の名前を呼ばれ、私は驚いた。

黒髪を一つに結んだ眼鏡の女性が私の前で目を潤ませている。

「なぜ?」

私のことを知っているのかと尋ねようとした私より先に、ミドーグチが教えてくれた。

「妹のマユは、きみが出て来るゲームの愛好者だ。きみの事は誰よりも詳しい…らしい。」

「ゲーム?」

キョトンとしてしまう私の前に、小さな薄い箱のような物を差し出して見せるマユという女性を見る。

マユの手元にある箱に視線を落とせば、私は絶句するしかない。

「シルベスター様…なんて、麗しいお姿で…。」

「な!?」

気付けば、マユと呼ばれた女性の手元から箱を奪い取った私は、ずっと焦がれていた婚約者の姿絵を胸に抱きしめて、おいおいと泣いてしまった。


その後、初めて食べる食事を頂きながら、初めて聞く不思議な話を聞き、侍女を買って出てくれたマユによって湯あみをして、マユの服だという初めて着るペラペラのシャツとズボンという物を履かされ、邸では怒られてしまうような床に座るように指示されてここにいる。

「インスタントでごめんね」と言いながら差し出されたミルクティーを口に含めば、甘くてダージリンの香りが口いっぱいに広がったそれに、ほっと心がほぐれる思いがした。


インスタントの意味は分からないが、お茶であることに変わりはないので、私には何も不服はなかった。


「つまり、馬車で公爵邸に戻る途中に事故にあって、気付いたらこの世界にいたってことね?」

「はい。シルベスター様が一緒にいたはずでしたのに…気付いたら私一人でした。」

私の答えを聞きながら、マユがテレビと呼ばれる黒い箱を見つめながら、何やら手元で魔術具のようなものを操作している。

「ねえ、リーネ様。これ、ここよ。見てみて。」

そう言われ、テレビの画面を見ると、そこには私やシルベスター、ユースベルタやアリアベータが現れた。

「これは…本日のアリアの婚約破棄の為の断罪の場面かしら?」

「今日だったの?マジか!」

今日のことだったはずだ。でもなんだか、とても昔のことのように思えるほどに…今となっては懐かしい気分になる。

第三者視点で映し出される画面を見つめていたが、違和感を感じて声を上げた。

「あら?おかしいわ。」

「え?」

「この、ベンジャミン伯爵令息とシュツーリア男爵令嬢の不貞行為は私の護衛たちが調査して裏を取った結果、事実だったからアリアの希望で婚約破棄になったのですわよ。」

「ええ?!」

私の護衛たちは優秀なのだから、万が一にも間違いなどはない。


それなのに、どういうことかしら?

このテレビという中ではシュツーリア男爵令嬢を貶める為に、私とアリアが仕組んだようになっている。


「アリアはベンジャミン伯爵令息との婚約に、今回の事がない限りは不満はありませんでしたもの。」

「そうなの?」

私の言葉を聞いたマユはしばらく何かを考えた様子で、ブツブツと何やら呟いている。


それにしても…

「シルベスター様はご無事かしら。」

小さく溜息交じりに呟く。

「そりゃあ、無事だろう?主人公の相手なんだからな。」

と後ろから声がかけられた。

「ミドーグチ様は簡単に仰いますわね。…でも、そうであれば、私は嬉しいです。」

「別の女に婚約者を取られてもか?」

驚いたような表情で言うミドーグチに問い返す。

「どういうことですの?」

「どういうもなにも、この話って、主人公はこっちの頭が桃色の女でリーネは悪役令嬢っていう脇役だろう?」


指さされた桃色の頭の女性を見つめる。

カーネリアン公爵令嬢…ジャスミン様が主人公?

…は!そういえば、3年前までのシルベスター様の婚約者候補者の中に、彼女もいたわ。

婚約者候補同士のお茶会や夜会の会場で何度か見かけていたのを思い出す。

大人しく、端の方で微笑まれている印象しかない彼女が主人公だなんて。

「なんだか、面白みの少ないお話ですわね。」

「ぷっ!」

無意識に口から出た私の言葉に、ミドーグチが吹き出した。

「なんですの?」

「いや、なんだか他人事な感想でな。確かに面白みには欠ける話だ。だが、何故か一部の女性たちの心を掴む話らしいぞ?」


どうやら、このテレビの中ではジャスミン様目線で話が進んでいくのだが、どうにも大人しい彼女らしい話の進み方らしい。

そのことに物足りなさを覚えていたというマユが目を輝かせた。


「リーネ様目線の話だったら、ハチャメチャで面白そうね。」

「ハチャメチャだなんて…私はいつでも本気ですのよ?シルベスター様みたいなことを仰いますのね。」

私がミルクティーを飲み干していると、マユが不思議そうに尋ねてきた。

「ところで、なんでリーネ様が王太子殿下の婚約者に選ばれたの?それともゲームの設定だから深い意味はないのかな?」

設定と言われても、私には分からないので、一旦そこはスルーすることにした。


「なぜ私が婚約者に選ばれたのかは、実は私も不思議なのです。私は婚約者を決めるお茶会の日、シルベスター様と喧嘩をしました。だから、本来なら真っ先に候補から外れたと私も父も思っていたのですが…数日後王城から発表されたものは私に決定という内容でしたわ。何故なのでしょうね?」

首を傾げつつ、当時のことを思い出す。


喧嘩の内容は…確か、庭の花を勝手に折ろうとしたシルベスター様を嗜めたことが発端だったはずだ。

王城の庭の花をどうしようが、王族だから問題ないのだけれど、どうしても花の気持ちを考えると許せなかった。

それに、ここまで必死に育てた庭師にも失礼な行動だと私は憤った。

『次期王になる貴方の勝手で、庭師の努力も、一凛の花の努力も無駄にするおつもりですか?』

と叱った私に対し、真っ赤な顔で『うるさい』と言った彼の顔を思い出す。


あの頃は今よりもずっと…子供でしたわね。


「王太子殿下本人には聞いたことないの?」

マユの率直な疑問に、私は首を横に振ってこたえる。

「シルベスター様はお忙しい王太子殿下ですもの。公務が立て込んでいる中、たまのお休みに会えるだけで、私は幸せです。」

「へー。意外だ。理想的な婚約者発言。」

ミドーグチが思わずというように口にした言葉に、私は吹き出した。

「幼い頃からずっとそばにおりましたもの。今更ずっと一緒にいられなくても、無事が分かればそれだけで幸せですわ。私には私のやるべきこともございますし、シルベスター様にはシルベスター様の役目がございます。お互いの空いた時間に会えるだけで、幸せではなくて?」


無事が分かれば…それでいい。

きっと、シルベスター様も私を心配されているわね。

どうにかして私の無事を知らせたいものだけど…方法がないのかしら。


「ああ…なんでリーネ様が悪役令嬢役になったか分かった気がするわ。確かに理想的な女性なんだけど、完璧すぎる女性は女の敵なのよ。自分より出来た人間には感情移入が出来ないどころか、妬ましく思えちゃう…って勝手な話なんだけど…人間なんて勝手な生き物だものね。そして、勝手な人間が作ったゲームの設定だから…。」


意味が分からないわ。と首を傾げて見せれば、ミドーグチが納得するように私の頭をガシガシと撫でた。

「な!失礼ですわよ!」

「ははっ。確かにこうも甘えない女が主人公だと物語が進まないだろうな。いや、冒険とか戦闘とか別方向に話が進みそうだ。」

「…失礼ですわよ。私はシルベスター様からは甘やかされております。」

「どうせ、そっときみの身を守るとか…そういったことだろう?あからさまなやつじゃなくて。」

「うぐっ!」


なぜ分かるのかしら。

あからさまに守られるなんて、必要性の少ないことは望みませんもの。

そんなことに気を惑わせるくらいなら、公務で疲れた身体を休めて貰いたいと思ってしまう。

うちの護衛も侍従も優秀なのだし…尚更、自分の身くらいは自分でなんとかして差し上げるわ。


「なるほどね。となると、この物語も見方が変わってくるわね。」

「ゲームでは馬車事故の後ってリーネはどうなってんだ?」

「事故の後遺症で気が触れてしまい…婚約も破棄されてしまうのよ。」

「…気が触れる…まあ、今の状態であの世界に戻ったら、そう思われますわよね。…ここで見聞きしたものを試したくなってしまいますもの。ハンバーガーはあちらでも売れますわ。ポテトだって簡単なのに美味しいだなんて…新しい商品が生まれる予感しかありませんもの、結婚してる場合ではありませんわね。」

納得して答えれば、2人から残念な子を見るような視線を投げられてしまった。

「な、なんですの?」

「いや…素直な令嬢だと思って。悪役とは思えない。」

「うん。それに、頭が良いことも理解したわ。客観的思考が板についているよね。経営者になっても成功しそう。」

「それは…褒められているのよね?」

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