悪役令嬢は結婚します。
「リーネ。とても綺麗だ。」
大好きな金色の瞳が細められ、私に差し出された手を掴む。
「シルベスター様の方が綺麗ですわ。」
ちょっとだけ悔しい気持ちを現したくて、口を尖らせてみれば、柔らかいものが唇を包み、一斉に歓声が上がる。
王妃殿下から言い渡された結婚までの1年間は、あっという間に過ぎていった。
当初、名前だけの神殿長として教会に出入りするつもりだったのに、結局、教会内の様々な業務改善に翻弄する羽目となり、新たにやってきた教皇や神殿長見習いにも日々付きっきりで教育を進めてきた。
そんな教会仕事の合間をぬって、新たなる事業である食事処のメニューを増やし続け、ライコス料理長はとうとう公爵家から出て、私の正式な部下となったのは半年前のことだ。
「お嬢様より先に結婚したいから、店を私にください!」
なんて頭を下げられた日を、なんとなく懐かしいような…昨日のことのような…不思議な感覚になる。
ライコスの奥様がまさかのメイラだったこともね。
王城のバルコニーからシルベスターと並んで民衆たちに手を振る中、私の後ろに控え真っ白なウェディングドレスの裾を整える侍女メイラを盗み見て、苦笑いが溢れる。
部下たちの幸せは素直に嬉しいことだけれどね。…なんとなく、してやられた感は拭えないのよ。
隣に立つシルベスターがそっと私の手を引き「部屋に戻ろう」と言ったタイミングで、懐かしい顔を見つける。
「ユースベルタ?」
「ああ、彼はまた私の侍従になってくれたよ。魔法は使えないが、頭が良いからね。」
少しだけ言いにくそうなシルベスターを、わざと覗き込むように見つめて笑ってみせた。
「シルベスター様とキースの願いが叶ったのですね!?」
「きみは…本当に…。」
「ふぎゃっ!?」
民衆から姿が見えなくなる室内に足を踏み入れた瞬間、抱きしめられて、変な声が漏れた。
「王太子殿下、妃殿下が窒息死してしまう前に離して差し上げてください。」
見兼ねたキースに注意され、渋々といった様子で、シルベスターの腕が緩む。
ほぅ〜と息を吐き出しながら、キースにお礼を告げ、私たちは長い廊下を歩き出した。
「シルベスター様。この後のお時間はよろしくて?」
「ああ、大丈夫だ。リーネの可愛いおねだりだからね。」
私たちがコソコソと話す姿を、侍従や護衛たちがニコニコと見守ってくれている。
生暖かい視線には未だ慣れないが、今はそんなことはどうでも良かった。
「この後、二人きりになりたい。」
シルベスターが宰相に告げるのを聞いた侍従たちは、何かを察したかのように離れて行った。
宰相も「殿下、最初はほどほどにですぞ。」と言って去っていく。
「皆さん、呆気なく消えていきましたわね。…どんな魔法をお使いになったの?」
私の疑問に、シルベスターは苦笑いをするだけで、答えてはくれなかった。
「リーネちゃん!お姫様みたいだわ〜って、お姫様だったわね!」
「シル君と並ぶのは…流石に申し訳なくなるね。」
私のおねだりは、ミドーグチ家族全員と一緒に記念写真を撮ることだった。
この日のために、ミドーグチたちは休みを取ってくれ、この世界の正装とやらをしてくれていた。
ミドーグチの両親の不思議な服に私たちが興味を示せば、「着物っていって、この国の民族衣装みたいなもんなんだ。」とミドーグチが教えてくれた。
ミドーグチもマユも貴族のような装いをしてくれていて、「平民なのに…大変だったでしょう?」と私が涙ぐむのを本気で怒られた。
「実は、さっきまでゲームで二人の結婚式を見ていたの。」
マユが私に耳打ちしてくる。
「シルベスター様の不意打ちのキスは私も悶え死にそうになったわ。」
「へぁ!?」
まさか…そんなところまで見られていたなんて!?
顔が赤くなって固まる私に、今度はミドーグチが耳打ちしてくる。
「リーネのその指輪、この世界の最高級品って知ってるか?シルベスターの奴、この世界に宝石を売った金で、この世界の有名ジュエリーショップに予約して買ったんだぜ。大事にしてもらえよ。」
え?
シルベスター様がいつの間に?!
どうやら、以前私がショーコと買い物をしている間に、ミドーグチはシルベスターに質屋を案内していたのだとか。
それから私の居ない合間に質屋やジュエリーショップを歩き…ミドーグチが付き合わされていたらしいが…私のために指輪を購入していたなんて。
「シルベスター様…」
私はなんて素敵な方に嫁げるのでしょう。
感慨に耽っている間に、マユに促され用意された椅子に腰をかける。
隣にはシルベスター。
私たちを囲むようにミドーグチ家族が並ぶ。
何もかもが分からない、不思議の世界に来て、私が初めて住んだ小屋のような家の前で、私たちは幸せを噛み締めた。
「この日の為にカメラを買ったよ。」
「三脚付きなんて、こんな時じゃなきゃ使わないものね?」
「カメラとは、スマホとは違うのか?」
シルベスター様ったら、すっかりこの世界に溶け込んでますわね。
騒がしくも幸せな私の大切な人たちとの思い出が一枚の紙に写し出されたのを最後に、私たちは二度と不思議の世界に行くことが出来なくなった。
あれから5年。
「お母様!水魔法を覚えました。見てて下さい。」
私とシルベスターの間には子供が出来た。
左手の薬指に光る指輪を見る度に、ミドーグチたちのことが脳裏を掠めるけれど、彼らのことだからきっと今も元気にしているに違いない。
「凄いわ!ビフリード。」
3歳の長男ビフリードは、魔法を覚え、毎日のように私たちに披露して楽しませてくれている。
「妃殿下〜シャーロット様が逃げ出しました〜!」
私に付いてきてくれたメイラは、1歳になる長女シャーロットの世話に翻弄中だ。
「シャーロットなら、ビフリードの傍にいるわよ。」
「もう!シャーロット様のお転婆はリーネ様譲りですね!」
プリプリと怒るメイラに笑いがこみ上げてくれば、背後から愛しい声がする。
「ああ…私だけ除け者かい?寂しいじゃないか。」
「シルベスター様、ご公務は終わりましたの?」
「ああ…きみに会いたくて最速で終わらせて来たよ。」
「まあ。」
ミドーグチ。
もし、また会えたなら。
あなたに「ありがとう」を伝えるわ。
私はこの世界でちゃんと、生きてる。
あなたも、ちゃんと笑っていてくださいませね。
◇--------ミドーグチ視点--------◇
リーネが我が家に来なくなって、5年が経った。
マユの見解ではゲーム上のハッピーエンドを迎えたからだろうとのことだ。
…なるほどな。
相変わらず、俺は独り身だが…まさかのマユが結婚した。
今では一児の母親だ。
父親は来月定年退職だと言って、少しだけ寂しそうに笑うようになった。
それに引き換え、母親はいつの間にか調理師免許を取得して、駅前のカフェでパートを始めた。
なんでも、父親が退職したら店を出すらしいが…父親の再就職先になる予感しかない。
ゲームの世界からやってきたリーネという姫に出会ってから、俺の周りは色付いたようだった。
毎日がただ流れる時間軸の中にいるだけだったのに、リーネのハチャメチャに付き合わされ、シルベスターの突拍子のない思い付きに振り回され、俺たち家族は毎日本気で笑い合っていた。
忘れていた感覚だった。
『平べったい顔で言われても怖くありませんわ。』
クソ生意気な姫さんだった。
『お前のような奴がこの世界を守っているんだな。』
ムカツク王太子だった。
でも…そうか。
俺はあいつらが好きだったんだな。
「御堂口先輩、助けて下さいよ!」
俺は少しだけ出世して、派出所勤務から、警察署勤務になった。
気付けば後輩にやたら慕われるようになったのは…クソガキたちに慣れたせいかもしれないな。
「なんだ関谷、また課長に報告書上げてなかったのか?」
リーネクライス、シルベスター。
俺は…俺たちは元気でやっているぞ。
また来たくなったら来ればいい。
リーネなら…そんな日が来る予感しかないからな。




