可愛い彼女
リーネクライス様の為なら、私は私の持てる力を使おうと決めた。
全ては彼女の笑顔のため。
全ては彼女が幸せな未来を摑むため。
全ては彼女のその姿を近くで愛でるため。
そう、私は最推しのために生きる!
『マユ、最近イベントに来ないね?』
会社の帰り、乙女系ゲームの推し活仲間からのラインに
『忙しくなっちゃって、ごめんよ。』
と返せば
『男か?』
…な、わけないでしょ。
敢えていうなら、女だ。
私がどう答えようかと、考えあぐねいているうちに
『そんなわけ、ないか。』
いや、失礼な奴だな。
まぁ…確かに私を好きになる男なんて、いないだろうけれど。
ビルの窓をふと見れば…
中肉中背、ボサボサになりやすい髪は後ろに一つで纏めただけの、誰が見ても地味な眼鏡女が立っていた。
リーネ様は凄い。
どんな服でも、彼女が着ると華やぐのだから。
そんな、恵まれた容姿の彼女でさえ…ままならない人生を真っ向から受け止めているんだもん。
私も、私を真っ向から受け止めてやらなきゃね。
私は自然と込み上げる温かい何かを感じ、帰路を急ぐ。
家に帰れば、和やかに笑い合うお母さんとリーネ様の声がする。
私の姿を見つけたリーネ様が、今日はお母さんから唐揚げを習ったと教えてくれ、花を咲かせたように笑う。
「油、跳ねなかった?」
と聞けば、
「パチパチ凄かったですわ!」
と、何故か嬉しそうな彼女に、私も笑ってしまった。
ダイニングテーブルではお母さんと煎餅について盛り上がり出した彼女を横目に、部屋に戻り家着に着替える。
机の上には綺麗に畳まれた服と一枚の紙。
『マユのドレスを返すわ。ありがとう。』
可愛らしくも、綺麗な文字に
リーネ様らしい字だ。
なんて感想を抱きつつ、ダイニングに戻る…今度はたくあんを食べているリーネ様がいた。
「塩辛いのに、美味しいですわ。…これが大根ですの?色が違いますのに。」
「ふふっ。不思議でしょう?お漬物にすると、色まで変わっちゃうの。大根は白いから他の色に染まりやすいんだよ。」
「まあ!面白い!」
なんて…庶民的なお嬢様でしょう。
私はくすっと笑いながら、テレビにいつものゲームを繋ぐ。
リーネクライス目線になった乙女ゲームは、いつの間にか恋愛シュミレーションではなく、不思議世界の推理ゲームに変わっていた。
先日もシルベスターとリーネクライスを乗せた馬車の事故を仕組んだ犯人が、国外に逃げたことに愕然としていると、どうやらその犯人からの手紙で、シルベスターとリーネクライスが何やら喧嘩をしたと兄貴が言っていた。
「喧嘩とは違うか。リーネが怒るのを王太子は嬉しそうにしてて、リーネが更に膨れて…面倒臭い感じになった。…夜勤明けでクソ眠い時に。」
ああ…見たかった。
兄貴に言わせると、「バカ王太子が全て悪い」らしいけど、シルベスターはリーネクライス一筋だから、気持ちは分かる。
リーネ様の表情一つ一つが可愛くて仕方ないのだろう。
私は昨日の続きからゲームをスタートさせてすぐに、違和感を感じ、リーネを振り返る。
「リーネ様…もしかして、犯人と接触しました?」
私の質問に、リーネは目を細め
「ご挨拶しただけよ。」
「いや…挨拶にしては挑戦的やすぎません?」
「そう?」
ふふっと笑ったリーネ様のもう一つの本性を見た気がする。
…この人は、敵に回しゃちゃいけない人だ。
無意識下で、私の脳に刻まれたのだった。
兄貴やお父さんが帰ってきて、リーネ様に何やら叱られている声を聞きながら、私はゲームに集中する。
「マユ、ご飯だぞ。そこに本人いるのにゲームか?」
「兄貴、リーネ様を今日一晩泊まらせた方が良いよ。」
「はあ?」
私が指差すシナリオに、兄貴は目をやると、少し考えてからリーネを呼んだ。
「リーネ、王太子に連絡して。『至急来い』って書けば、あいつはすぐに来るんだろ?」
「シルベスター様は送った瞬間に来ますけど、お仕事の邪魔はいけませんわ。」
「仕事より人の命が優先だ。」
「え?」
兄貴の台詞に、心当たりがあったのか、リーネクライスは近くにあった紙を小さく切ると、何やら書き込み、手の平に乗せた。
すぐに青い光に包まれた紙が消えるのを初めて見たらしい父親が、コップに注いでいた発泡酒をダバダバと溢し、お母さんに激怒されている最中に、お花畑からやってきたかのような王太子が現れた。
「リーネ♡呼んだか?これ、城の庭師と開発中の新しいバラだよ。名前はローズリーネ。」
王太子から可愛らしい薄いピンクのバラを受け取ったリーネはニコッと笑うと
「私がといより、ミドーグチが呼びましたわ。」
そう言って、バラをお母さんにあげている。
「なに?」
満面の笑顔をスンッと消した王太子が足元の兄貴を睨む。
うわぁ。
素直すぎる態度が、逆に気持ちいいわ。
「リーネを今晩、ここに泊めたい。」
「なに?!」
「と、マユが言っているが、それが最善なのかはお前が決めろ。」
「なに!?!?」
場の空気を無視する兄貴が、まさかの王太子相手に『お前』呼び。
しかも、王太子相手に命令口調なんて…血を見るかしら?
私は内心ワクワクしながら見ていたが、残念ながら王太子の方が大人だったよう。
「ふん!ミドーグチが私にそこまで言うのなら、それなりの理由があるのだろう?仕方がない、話を聞いてやる。…で、あれは何だ?」
シルベスターの視線がテーブルの上に並ぶ唐揚げに止まった。
「唐揚げですわ。私も作りましたの。シルベスター様も召し上がります?」
「食べる!リーネが作った肉は私の物だ!」
当たり前のように兄貴の席にシルベスターが座り、私の席にリーネが座ると、お母さんがコップに貰ったばかりのバラを差して、唐揚げを別皿にいくつか移してリビングのテーブルに持ってきた。
「あんたたちは、こっちで食べなさい。」
「はーい。」
「ああ。」
なんだか嬉しそうなお母さんたちを見つめながら、兄貴とリビングのテーブルでご飯を食べる。
兄貴は、ダイニングの賑やかな光景に少し笑った後、「マユ、今のうちに詳しく聞きたいんだけど。」と真剣に言った。
兄貴は両親の幸せそうな姿を守りたいのだと分かり、私は頷いた。
うちのお母さんは去年までキャリアウーマンだった。
今でこそ、専業主婦の鏡のような生活をしているお母さんだけど、去年の今くらいまでは、残業残業の毎日で、家に帰って来るのも真夜中だったりする日も、珍しくなかった。
去年の8月の終わり。
お母さんは事故に合った。
疲れてフラフラと歩いていた彼女は、足がもつれて転んで、転んた拍子に横になった身体が心地よくてそのまま眠っていた所、自転車に踏まれたのだ。
自転車の主は驚き、パニックになり、救急車を呼び…病院に運ばれた後に、目を覚ましたお母さんの第一声は「あー!良く寝た!」。
病院に呼び出された家族全員、自転車の主も病院関係者の全員もがお母さんに激怒したのは言うまでもない。
「仕事を辞めるか、休むかしなさい!」
珍しく家長らしい発言をしたお父さんが、半泣きだったことは…内緒だ。
そもそも、お母さんが無理をしたのは2年前に亡くなったお祖母ちゃんの医療費と、介護施設費、私たちの学費で家計が破綻し借金が増えてしまったことが原因だった。
お父さんの給料だけでは、日々の生活を送るだけで精一杯だったから、私たちの学費のために共働きをしていたお母さんが、ちょっとずつ老後のために貯めていたお金は全てお祖母ちゃんの老後に消えた。
お母さんに残ったのは借金。
それを早く返済して、また自分たちの貯金を作るんだと立ち上がったお母さんは、有言実行…しすぎたのだ。
まさか、倒れるまで働くなんて。
仕事を辞めたお母さんは、いつも無理して笑っているみたいだった。
いつもどこか空っぽな笑顔を作り、ぼーっとしている日が増えた。
仕事が趣味みたいな人だったので、時間を持て余していたのかもしれない。
そこに現れたのがリーネクライスとシルベスター。
ハチャメチャだけど素直な彼女たちは、みるみるお母さんの閉ざした心の氷を溶かしたようだった。
そんなお母さんの変化にお父さんも気付いたのか、普通、どう考えてもおかしい二人を受け入れた。
単に美男美女に鼻を伸ばしているだけの気もするけれど。
こうやって、私たち家族に笑顔を戻してくれたリーネクライスを守りたい。
それだけは、私たち家族の全員一致の思いだ。




