姫様を拾いました。
「あー、今日ほど警察官という自分の立場を恨んだことはないよ。」
「そうですか。では何か他の仕事を探しますか?この世界では商業ギルドのような場所はありませんの?」
「・・・」
いたって真面目に答えた私がこのように平たい顔に睨まれるとは、納得が出来ない。
駐在所という小屋で緑色のお湯を飲みながら、色々と話を聞いた結果。
「私はどうやら頭のおかしい令嬢なのですよね?」
「そうとしか、言えないだろう?」
「不思議ですわ。私にとっては普通のことですのに、ことごとく否定されてしまうなんて。」
こてっと首を傾げながら、ふうっと息を吐けば、平たい顔たちも「はあ…」と息を吐くのだった。
それから様々な平たい顔が入れ替わりで色々話を聞いてきたが、私の答えがどうも彼らの納得いくものではなかったようで、結局私は病院と呼ばれるお医者様がいらっしゃる場所に連れていかれた。
最初に話しかけてきた平たい顔が、どうやら私の担当になったようでずっと一緒だ。
「あの…ミドーグチ様はこの魔道具をどのように手に入れたのですか?」
少し手狭ではあるが、ふかふかのソファと心地よい音楽が流れる四角い箱は、重さを感じない動きで道を進んでいく。
馬車のような揺れも少なく、ボタンひとつで窓も開くなんて不思議な魔道具である。
魔石をいくつも使っているのだろうか?
ミドーグチが握っているハンドルと呼ばれる丸い棒と足元の板を操って動かす自動車と呼ばれる乗り物は、私の世界にあったらどんなに便利だろうか。
そう、ここまで色々違っていると世界が違うことを、さすがに理解せざるを得ない状態だった。
馬車が揺れたあの瞬間…きっと馬車が横転したのだろうと思うのだが、シルベスターが無事であることを祈るばかりだ。
「どのように…って、車か。普通に買ったんだよ。ローンだけどな。」
「この世界ではこのような便利魔道具が簡単に買えるのですね。」
「いや、魔道具って。魔法じゃないよ、科学の進化ってところだな。」
「科学…ですか?」
初めて聞く単語ばかりで混乱する私に気付いたのか、「ああ、まあいい。」と平たい顔が溜息をつく。
今日はそのようなやり取りばかりだ。
私が何かを尋ねれば、決まって彼は答えた後で溜息を吐く。
まあ、答えるだけマシなのだろうか。
ここまでの間に、流石に彼の無礼な口調も気にならなくなっていた。
「で、次はどこに誘ってくださるのですかしら?」
「誘うって…まあ、病院ではどこも悪くないということだったしな、とりあえず一時保護と言う形になる。で、上司命令できみは俺んちでしばらく暮らしてもらうことになった。あ、両親や妹がいるから、2人きりじゃないからな。そこんとこ、安心してくれよ。」
何を安心しろと言っているのか分からないが、とりあえず頷いておく。
ミドーグチという平たい顔の男は、どうやら28歳だという。
恋人も婚約者もいないということなので、きっと貧乏ゆえの問題なのかもしれないと思っている。
身分というのは、生まれた時に決まっているものだから…哀れね。
「で、リーネさんは食べられない物とかある?」
「?」
「腹減ってるだろう?流石に俺は腹ペコだ。」
そういえば、もう何時間も緑のお湯以外を口にしていないことに気付く。
「私の世界の食べ物があるとは思いませんので、分かりません。」
素直に答えたのが良かったのか、一瞬こちらを向いたミドーグチが何かを言いかけてやめたのが分かった。
きっと何かまた無礼な言葉を言おうとしたのだろう。
そんなことも、どうでも良いくらいに私は疲弊していた。
正直、こんなに動いたのは初めてかもしれないわ。
「ハンバーガーで良かったらご馳走するよ。」
また知らない単語だ。
「美味しければ、食べてあげます。」
「それはどうも。」
そんな会話をした数分後、私は車の中で買い物ができる不思議に興奮するのであった。
◇---御堂口視点---◇
変な女がウロウロしているという連絡を受けて視線を上げた先には、確かに変な女がいた。
あんぐりと口を開けたまま固まっている同僚を無視して、駐在所からその女の元に向かう。
キョロキョロと周囲を見回す様子から、迷子だろうか?
まるで妹が昔読んでいたようなおとぎ話から飛び出してきたような、お姫様という容姿の女に声を掛ける。
「ちょっと、お嬢さん。少し話を聞かせてもらっても良いかな?」
俺の声が聞こえていないのか、彼女は水色の瞳であちらこちらを見ている。
シルバーに近い腰まで伸びた金髪が揺れる度に、かすかに花の匂いがするのは気のせいだろうか。
ド派手なドレス姿でなかったなら、俺は恋に落ちていただろうと思う。
小屋だの雑草茶だのと失礼な物言いをする女ではあるが、どうやら頭がイカレているわけではないらしい。病院で大騒ぎする彼女を見た医者の診断結果が「異状はない」とのことだったので、脳の異常はないのだ。だが、精神的におかしい可能性は否定できないままなのだが。
精神疾患というものは見た目には分からないものも多い。
それに、俺は詳しくはないのだから、医者の判断に委ねるしか方法はない。
CTやMRI検査の時も大騒ぎした彼女だったが、精神科でも見たことのない道具を目の前に大騒ぎだった。
ただ…その騒ぎ方が拒否感からくるものではなく、好奇心からくるものだったことに、安堵する気持ちもあった。
「この小さな道具はなんですの?これも何かの魔法がかけられているのかしら?」
「このお人形は誰が作られましたの?腕のいい職人なら私もお願いしたいわ。確かマリーがもうすぐ誕生日だったのよ。」
「あら、この棒はどうやって使いますの?お医者と伺っていましたが、ここでのお医者の役割は少し認識が違うようですわね。」
ずっと喋り続ける彼女は、中身が子供なのではないかと思えるほどに目をキラキラさせて、はしゃいでいるようだった。
「難しいですね。記憶に問題はなさそうですし、精神的にも健康な数値なんですよ。…本当にどこかの国から転移してきちゃったのではないですか?」
まさかの医者の言葉に絶句する。
「そんな非科学的な内容で調書を上げられません。」
「ですよね。言ってみただけです。…可能性としてあるのは、夢遊病とか双極性障害…つまり多重人格と呼ばれるあれでしょうか。」
ああ、なるほど。
実は本当の彼女は寝ているか何かで、別人格が極端なキャラで出てきているというのなら、まだ説明がつくな。
「それが分かる方法はあるのでしょうか?」
「うーん、ずっと一緒に居たら別の人格が出て来るんじゃないですか?それが本当の彼女かもしれないし、違うかもしれないというだけで。」
なんとも他人事だ。
「入院させますか?」
病院で管理して研究対象として保護しようかと言ってくれているのは理解したが、なんとなくこの好奇心旺盛な姫を病院に縛り付けておくのも可愛相に思え「いや、しばらく様子見てからまた相談します。」と答えるに留まった。
俺の勝手な判断だ。
仕方ないのは分かる。
だが、この判断が上司の悪戯心に火を点けたと言っても過言ではないのだろう。
「御堂口が責任をもって数日間彼女を保護しなさい。」
そう言って電話を切られてしまったのだ。
初めて乗ると言う車の助手席でリーネと名乗った…いや、本名はもっと長かった…は相変わらずの素っ頓狂な質問を繰り返してくる。
多重人格…としても、良く出来ている。
本人はどれだけ異世界ものに詳しいのだろうか…ん?異世界?
ああ!うちにも居たじゃないか!異世界マニアが。
初めて食べるというハンバーガーをおずおずと頬張るリーネを見つめ、もしかして妹の知り合いにいないか?と異世界物語をこよなく愛する25歳のクソ妹を思い出していた。
クソとつけるのは、俺と顔を合わせる度に大きな溜息と共に「ああ、●●王子みたいな兄が良かった」だの「●●様みたいに微笑みなさいよ」だの、意味不明な文句をつけてくるからだ。
これが朝に出会うと、その日一日がうんざりした気分になってしまう。
そんな妹にこっちから話しかけるのは嫌だが、仕方がない。
背に腹は変えられんってことで、早速妹にリーネの写真をつけてラインを送ってみた。
『この子保護したんだけど、お前の知り合いでいないか?』
どうせ今日も会社帰りにどこかのイベントやらに行っているのだろうと思って、返信は来ないものと思っていた俺の予想は、意外な形で裏切られたのだった。
『リーネクライス!のそっくりさん?』
リーネの名乗った本名が妹からのメッセージで送られてきたのだ。
しかも、ゲームの綺麗なイラスト付きで。
「確かに…似てる。」
「なんですの?」
まじまじと見つめる俺を、ポテトを摘まみながら睨んでくる彼女とスマホの中の絵を見比べる。
絵とはいえ、とても精巧なタッチで描かれており、確かに本当にいたらこんな感じなのかもしれない。
そんなことを思っていたら、次々と妹からのメッセージが受信されてきた。
『今どこ?私も会いたい』
『保護って施設とか連れていく気?駄目よ!リーネ様は公爵令嬢なんだから!』
『うちもどうかとは思うけど…一流ホテルの宿泊代なんて払えないものね、仕方ない!私が侍女代わりになるから、うちに連れてきて!』
妹よ…おめでとう。
お前の望みはもうすぐ叶うよ。
俺は少しだけ意識が遠くなるのを感じながら、車を走らせた。