親友との再会
「嫌がらせですね。」
「やっぱり?私もそう思ったのですけど…」
ジャスミン様からの手紙をお父様の執事、セイバスに見せれば、一笑に付されてしまった。
確かに、私が手紙に違和感を覚えた理由は、マユのゲームである程度の概要を知っていたからであり、本当の犯人…真犯人に目星がついていたからでもある。
それにしても…
「カーネリアン公爵令嬢は、母方のご実家がある隣国、オクステリア国にいらっしゃいます。」
どんなに優秀だとは言え、たかだかいち公爵家の執事でさえ真実に辿り着いているのに、王太子の配下の者たちが辿り着いていないとは、考えたくはない。
マユのゲーム情報から分かっていることは、王家の馬車の事故を目論んだのは…実際には、我が家…ローズレン公爵家の馬車を事故に合わせたかったようだけど…。
首謀者はジャスミン嬢で、実行犯は既に監獄送りになってる男爵家の男性だ。
ジャスミン嬢と男爵令息を繋いだのが元神殿長であるにすぎない。
しかし、真犯人は他にいる。
ジャスミン嬢に魅惑的な言葉を吐き、神殿長を欲望に負けさせてしまい、男爵令息を捨て駒にした…真犯人。
チェスの駒を扱うように人を切り捨てていく真犯人に、何とも言えない胃もたれを覚える。
「セイバスは…」
ああ…そうだったわね。
馬車の事故の記憶は彼の中にはないのだったわ…。
「何ですか?」
「いいえ。何でもないわ。」
言葉を飲み込んだ私を、セイバスは悲しげに見つめてくる。
「大丈夫よ。大した話ではないから。」
「…そうですか。」
セイバスは一礼して退室していく。
「お嬢様らしくないですね?」
お茶を淹れ替えながら、メイラが溜め息を吐いた。
「全くよね…本当に、やりにくいわ。」
私の答えに、メイラはクスリと笑った。
「お嬢様、アリアベール様がみえました。」
「あら。そんな時間?通してくれる?」
今日は親友、アリアベールと会う約束をしていた。
その彼女の来訪を知らせたメイドに部屋に通すことを告げれば、すぐにアリアベールが顔を見せてくれた。
「リーネクライス様〜!」
「アリアベール、久しぶりね。元気そうで安心したわ。」
アリアベールの元婚約者、ベンジャミン伯爵令息との婚約破棄断罪の時以来で、傷心の令嬢は領地に引きこもり、静養していることになっていた。
実際は…
「新しい薬草の研究は進んだの?」
「ええ。リーネクライス様にも試して貰いたくて、実は持って来たんです。これ、肌荒れに効く軟膏ですの。」
私は生き生きしている彼女から小さな容器を受け取ると、中身を少量手にとって伸ばしてすり込む。
「いい匂いね…ラベンダーかしら?」
「うちの領地に生息するラベンダーを匂い付けに使ってみましたのよ。」
「良いわね。素敵だわ。…メイラ、手を出して。」
私の手では効果が見えにくい。
毎日水仕事をするメイドで試してみたくなり、近くでワクワクしていたメイラに声をかける。
「お嬢様?」
「いつも私の為に頑張ってくれてるでしょう?そんな貴方の手で試してみたいのよ。」
「そんな!恐れ多いです。」
「ふふっ。もう、塗っちゃったわ。」
私たちのやり取りを、楽しそうにアリアベールが見ている。
「相変わらずですね?」
「ええ?」
「リーネクライス様は努力する人には優しいと、国の常識になってますわよ?」
「そうなの?」
「ええ。つい最近も魔道士たちに頭を下げたんですって?」
アリアベールの話に、ああ…と思い当たった。
「リーネクライス様がお礼を告げてくれた魔道士の一人はうちの領地の者だったのです。」
「あら!世間とは狭いのね!」
私たちは顔を見合わせ笑い合った。
「王太子殿下とは良好らしいじゃないですか。」
「シルベスター様は可愛らしい方ですからね。」
「なんだか、雰囲気が変わったみたいだけど…」
アリアベールが言うべきか悩んでいることを察し、私から答えを示す。
「どういうわけか、私の魔力量が増えましたの。」
「まあ!それは一部の貴族たちの陰口のネタを見事に消しましたわね!」
ああ…やっぱり陰口をたたかれていたのね。
「でも、それだけじゃない気がしますわ。なんだか…前と違って見えます。」
「ちょ!花を散らしたりはしていなくてよ?」
「ふふっ。違います。そうではなくてですね…?」
アリアベールが何かを考えるように、ジッと私を見つめていたかと思うと
「ああ…そうよ。以前は王太子殿下を『理想の殿方』と言っていたのに、今日のリーネクライス様は『可愛らしい方』に変わっていました。二人の距離が近付いたのかと思われますが、いかがです?」
鋭いアリアベールの指摘に、近くで聞いていたメイラが思わず拍手をしていた。
相変わらず、鋭い令嬢ですわ。
私はふと、私の悩みの事件についてアリアベールに相談することにした。
アリアベールの意見を聞いた後、彼女とメイラの記憶からは消すつもりでだ。
そうしないと、彼女たちの身が危なくなってしまう。
ならば、何も知らない方が安全だろう。
あまり人の記憶を操作したくはないけれど…今回だけ。
神様、ごめんなさい。
「あのね…アリアベール。ちょっと相談があるのですが、聞いて下さる?」
「私で力になれるのでしたら、喜んで。」
「真犯人はこの人以外、有り得ませんね。」
「アリアベールもそう思うのね。ありがとう。」
記憶を消す。
「あら?何の話をしてましたっけ?」
キョトンとしたアリアベールが目を瞬かせている。
「私の雰囲気が変わった話ですわよ。」
「ああ!そうでした。うふふ…。」
ふぅ…。
やっぱり、人の記憶はあまり操りたくはないわ。
私は一人、罪悪感と戦うのであった。