クリームシチューを習います。
「確かに肉じゃがにパンは合わないわね。」
「そうなんです。せっかく帰ってきた兄様を喜ばせたいのに、ちょっと残念で。」
ミドーグチ宅のダイニング。
昼下がりのお茶の時間に、ミドーグチの母親に肉じゃがの結果報告をする。
「それにしても、このミズヨーカン?は冷たくて甘すぎなくて美味しいですね。」
「そうでしょう?冷たい緑茶によく合うのよ。」
ミドーグチの母親とは味の好みが合う。
そして、何より料理の神様じゃないかと思うほどに、料理が上手だ。
「主婦だから、当たり前よ。」
そう照れたように笑うミドーグチの母親は、なんて謙虚なのだろうと関心する。
「あ、そうだわ。クリームシチューはどうかしら?材料は肉じゃがと同じなんだけどね、味付けがパンに良く合うのよ。」
「教えてください!」
こうして始まったクリームシチュー教室も、ミドーグチが帰ってきた頃には出来上がった。
「ただいまーって。リーネ、お前兄ちゃん来てるんじゃねえの?」
「そうなんです!だから、兄様を喜ばせるクリームシチューを習ってましたの。」
ミドーグチ宅のゲームでは、私目線のシナリオが日々更新中らしく、私の身に起きていることは大体分かるらしい。
シルベスター様とのアレコレは詳しくは出ていないようなので、助かります。
「マユにはない健気さだな。」
「私が何ですって?」
モンスターから逃げてきたマユも合流した所で、私は数人分のクリームシチューを頂いてお暇です。
「では、また来ますね!クリームシチュー頂きます。」
「またおいで。明日はどら焼買っておくから。」
「クリスティン様に宜しくね~」
「…」
ミドーグチの不貞腐れた顔は気になるが、私はすぐにでも料理人たちにクリームシチューを再現して欲しいので、走る。
「ライデン!これを再現するわよ!」
「今度は何て料理ですか?」
「クリームシチューよ。」
ミドーグチの母親のレシピでは、この世界にも存在する材料ばかりだったので、すぐに再現できるはずなのだ。
「お嬢様、肉が…肉じゃがで使い切ってしまい、別の肉ならありますが…いけますかね?」
料理人の一人が申し訳なさそうに発言するのを、私は味見をしているライデンに判断を仰ぐことにする。
「え?ライデンはどう思いますの?」
「この味なら…いけると思います。おい、コケッコーの肉があっただろ?あれでいい。」
流石だわ。
味見をしただけで、何が合うかを瞬時に判断出来るなんて。
私が感動に打ちひしがれていると、
「お嬢様、野菜と肉を炒めた後は何を入れますか?」
「確か、バターとミルクと塩コショウ、あとコンソメ?ブイヨン?野菜とかの出汁とか言っていたわ。」
「うーん、ちょっと時間をください。明日の夜までには見つけ出します。」
「分かった。ライデンに任せるわ。でも、無理は駄目よ。」
「はい。」
ライデンにクリームシチューを預け、私はルンルンで部屋に戻る。
部屋のドアを開けて入った瞬間、腕を捕まれ羽交い締め…
あら。抱きしめられてしまいましたわ。
「シルベスター様?何があったのですか?」
なにやら背中で震えている婚約者に、私はそっと話しかける。
「リーネ…ごめん。犯人たちに繋がる記憶をみんなに戻してくれないか。」
ああ…シルベスター様の優しさが踏み躙られてしまったようですわね。
「分かりました。でも、その前に、話を伺っても?」
コクリと頷くシルベスター様を背中に感じながら、私はソファへとそのまま移動する。
「お顔を拝見しても?」
「今はヤダ。」
「では、失礼します。」
「!!」
私は勢いよく、シルベスター様ごとソファに座る。
それは、座っているシルベスター様の膝の上に私が座った体制で、小さい子供に戻った気分がする。
少し照れ臭いけれど、シルベスター様のお顔を見ないで済むので良しとしましょう。
「リーネはやっぱり、最高だ。」
肩に回されている腕にキュッと力が入るのを感じながら、私はふふっと笑った。
「少しの間だけ、鍵をかけますわね。」
私はそうっと魔法を使って扉全体を固定する。
「リーネは日に日に魔法が上達してるね?」
「今までやってみたかった魔法を片っ端から試しましたからね。大体想像したことは出来るようになりました。」
魔力量が少なくて夢だと諦めていた使い方を、魔力量が豊富になった今は試し続けている。
「凄いな…」
「何事もタイミングなのですわ。魔力量が少なくて出来なかった時があったから、今はこうして色んなことが出来てますの。駄目だと落ち込み諦めた日々も、後から思えば無駄ではありませんでした。糧ってやつですわ。」
私の話に静かに耳を傾けていたシルベスター様が、突然私を抱き抱えたかと思うと、クルリと私の身体の向きを180度変えた。
「え?」
突然、目の前に現れたシルベスター様の顔にドキリとする。
泣いていたのかしら?
目が赤いわ。
私はそっと、シルベスター様の目元を拭いながら「綺麗に治れ〜」と、呟くと、赤かった目も、腫れていた目の周りも綺麗に元に戻った。
「治癒魔法?」
「分かりません。ただ、私は想像しただけです。」
「凄い…リーネがどんどん進化してる。」
「これもタイミングですわね。」
ニコッと笑って見せた私の顔に、シルベスター様の顔が近付いたかと思えば、唇に柔らかい物が触れるのを感じ、心臓が飛び跳ねる。
「し、し、シルベスター様?!」
「私の赤みがきみに移ったようだ。リーネ、先ほどの言葉は取り消す。やはり、もう少し粘ってみるよ。」
スッキリした表情のシルベスター様にホッとしつつ、サラサラの紙を撫でる。
「リーネには格好悪い所ばかり見せてるね。」
少し落ち込まれた様子の王太子に、私は笑顔で答える。
「私は何も見てませんわよ。…気付いたら唇を奪われただけですわ。」
私の言葉に目を見開いた王太子が、ふっと目を細め私の頭を撫でた。
「流石、リーネ。私の奥さんになる人だ。」
「私の旦那さまになるシルベスター様は、お仕事に戻られますの?」
「ああ、一仕事してくるよ。」
「いってらっしゃいませ。」
私が離れると、シルベスター様は帰って行った。
一体何があったのかは不明なままだけど…私は私の心の方で忙しいみたいです。