お醤油を見つけました。
星祭りを3日後に控えた今日。
私たちは数ヶ月ぶりに会えたクリスティン兄様に泣きついています。
「な!なに?!」
「お兄様〜愛してます〜」
「クリスティン様は神様ですか?!」
「クリスティン様の料理には肉多めを約束させてください。」
私だけではなく、私と日々料理研究をしていた料理人たちにまで擦り寄られたクリスティン兄様は、目を白黒させるばかりだった。
「リーネの可笑しさが料理人たちに伝染してるぞ!?」
失礼な言われ方ですが、それもそのはず。
ずっと探し続けていたお醤油を、兄がお土産に持って帰ってきたのですから!
「お母様からの手紙で、なんでも新しい料理を発明中なんだって?オクステリア国でもなかなか手に入らない珍味を持ってきてやったぞ。」
そう言って厨房に現れた兄の手には、探し求めていた色と匂いと味のお醤油だったのだ。
神よ!
兄の未来に栄光あれ!
「さ。ライデン、感動は出来上がりに取っておいて作るわよ!」
「はい!お前ら、やるぞ!」
「おー!」
呆気に取られている兄には一旦外に出てもらい、肉じゃが作りのスタートよ。
「お嬢様、泡のような物が出てきました。」
「それがアクよ。綺麗に掬って捨てて頂戴。」
「お嬢様、ジャガイモが柔らかくなりました。」
「一旦火を止めて冷ますわよ。」
「お嬢様、お鍋が冷めたようです。」
「もう一度火にかけなさい。」
こうして、ミドーグチの母親に習ったレシピ通りに肉じゃがが完成したわけですが。
「それじゃあ、食べるわね?」
「ご武運を!」
見た目は…合格。
匂い…合格。
問題は味よ…。
パクリとジャガイモを口に入れれば、ホロホロと解れながらも濃厚な汁が染み込んだ、これぞ正しく!
「成功よ!」
「うおおおおおお!」
せっかく出来上がった肉じゃがは、涙ながらに料理人たちと食べ尽くしてしまった為、夕食用に再度肉じゃがを作るハメになった料理人たち。
そんな努力の甲斐もあり、夕食の肉じゃがは大好評だったのだが。
「リーネ、これ、美味いんだけど…パンには合わなくない?」
「流石だわ!お兄様!これにはゴハンが合いますのよ!白い粒粒のゴハンを、お兄様はご存知ではなくて?!」
興奮気味の私を無視して、兄は両親にことの深層の説明を求めている。
「どうやら、不思議の国に転移して、そこの料理に感化されたらしい。」
「リーネは昔からは凝り性でしたでしょう?」
「不思議の国ね…。うん、わけが分からないね!流石リーネだ。」
何故か兄は別の意図で私を褒めてくれた。
夕食が終わって、部屋でゴハンを探すべく調べ物をしていると、ドアをノックする音で兄だと理解する。
兄はノックする音がちょっと特徴的なのだ。
「どうぞ~。」
「やあ、リーネ。夕食は新しい料理をありがとう。美味しかったよ。」
兄に頭をガシガシと撫でられ、私はふにゃっと笑う。
「兄様に喜んで貰えて、何よりですわ。」
兄をソファに案内し、メイラにお茶を淹れて貰うと、兄は真剣な表情で私を見てきた。
メイラにお代わり用のソーサーを置いて退室を言い渡すと、頷き、そそくさと出ていった。
話が長くなることを察したメイラは、ずっと部屋の片隅に立っている辛さを考え、逃げることを選んだのだろう。
私は小さく笑った。
「ところで、しばらく見ない間に魔力量が増えたみたいだけど?」
クリスティンの率直な言葉に、私は手にしたソーサーをいったんテーブルに置き、ここ数ヶ月の出来事を説明する。
「…そんなことが?」
「はい。…ですが、馬車の事故の件は私とシルベスター様、それから事故を仕組んだ犯人たちにしか記憶がありません。」
「…なぜ?」
「それは…」
私の特異魔法は兄様には言っても良いのかしら?
困っていると、私の右手の先に痺れが生まれた。
「そうだわ。シルベスター様を呼びましょう。」
「は?こんな夜遅くにか?」
「大丈夫です。直接ここに来て頂きますから。」
「はぁ?!」
素っ頓狂な声を上げる兄を無視して、丁度届いたシルベスター様からの手紙に書きなぐる。
『至急集合!』
…流石だわ。
やっぱり、私にはシルベスター様以上の殿方はおりません。
手紙を送った瞬間、私の部屋に転移してきた彼に、私は胸キュンです。
「リーネどうした!?強盗?それとも…あ、クリスティン様じゃないですか?どうも。お久しぶりです。」
「ああ、シルベスター王太子殿下もご健勝のようで…何より…って、おい!リーネ!よりにもよって、なぜ私情に殿下を巻き込むんだ!?」
「あら…だって、兄様の質問に答えるにはシルベスター様の意見が必要なんですもの。あのですね、シルベスター様。」
私は混乱と怒りが入り交じる兄を一旦放置して、ことの成り行きをシルベスター様に説明する。
「ああ、そうそうこと?そうだね、確かにクリスティン様は大丈夫だとは思うけど…。」
チラッとシルベスター様に視線を向けられた兄がビクッとするのが見える。
「これを知ったら、一生リーネを護る側にならざるを得ないよ?覚悟はいいのかい?」
「それは…そんなに大事なのか?」
「まぁ…そうだね。使い方によっては善にも悪にもなり得る情報だよ。」
シルベスター様の悪戯心が炸裂しているようだ。
そういえば昔、兄にはシルベスター様をからかう趣味があったっけ。
あの時の腹いせだろう。
私は楽しそうなシルベスター様を見つめ、お茶を飲む。
「ああ、わかったよ。降参だ。一生リーネを護ってやる。面白い情報を俺が知らないことは耐えられん。」
はい、兄様の負けですわ。
「リーネ、私から話してもいい?」
「はい。シルベスター様からの方が兄も納得すると思いますわ。」
シルベスター様はふわりと笑うと、私の手を握り、兄様に向き合った。
「リーネには、他人の記憶を操る…と言っても、消すか思い出すかのだけど特異魔法があるのです。今回は犯人を全員炙り出す意味と、犯人に反省の機会を設ける為に、犯人以外の人から記憶を消す魔法を発動してもらいました。」
「はあ!記憶を操る魔法だと?」
「ええ。ですから、このことが漏れればリーネの命を危うくしかねません。意味が分かりますよね?」
「…ああ。良く分かったよ。」
一連の話を聞いて、考え込んでいた兄が徐ろにシルベスター様に問いかけた。
「まさか、犯人が分からないとか…ないよな?」
「一部は分かっています。そして、先月一人は拘束、一人は監獄送りにしていますよ。」
「その様子だと、あくまで下っ端だけが実刑になってるようだな。」
「流石、クリスティン様。その通りです。どうやら、今拘束しているネルミットに指示を出した者が複数おりまして。その中には反省次第では心を入れ替える可能性のある者もおります。それと…」
シルベスター様は、私を見つめるとニコリと微笑まれる。
「リーネを無駄に不安にさせたくもありませんから。」
「仲がよろしいことは結構。まぁ…兄としてもリーネには、このハチャメチャなお転婆は直して貰いたいが、素直で真っ直ぐな所はそのままで居てもらいたいと思うよ。」
「お兄様。」
なんて素敵な兄でしょう!
やっぱり理想の兄だわ!
ミドーグチとは大違い。
「ところで、シルベスター殿下はよくリーネに呼び出されてるので?」
「な!失礼だわ。私は不必要に呼び出したり致しません。」
「その通り。もっと甘えて欲しいくらいなのに、リーネから呼び出しがあったのは今日が久しぶりで2度目だ。クリスティン様からも言ってくれません?リーネは何でも一人でやろうとする。私をもっと巻き込めと。」
「いや…それは…流石に、リーネの方が常識があるように思う。」
兄の意見に、シルベスター様が不満顔のまま、「ああ、タイムリミットだ。」と言って帰っていった。
最後まで「何故だ?」と呟くシルベスター様に、私はどれだけ助けられているだろうか。
「リーネ、俺は今回のことで決めた。来年卒業したら、お前の右腕になってやる。だから、それまでに俺の分の魔法陣を用意させておけ。殿下にもそれが条件だとな。」
兄はそれだけ言うと、なんだかスッキリした顔で退室していった。
…うん。
頼もしい右腕ゲット?