3人目・とある子爵令嬢〈後編〉
「アレン、お前、王になれ。お前の人当たりの良さと腹黒さがあれば、できるだろう」
「兄上、結論を出すのは早すぎますよ」
「ティアーナも、お前が王なら、王妃をやるだろうしな」
アレン殿下が苦笑して、ちらりとこちらを見る。
「兄上が何を問題にされているのか、僕にはわかりませんね。
あの冷淡な王太子が身を挺して婚約者を守った、美談として充分では」
「それが何の役に立つ?
それよりも、王は国のシンボルだ。その王の半身に、呪いの跡が巻き付いていたら、さすがに支持しないだろう」
「そうでもないですよ。
兄上の効率重視は、時に情がなく見えてしまう。それを不安に思う者もいるのです。
加えて、兄上は今まで、結婚相手に、結婚そのものにあまり関心がなかった。兄上が否定しても、周りはそう見るということです。やはり、それを不安に思う者もいる。
兄上は、その二つの不安を、今回の騒動で見事払拭してみせたのです。むしろ支持する者は増えますよ」
「それで増えても、今まで支持していた者が減れば、意味ないだろうが」
「今まで支持していた者は、つまりは兄上の効率主義に賛同する者です。呪いの跡があろうがなかろうが、兄上が仕事をすれば問題ありません」
「だが……!」
クライス様が言い淀む。アレン殿下が容赦なく追及する。
「だが、何ですか?」
「……呪いの跡のついた男と結婚するのは、嫌だろうが」
「それについては、本人に確認するのが一番かと」
アレン殿下がはっきりとあたしを見る。
あたしはと言えば、ベッドのクライス様のそばに座って、勝手にその手を握っている。
さんざん泣いた後だから、とても見られたものじゃない顔をしてるだろうけど、でもクライス様のそばにいたくてここにいる。
襲撃というのか、暗殺というのか、今回はそれが呪いだった。
その呪いがクライス様を狙ったものなのか、それともあたしを狙ったのか、それはまだ分からない。でも結局、あたしをかばったクライス様がそれを受けてしまった。
呪いは解呪できたけど、呪いの跡は残った、クライス様の半身に。
少し前まで、ティアーナ様があたしのそばについていてくれて。
今は、かなり気分も落ち着いた。クライス様が生きているなら、それで十分。
だから、答えられる。
「シェルシーカ、婚約は解消する。
君が腹をくくって王太子妃をやろうとしてくれたことは、分かっている。
だが、状況が悪い。
君が好きだと言ってくれた私の見た目も、この有様だしな」
……クライス様、あたしのこと見くびってますね?
「平たく言いまして、イケメンは何を着てもイケメン、つまり。
イケメンは呪いの跡があってもイケメン、というか。
クライス様がもっとイケメンになってしまわれて、あたしどうしようかと思っているところです。ライバルなんていないほうがいいのに!」
アレン殿下が声を出さずに笑って、部屋を出ていく。
でも、そんなことより。あたしには言いたいことがあるんだから。
「ああでも、クライス様はイケメンなんて言葉ではとうてい言い表せません。
王立学園の制服を着こなされているときは、さわやかな印象。
執務室にいらっしゃるときは、まさに怜悧。
颯爽とした立ち居振る舞い、皆様と会話されているときは才気煥発。
涼やかなお声に、聡明なお言葉。
知的で合理的で、それでいて皆の才能を信頼されようとする人間味がある。
これだけでも十分素晴らしすぎるのに、時にお茶目で、苦手なこともあって。
そんなクライス様に呪いの跡があっても、魅力が増すだけです!」
クライス様が呆然とあたしを見ている。
「呪いの跡は、影と言えるかもしれません。でも。
さわやかな印象に影が入ると、深みが増します。
涼やかさや聡明さに影が入ると、鋭敏さが増します。
怜悧な印象に影が入ると、凄味が増します。
颯爽とか才気煥発に影が入ると、迫力が増します。
つまりは、クライス様がもっと素晴らしくなるだけです。
どうしたって、クライス様のカリスマ性が増すだけです。
クライス様らしさが、もっと皆に伝わるだけです。
そしてあたしは、そんなクライス様が好きです!
今までも、今も、大好きですから!!」
って、あらら。
クライス様が片手で顔を覆ってしまった。
「ごめんなさい。あたし、しゃべりすぎましたね。クライス様、病み上がりなのに、」
続けようとした言葉を、クライス様が制する。
「シーカ、婚約解消はなしだ。君は王太子妃になる」
わかりました!クライス様がそれで良いのなら。
って、ホントに良いの?
「シーカ」
「はい、何でしょう」
珍しい。いつも論旨明快なクライス様が、言いあぐねていらっしゃる。
更には、ため息までついて、
「困った。誰かに送る愛の言葉など、今まで考えたことがなかったからな」
……クライス様、頭の中まで、呪われました?
クライス様が眉を寄せる。
「シーカ、君は今、何を考えた?」
もちろん、クライス様に嘘なんてつきません。
「クライス様が、頭の中まで呪われてしまったのではないかと、危惧しました」
クライス様が苦虫を噛み潰したようなお顔をされるので。
これまた、なんてレアな表情。目に焼き付けておかなくては。
「私は時々、君の頭のほうが呪われている気がするが!?」
「こんなにもクライス様のことを考えていられる頭が、呪われているわけありません。
間違いなく、祝福です!」
神様ありがとう、感謝します!
もう一度ため息をついたクライス様が、それでもあたしを見る。
「シーカ、とりあえず言っておく。
私は君を気に入っている。君を失いたくないがため、とっさにかばってしまうくらいには」
…………。
嬉しい。嬉しい、すごく嬉しい!
「今のクライス様の言葉、あたしの生涯の宝物にします。
何度も繰り返し頭の中で思い返して、大切に大切にしますから!」
あらら、クライス様が顔を引きつらせてしまった。
「そこまで、しなくていい」
そんな無体な。
「じゃあ、クライス様にバレないように、しますね!」
これで万事OK。
「それを口に出して言ったら、意味ないだろうが!」
「クライス様が気にしなければ、大丈夫ですってば」
クライス様がため息をつきます。
「好きにしろ」
ええ、もちろん、そうしますとも。
生涯かけて、クライス様を精一杯、愛させていただきますからね!
さて、今日はあたしとクライス様の婚約披露の場です。
さすがにあたしも緊張してます。
今日のドレスは素晴らしくて、だからあたしも背筋を伸ばしていられるけど。
でも、緊張はするからね。
とりあえず、控えの間でクライス様を待っています。
アレン殿下とティアーナ様も、こちらにに来られました。
そして、ティアーナ様があたしに声をかけてくださるから。
そのマイペースな雰囲気に、あたしも少し落ち着いてきた。
おや、あの影が薄いと陰口をたたかれる第二王子殿下が、なかなかのイケメン振り。
というか、今までそう見えないように、演出されていたんでしょうね。
おや、ティアーナ様ってば、アレン殿下をじーっと見つめられて。殿下の変身振りに興味津々とか?いや、……ティアーナ様、それは珍獣を見る眼差しでは?
「ティア、君の視線を独り占めできるのは嬉しいけれど、さすがに照れるな」
「でも、素敵ですわ」
「そう?じゃあ、いつもの僕と、どっちが好きかな?」
ティアーナ様がちょっと首をかしげて、答えた。
「両方」
砂糖を吐きそうな会話、ありがとうございます。
しかし、これはあれかも。アレン殿下がイケメン振りを披露している理由。
ティアーナ様は、独特の浮世離れした雰囲気と可愛らしさで、妖精なんて呼ばれることもあるる方。
ゆえに、不用意にちょっかいを出してくる男に対する牽制。
それと、ティアーナ様の心をつなぎとめるための、ちょっとしたギャップの演出、かな。
ギャップの演出には成功しているけれど、軍配はティアーナ様に上がっている。
ティアーナ様の返答に、アレン殿下が撃沈しているからね。
愉快なものを見せてもらったので、少し緊張がほぐれた。
ティアーナ様とアレン殿下が、控えの間から出ていかれる。
入れ違いに、クライス様が来られた。
って、何これ。クライス様の正装、素敵すぎる!
目に焼き付けておくだけじゃ足りない、いったいどうすればいいの!?
「シーカ、緊張しているな?」
「していますが、それよりもクライス様とっても素敵です!」
心の底から、見惚れます。
「君にとっては、緊張よりもそっちなのか」
クライス様の呆れた声。
「しかし、緊張もしているようだ」
クライス様に手を取られた。
そして、その手の甲にゆっくりと、クライス様が口づけを落とす。
そして、顔を上げたクライス様に、じっと見つめられる。
こんなに見つめられるなんて、いつもと逆では。
というか、クライス様、今、何をされました?
呆然と、ただただ、クライス様を見つめ返す。
「それでいい。私だけを見ていろ。
会場にいるのは、庭に咲いている花とでも思っておけ」
「わかりました!」
「即答か」
と、クライス様が笑うから。
ああ、なるほど、緊張をほぐそうとしてくださったのですね。
その代わりに、心臓が止まりそうでしたけど。
でも。
ずっと、私が見つめてきた。
ずっと、私だけが見つめてきた。
それで、十分だと。
でも今、クライス様もまた、私を見つめてくれる。
奇跡のような、気がする。
「行くぞ」
クライス様が手を差し出す。その手に、私の手を重ねる。
扉が開く。
眩しいほどの光。
その中へ、一歩踏み出す。
二人で。