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3人目・とある子爵令嬢〈中編〉


 今日は、ゼア侯爵邸にお邪魔しています。

 ティアーナ様が贔屓にされているドレス工房に、ドレスを作っていただくのです。

 とうとう、婚約者ということになってしまいましたからね。

 婚約のお披露目はもう少し先ですが、もろもろドレスが必要なのですよ。

 もちろん、この場で一番重要なのはあたしではなく、ティアーナ様の助言、ですね。


「シェルシーカ様は、何というか、猫のような、そんな魅力なのではないかしら」

 ドレス工房の方が描き上げたデザイン画を見ながら、ティアーナ様がにっこりとおっしゃいます。

 が、ええと、つまり、どういうこと?


「今の流行を一言でいうと、大振りで華やかな装飾でしょう?悪く言えば、ゴテゴテと飾り立てている。

 それ、わたくしには、まったく似合いませんの。ドレスのほうが目立ってしまって。」

 あ、確かに、ティアーナ様は流行そのものといったドレスは着られない。

 では、どんなドレスかと言われれば……?


「シェルシーカ様も、そういうドレスはあまり似合われないのではなくて?

 だから、こちらの工房をおすすめさせていただきましたの。

 こちらなら、流行を取り入れつつも、似合うように調整したデザインを提案してくださいますから。このように」


 ティアーナ様が選んでくださった3枚のデザイン画。

 確かに、大振りな装飾は控え目で、だから軽やかで、でも全体的に見れば華やかになるようデザインされいて。

 こういうの、好きかも。


「特にこの3枚が良いと思いましたの。

 猫のように好きなことをして、時に誰かに寄り添って、時に気まぐれで、それでいて魅力的。

 そんな感じが似合われるのではないかと」


 思ってもみなかった言葉に、あたしはただ、びっくりです。

 自分にそんな魅力があるとは思えないけど。

 でも、そもそもティアーナ様の言うことを否定していたら、この場は成り立たないのだもの。


 覚悟して、受け入れましょう。

 そして、今も、これからも、有難くティアーナ様のお世話になりましょう。

 ティアーナ様の支えなくして、王太子殿下の婚約者なんて、とうていできないもの。


「ティアーナ様、ありがとうございます」

 心からそう伝えます。すると、

「わたくし、王家への忠誠心など、あまり持ってはおりませんの。

 でも、あなたのことは好きですわ」


 ……なんてストレートな。聞いているこちらが、赤面してしまいますよ。

 この方、こんな感じで、よく貴族社会をわたってこられましたね。

 驚きしかないっていうか、けっこう嬉しいというか。


 って、あれ?

 部屋の外が少しざわついている。もしかして、アレン殿下が来られているのかもしれない?


 ティアーナ様が続けられる。

「王太子殿下のことも好きですわ。もちろん人となりが、という意味ですけれど」


 あ、ちょっと待って。それは何というか、今話すと、まずいんじゃないかな。

「では、あの、第二王子殿下は?」

 とっさに、言ってみたけれど。

 フォローになるかどうかは、ティアーナ様の答え方次第なのよね。


 ティアーナ様が首をかしげる。

 ……、……、……。

 待ってみたけど答えがない。

 うわ、どうしよう、アレン殿下を敵に回すとか、イヤすぎるんだけど。

 ドキドキしながら、それでも待ってみる。

 こればかりは、ティアーナ様でないと答えられないのよ。


「もしかしてシェルシーカ様は、王太子殿下とわたくしの関係を気にしていらっしゃる?


 そうですわね、上司と部下とでもいうのかしら。

 定期的にお茶会という名の情報交換の場をもうけてはいましたけれど。

 候補でしたから、儀礼的なもの以外、私的なお手紙も、贈り物もいただいたことはありません。

 お名前をお呼びしたこともありません。


 ただ、殿下はわたくしをほぼ婚約者とみなされましたから、周りの皆さんもそう思われて。

 少しばかり、各所の調整をさせていただくことには、なりましたけれど。


 わたくしと王太子殿下が、今後、婚約者になることはあり得ません。

 もし、わたくしとアレン様の婚約が解消になったとしてもです。


 逆に、あなたと王太子殿下の婚約が解消になったら、

 わたくしは困りませんが、王太子殿下はお困りになるでしょう。

 いずれ新たな婚約者候補が現れるでしょうが、それまで婚約者が不在なのは、殿下にとって少々不利です。


 だから、どうか気になさらないでくださいませ。

 それに。

 この前、お見舞いに来てくださったでしょう?その時思いましたの。

 王太子殿下とシェルシーカ様は、お似合いだと」


 嬉しい。何だか、すごく嬉しくなる。

 ティアーナ様は、きっと思った通りのことを言っているだけ。それが、嬉しい。


「それから、これもお伝えしておきますわね。

 王太子殿下の婚約者候補辞退となったとき、わたくしは嬉しいとも悲しいとも思いませんでした。

 ですが、アレン様との婚約が解消になれば、わたくしは悲しい、きっとそう思うでしょう」


 これは、ティアーナ様の本音だ。それが伝わってきて、何よりあたしがほっとした。

 とその時、声がした。

「ティア」


 ……何というタイミングで出てくるんだ、この第二王子殿下は。

 そして、実に自然な動作でティアーナ様の肩を引き寄せている。

 ここに、あたしがいてもいなくても同じということかしら。


「ごめんね、ティア、話が少し聞こえてしまった」

 そして更に、ティアーナ様の耳元で話されるようにかがまれる。って。

 顔の距離が近いですよ、さすがに。

 目のやり場に困るので、視線をあからさまにそらせておくしかない。


「僕とあなたの婚約が解消になることは、あり得ない。だから安心して」

 アレン殿下の声の甘さに、めっちゃ驚きました。

 市井のあの言葉、使うなら今よね。砂糖が吐けそう。


 そして何食わぬ顔でアレン殿下がおっしゃるには。

「ティアが君を気に入っているからね。僕も君に協力しよう」


 フォロー成功、良かった、良かった。何か、どっと疲れたけど。




 今日は、王宮に学びに来ています。

 それが終わったところで、クライス様が会いに来てくださいました。嬉しい!


 二人で王宮の回廊を歩きます。もちろん前や後ろに、侍女や侍従、護衛の方々がいますけど。

 それでも嬉しい!


「シーカ」

 はい、何でしょう!


「正直、私は結婚相手など誰でもいいと思っていた、仕事が出来さえすれば。

 私が望んだのはそれだけだったが、婚約者すら決まらなかった。

 だが今、こう思っている。

 決まらなかったことで君と出会えたのなら、私には待つことが必要だったのだろう」


 驚いた、クライス様から、こんな言葉がもらえるなんて。

 胸の奥から何かがあふれてきて、ついでに涙もあふれそうになったから、慌ててハンカチを取り出す。

 良かった。

 私じゃダメだと思っていたけど、それでもクライス様のお力になりたくて、まさに一念発起して。

 ここまで来て良かった。


 その時、

「シーカ!」

とクライス様の鋭い声、同時に腕の中に抱き込まれてしまった。あたしの頭も抱え込まれて、何が起こっているのか見えない。

 周りのざわめきが酷くなる。でもクライス様は離してくれない。腕の力が強くなる。


「クライス様?クライス様ってば!」

 あたしをかばって、どうするんですか。逆でしょう!

 でも、ますますクライス様の腕の力が強くなり、何が何だかわからないうちに、あたしは自分の意識も保てなくなった。




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