3人目・とある子爵令嬢〈前編〉
覚悟を決めましょう。
今までは、隠れていました。
これからは、堂々と。
「私、王太子殿下の見た目が、大好きなんです!!!」
やはり、引かれてしまいましたねえ。
でも!
こればかりは譲れないわ。
覚悟を決めたあたしは、堂々と宣言する。
あたしは、実に、真に、本当に、殿下の見た目が大好きなんだから!!
というのを、三日前にやりました。
やらかしましたが、後悔はしていないわ。
そもそも、ヴィクトリアさんに誘われて王都のカフェに行ったら。
ゼア侯爵夫人にお会いすることになり、じっくりと観察されたあげく簡潔に、
「良いのではないかしら。今までの方とは違って」
と意味の分からないお言葉をいただき。
だまし討ちのようにして、そこから王妃殿下のもとに連れていかれ。
「ティアーナの手紙の通りね。良いと思うわ。とりあえず会わせましょう」
とやはり意味のわからないお言葉をいただき。
「どうか、困っているクライスを助けてちょうだい」
とまるでお願いのように、って何がどうなってるの!?
と考える間もなく、王太子殿下に婚約者候補の候補として引き合わされたので。
思いのたけを、一方的にぶつけてしまいました。
そして今、殿下の執務室で交流中。もちろん殿下はお仕事中。
ついでにあたしも、お仕事をさせてもらっているところ。データの取りまとめをね。
「で、君は何をしている?」
殿下が声をかけてくれた。嬉しい!
「殿下を、殿下のすばらしさを堪能させていただいておりました」
にっこり。ええ、わざわざ笑顔を作らなくても、あたしはご機嫌です。
「……仕事はどうした?」
「もちろん、こちらに」
仕事がひと段落付けば、殿下が見放題なんて、ここはまさに天国。
「驚いた、早いな。しかも、よくできてる」
嬉しい、これ、褒められたってことよね!
殿下が見放題な上に、お褒めの言葉までいただけるなんて、夢のよう。
さて、クライス様のお仕事もひと段落付いたようだから、休憩をはさみましょう。
その方が、効率がいいですからね。
侍従の方にお願いしておいた、お茶と簡単につまめるお菓子を持ってきてもらいます。
殿下は「必要ない」なんておっしゃるけど。
あたしの経験上、これくらいのタイミングが良いはずなのよ。
兄様が、殿下とよく似たタイプで、その仕事に付き合ってたからね。
そして結果は。
「お茶などいらないと思ったが、確かに悪くなかった。というか、効率が落ちなかった」
そうでしょう、そうでしょう。
そして殿下、すぐに効果に気づかれるなんて、すごい!
そしてあたしは、ほんの少しだけど殿下のお役に立てましたよね、とても嬉しいです。
「礼を言う」
「ありがとうございます!」
あんなに引いて、これは何の珍獣か!?みたいなお顔をされてたのに、そんなあたしにもお礼が言えるなんて、やはり殿下は素晴らしい。
今日は殿下とお会いする前に、執務室に来られる皆さんと交流中。
皆さん、殿下のこと大好きですね。
そして、さすが殿下、効率重視の実力主義を徹底されてますね。
というところで、殿下が来られました。今日もそのお姿を拝見できて嬉しいです!
さっそく殿下は部下の方の書類をご覧になり、
「良い案だ。すぐに取り掛かれ」
あ、殿下、それは待って。今もう、通常の勤務時間終わりそうだし。
さっき聞いたんだよね。その方、今夜は奥様との予定があるって。
あたしが口出ししてもいいかどうか迷うけど。回りくどく言うより、簡潔に。
「殿下、今すぐというのは、明日からでも可能でしょうか?
そちらの方、今夜は奥様との予定があると、伺いましたので」
殿下は、少し驚いたようにあたしを見て、
「かまわない」と。
部下の方はほっとされた様子。でもあたしはまだドキドキしている。
その後、恒例となりつつあるお茶の時間で、
「私はそういう点で気が利かないと思っていた。フォローしてくれて助かった」
との殿下のお言葉。
ふう、良かった。これはちょっと、余計なことと言われる可能性も高かったからね。
「どうした、いつものように、褒められたと喜ばないのか?」
殿下が不審そうにこちらを見る。
「その、それはですね。今回に関しましては、余計なことと怒られる可能性もありましたので。
口うるさいとか、口出し過ぎとか、嫌われるのはイヤだなあと」
「そもそも君の行動は、私の不利益にならないよう考えてのことだろう。それを嫌ってどうする」
感情よりも思考重視、殿下らしいけど。
「でも、嫌われたくないなって思うんです、殿下のこと好きですから」
「……見た目が?」
「はい、見た目が!」
いやホント、雰囲気が、仕草が、行動が、声が、言葉が、言葉に表れるその考え方が、理性的にあろうとされる中でそれでもにじみ出る感情が。
見た目に現れる殿下らしさが、もう大好きです!!
今日は、殿下から、執務室に来るようお声がかかった。嬉しい!
これまでは、王妃様に言われて仕方なくだったから。
たとえどんな理由があったとしても、嬉しい!
「急に呼び出して、悪かったな。」
いいえ、まったく、お気になさらないでください。でも、その一言が言える殿下が素敵です。
「君がこちらに来ない日でも、お茶の時間を取るようにしたんだが。
その時間に君がいてくれる方が、後で効率が上がることが分かった」
それは多分、会話することが、リフレッシュ効果につながっているんじゃないでしょうか。
これも兄様との経験上だけど、仕事とは関係のない、適度な会話が良いんじゃないかと。
その相手が、あたしである必要があるかどうかは、検証が必要だけど。
ということをお伝えしたら、
「なるほどな。では検証のため、こちらに来られるときは来てほしい」
とのこと。嬉しいです!殿下のご要望なら、
「毎日でも来ますから!」
なんて答えたら、殿下に引かれてしまった。
しかし、殿下はすぐに立ち直り、あたしの兄様のことを尋ねられる。
適度な会話の範囲内で、いくらでもお話しますけど。
殿下、順応が早いですね、このあたしに慣れ始めているなんて。
今日も、殿下のお茶の時間に呼ばれました。殿下の検証のためです。
何だって嬉しいけれど、実はあたしもひそかに検証中。
殿下、実は甘いものがお好きですね?
ずっと頭脳労働されてるせいもあるでしょうけど。
初めのころはストレートで飲まれていた紅茶が、今はミルクたっぷりで。
焼き菓子なども初めは仕方なく食べているだけだったのに、今はどれから食べようかちょっと迷われたり、そしてその一枚を味わって食べていらっしゃいますね?
何というか、殿下ってば、お茶目さん!
何てことをつらつら考えていたら、殿下が眉を寄せられて、
「君は今、何を考えていた?」
なんてお聞きになるので。もちろん殿下に嘘なんてつきません。
「殿下は、お茶目なところもおありになるのだなと、考えていました」
と答えたら。
あら、殿下が絶句されてしまいました。
「…………お茶目。私に対してその評価を下したのは、君が初めてだ」
あら!殿下の初めてをいただけるなんて、とっても嬉しいです。
「殿下はミルクティーの方がお好きなのですね。あたしもですけど」
会話が途切れる。いつもなら、何かしら反応してくださるのに。
顔を上げると、なぜか殿下があたしを見ていて。
「確かに私は殿下だろうが、効率の悪さを感じる。クライスと呼べ」
……今度はあたしが驚いた。というか、驚きすぎた。
今日はダンスの練習に呼ばれました。クライス様の練習相手としてです。
とりあえず、心の中でもクライス様と呼んで、あたしは舞い上がってます。
ですけれども。
「私以上にダンスが壊滅的とは、初めて見たぞ」
そうはいってもクライス様の場合、剣術は大丈夫なのだから、リズム感とかそういうのが苦手なのですよね、きっと。
私の場合は、体を動かすものがとにかく苦手。こればかりはしょうがないので胸を張っていいましょう。
「そうなのです。ちなみに乗馬も無理です」
「貴族に必須のダンスができないのを、これだけ堂々と開き直れるとは、いっそ清々しいな」
だって、無理なものは無理なのです。
そう考えると、やはりティアーナ様はそつがない。ダンスだって乗馬だって、それなりにこなされるのだもの。
もちろん、開き直るだけじゃなくて、対応策も考えてるのよ。
「第二王子殿下とティアーナ様が、ダンスをされたらよろしいと思います。」
「……確かに、できる者がすれば効率的で無駄はないが」
「その代わり、クライス様は簡潔なスピーチをされるということで、いかがでしょう」
「決まりだ」
さすがクライス様、判断が早い。
今日は、お茶会に呼ばれました。
そうです、執務中のお茶の時間ではなく、れっきとしたお茶会です。初めてです!
「シェルシーカ」
「はい、何でしょう!」
名前を呼んでもらえた、とりあえず嬉しい!
「いや、確かに君の名前はシェルシーカだろうが……効率が悪いな。シーカと呼んでいいか」
もちろんですとも。愛称で呼んでくださるなんて、空も飛べそうな気分です!
「ではシーカ、君に聞きたい。なぜ今まで、表に出てこなかった」
ふわふわした気分が一気に地面にめり込みました。
「あー、それはですね」
「君にしては歯切れが悪いな。待ってやるから話せ、全部」
効率重視のクライス様が待ってくれるなんて、嬉しい。でも、最後に全部って付け足すところが、効率重視のクライス様らしくてまた素敵。
でも、この辺が潮時かもね。
あたしがとある侯爵家の養女になって、王太子殿下の婚約者候補になることは、確定しそうだし。
その後、婚約者になることも、ほぼ決定しそうだし。
何しろどういうわけか、あたし、王妃様に気に入られたみたいだから。
王妃様が持てる力の全部を使って、後押しされているみたいなのよね。
だからクライス様、反対するなら、今しかないですよ?
「苦手なものが多いのです。ダンスに乗馬はもうご存じですね。
楽器の演奏もいまいちで。芸術の鑑賞はできますし、好きですけど。
マナーはぎりぎり及第点、でも、侯爵令嬢のようにはいきません。
そして容姿。自分で言っててむなしいですが、綺麗ではないし、可愛くもないので」
勉強的なこと、仕事的なことは、まだできるんだけど。
それ以外は苦手。そして、苦手を解消するのは無理だった。
あたしができることは多いけど、あたしができないこともまた多いのよ。
じっと聞いてくださるクライス様に、最後に伝える言葉がこれなのは悲しいけれど。
「こんな令嬢がそばにいたら、クライス様が不利になってしまいますから」
「君の行動の基準はそこなのか!?」
だいたいそんな感じですね。そしてあたしは、おおむね幸せです。
クライス様が嘆息される。
「ちょっとどうかと思う点もあったが、君が婚約者になるのはほぼ確定だ」
おや、クライス様には物好きなところもおありなのですね。あたしを婚約者にしようだなんて。
今日は、ティアーナ様のお見舞いということで、アレン殿下と共に、クライス様とあたしまで、ゼア侯爵邸を訪れています。
ティアーナ様は、見たところかなりお元気そう。
「ええ、体調はおおむね回復しております。ですが」
とティアーナ様がにっこり。
「出たくない催し物があるので、それまでは病気療養中です」
実に素晴らしい方法ですね。肯いて賛同します。
が、クライス様は額を押さえていらっしゃる。
「ティアーナ、君は変わらないな」
あたしが不思議そうな顔をしたからでしょうか、クライス様がわざわざ説明してくださいました。
「妃教育、ティアーナは、どれも、だいたい、こなせるんだ。その中で、各国の法律だったか、それの進みが悪いというので声をかけた。そうしたら何て答えたと思う?」
何となく、想像がつきますけど。
「“あまり興味がなくて”……やれば間違いなくできるだろうが!!」
ああ、クライス様の憤りも分からなくはないですけど。
詰まるところ、せっかくの才能が活かされなくてもったいないっていう。
でも、こういうタイプの方は、無理矢理やらせようとしても上手くいかないっていうか。
興味のあるものを好きにさせてあげた方が、結果的に良いと思うんですけどね。
「まあ、殿下はそのようにお思いだったのですか?」
ティアーナ様が少し首をかしげます。その様子を、アレン殿下がじっと見つめられて。
それを更に、あたしが見ている、と。
「分かっている。私のやり方では、プレッシャーにしかならなかったのだろう。実際、体調を崩したわけだからな。
だが、私としても、婚約者候補が一人しかいない以上、ティアーナが誰もが認めるような成果を上げておいた方が、王太子妃になったときに有利だろうと考えていたんだ。
ティアーナ、私は君が優秀であることを知っている。だが、君の見た目は侮られやすいからな」
悪く言えば、確かにティアーナ様の見た目は侮られやすい。だけど、気にするほどじゃないと思うんだけど。
それよりも問題は、ティアーナ様が驚いていること。クライス様のお気持ちを初めて知った、というお顔をされている。
そんなティアーナ様の手を、アレン殿下がそっと握る。
「ティア、兄上に心を移しては駄目だよ。あなたは僕の婚約者なのだから」
困ったような声色ですが、目が探るようにティアーナ様を観察されてますね。
対するティアーナ様は、きょとんとした表情です。
アレン殿下も安心されていますが、あたしも安心しました。ライバルは、できればいないほうがいい。
「アレン、余計な気を回さなくていい。
私にティアーナは合わないが、ティアーナにとっても私は無理だろう。
そもそもお前、ティアーナが欲しいなら、さっさと言っておけ!」
……内部情報が出てきました。
確かに、ティアーナ様の婚約者候補辞退と、第二王子殿下との婚約。あれはなかなか衝撃的だったし。
しかも今の言い方だと、クライス様もご存じなかったみたいだし。
そして、もう一つ。アレン殿下がティアーナ様を望まれたということ。
ここまでの観察結果に照らしてみても、アレン殿下がティアーナ様をお好きなことは間違いなさそう。そしてティアーナ様もまた、今の状況に不満はなさそう。
すごくほっとした。この辺がこじれてたら、どうしようかと思ってたのよね。
アレン殿下が苦笑する。
「兄上、僕の事情をご存じでしょう?
ティアには、王太子殿下の婚約者候補でいてもらったほうが、安心だったのですよ」
……更に、内部情報が出てきました。
アレン殿下には、婚約者を作れないような何か事情があった。
でも、侯爵令嬢であるティアーナ様を放っておけば、ほかの男に取られてしまう。
だから、ある意味誰にも取られない、王太子殿下の婚約者候補でいてもらった。
……もっと、ややこしい事情が隠れている気がするけど。
そのティアーナ様は何をされているかというと、まさにのんびりティータイム。
あたしと視線が合うと、にっこりとクッキーをすすめてくれる。
なるほど、あたしもティアーナ様を見習おう。
今は、気にしてもしょうがないことだもの。
……あたし、王太子妃とか、大丈夫かな、本当に?
「シーカ、どうした?」
急に、クライス様に声をかけられて驚いた。でも、あたしが答える前に、
「まあ、殿下が令嬢に気をつかわれましたの、初めて拝見したように思いますわ」
と、ティアーナ様が目を丸くされている。アレン殿下がそれにのる。
「ああ、本当に。兄上にそんなことをさせることができるとは、未来の義姉上はたいしたものだと、僕も思いますよ。
良かったですね、兄上、こんなに素晴らしい方と出会うことができて」
なぜかティアーナ様はにこにこされて。そんなティアーナ様の様子に、アレン殿下も嬉しそう。
対するクライス様は少々苦いお顔。
でも。
こんな表情の殿下を見たのは、初めてかも!何てレア!
この先の不安より、まずはこちらを目に焼き付けて、堪能しなくては!!
先のことは不安だけど、それでも。
不安になるそのたびに、何度でも、クライス様と共にいることを選べるように。