2人目・美少女転入生〈後編〉
いつまで、私は頑張り続ければいいのだろう。
馬鹿馬鹿しい。
そんなもの、自分で決めればいいこと。
誰かの要望を満たすために努力すれば、振り返ってみたときに虚しさしか残らない。
私は今、何のために努力しているのだった?
私はずっと、何を目指しているのだった?
私はずっと、何を願っているのだった?
子どもたちが、孤児院の子どもたち皆が、職に就けるようにしたい。それだけ。
いつできるのか、叶うかどうかもわからない、願いだけど。
例えば、私が殿下の側近になったところで、この願いはすぐに叶うわけじゃない。
どの道を選んでも長期戦になる。長い時間がかかる。
頑張りとか、努力だけでは、きっと続かないくらい先の見えない道のり。
途方に暮れてしまう。願いを諦めたいわけではないのに。
ふと、レナルド様の言葉を思い出した。
『君といたら、人生楽しい』
私にはよく分からない言葉、でも胸にのせられた重りが少し軽くなる気がするから。
だから、この先の人生をどんな風に過ごしたいのか、考えてみようと思う。
「忙しいところを、ありがとう。あなたを、アレン様に紹介しておきたかったの」
と、ティアーナ様がにっこり。
今日はティアーナ様と第二王子殿下のお茶会で、そこに私も参加していて、お茶菓子がとても美味しそう。
第二王子殿下は、穏やかに微笑んで腹黒、やり手の商人って感じの方ですね、官僚でもいい、うん、どちらも成功しそう。
「わたくしが、あなたの姉になるのね。
でも、どうみてもあなたの方がお姉様って雰囲気じゃなくて?何だか楽しいわ」
楽しい、ですか!?相変わらず、よくわからない感性をお持ちの方で。
どう答えたらいいか分からないですね。
王太子殿下がティアーナ様への対応に戸惑われていた気持ちが、分からなくもないほどには。
それにしても、このお二人。政略的な婚約のはずだけど、とてもそうは見えない。
お茶会も4回目くらいのはずだけど、これ、仲良しじゃない?
殿下は何かというと、ティアーナ様に触れようとするし。肩とか、髪とか、手とか、指とか。
それをティアーナ様も、自然に受け入れている、みたいだよね。
えっと、これって普通のことなの、どうなの!?
ああ、つまり、仲が良いですよって、アピールしてるってこと?
誰に?私に。私にアピールしておけば、学園に広まるかもってこと?
ティアーナ様がそれでいいなら、聞かれたらそう答えておきますけど。
当たり障りのない会話を3人でしていく。
私が持ってる情報なんて、たいしたことないし。
でもティアーナ様、王太子殿下といるときとは、ちょっと雰囲気が違う感じ。
そして私は第二王子殿下に、静かに観察されている感じ、害があるのかどうかその辺を。まあこれはしょうがない、今までだってそうだったから。
そのうち、殿下が退席されることになった。仕事の都合で、予定が早まったらしい。
名残惜しそうな殿下の様子は演技には見えない、私には。
ティアーナ様はというと、こちらもちょっと残念そう。
「もう少し、お時間大丈夫かしら?」
ティアーナ様に聞かれて、勢いよく返事をしてしまった。
聞きたいことがあったのです、だから。
まずは学園であったことを、お話しする。
ちなみに贈り物は、侯爵家のチェックに回っているところ。
呪いとかあったら、厄介なんだとか。その辺はわからなくもない。
商家も大きくなれば、用心が必要だし。でも呪いってところがお貴族様っぽい。
大体のところをお話しすると、ティアーナ様は首をかしげられた。
「婚約者候補を辞退すれば、それで終わりと思っておりましたけれど。
きちんと後始末を付ける必要がある、ということかしら?」
後始末というより、継続だと思いますよ。
それより、本題はここからです。
「ティアーナ様はご存じですか、スタン子爵家の令嬢であるシェルシーカ様を?」
ティアーナ様がはっとした表情で、私を見る。
「もしかして、あなた、彼女を引っ張り出せますの?」
まあ、つまりはそういうことなんですけど、話が飛躍しすぎでは。
「ええと、ティアーナ様も、ご存じなのですね?」
「直接お話したのは、一度だけ。噂を聞いていましたから、お会いしてみたかったのですわ。
下位貴族の令嬢や、庶民の女の子の味方、知恵を貸してくれると。
だから、わたくしの力になって欲しいとお願いしたのですけれど、目立つのは嫌だからと断られてしまいましたの。
そうですね、彼女は。一見そうは見えませんけれど、仕事ができるタイプ、だと思いましたわ。
機転が利いて、要領がよく、加えて人を使うのが上手いし、フォローもできる。
今は裏方にいるのがお好きなようですが、表に立つことも、きっとできるでしょう」
これは予想以上の好感触。
「もしも私の推測が当たっていれば、ですけれど。
学園でいろいろお話を聞いていて思ったのです。
学園で、ティアーナ様を支持している方は多い。それだけの力を持つティアーナ様を失ったのは、王太子殿下としては痛手ではないかと。
もちろん、ティアーナ様は第二王子殿下の婚約者となられましたから、完全に失ったわけではありません。また、王太子殿下もご自身の資質が認められていますから、その地位が揺らぐわけではないでしょう。
それでも、王太子殿下個人にとっては損失といえる部分があります。平たく言えば、王太子殿下は困っていると。
きっと、それで彼女は動きます」
「あら、では彼女のもう一つの噂の方、本当でしたのね」
ティアーナ様が目を丸くされる。
なるほど、ティアーナ様は噂程度にしかご存じなかったのですね。
下位貴族や庶民の学園生の間ではけっこう有名な話なんですけど。
ティアーナ様が紅茶のカップを傾ける。
「ええ、彼女なら、条件さえ調えばなれるでしょう」
そう、私もそう考えた。
高位貴族の令嬢は、ティアーナ様が支持すればきっとそれに従う。
だから、下位貴族の間で信頼を勝ち得ているシェルシーカ様なら、ティアーナ様の支持を得れば王太子妃も可能なんじゃないかと。
だから提案してみた、でも。
「私は、ティアーナ様が王太子妃にふさわしいと、思いましたから」
全部が自分のせいだと思っているわけじゃない。
でも、私が学園に来たせいで、ティアーナ様が婚約者候補を辞退することになったと、言えなくもない。
そんなこと私の知ったことじゃない、でも、すべてをそれで割り切ることもできなかった。
誰もが私を幸運だという。私を頭がいいという。美人だという。
誰もが私を恵まれているという。
だから、期待に応えて当然だと。だから、頑張るのが当然だと。
だから、やっかまれても当然だと。だから、簡単に幸せになっては許さない、と。
いや、きっとティアーナ様はそんなこと言わない。
でも、ティアーナ様の努力が無駄にならない方法はないかと、考えてみずにはいられなかった。
ティアーナ様が認め支持する方なら、きっとティアーナ様が積み重ねられたものを大事にしてくれるはずだから。
ティアーナ様が笑われる。珍しい、苦笑だなんて。
「そうなの?でもわたくしは、あなたが王太子妃にふさわしいと思いましたわ」
思わず紅茶を吹き出しそうになって、ナプキンでおさえる。
「マジですか?無理ですってば、私には、王太子殿下のお考えとかさっぱり分かりませんよ!」
本当にどうして。
「ティアーナ様のほうが、よほど殿下のことを理解されているのに」
ティアーナ様が小さく声をあげて笑う。
「そう見えましたか?
わたくしにとって婚約者候補というのは、侯爵令嬢としての仕事でしたから。
それは、王太子殿下も同じです。
ただ、王太子殿下にとっては、結婚も仕事とお考えのようでした。
ですが、結婚を仕事と考えることは、わたくしにはできなかった。
半分仕事であっても、半分は違うものであってほしかった。
たぶん、そういうことなのです」
それでも私は、ティアーナ様が積み重ねられてきた努力を思わずにはいられない。
「あら、もしかしてわたくしのこと、気にしてくださるの?
わたくしは、王太子殿下の婚約者ができる、と思ったことはありません。
でも、アレン様の婚約者なら、できそうだと思います。その先にある結婚も。
だから、あなたも幸せになって。
あなたが幸せになってくれたら、わたくしも嬉しい」
なぜだろう、ティアーナ様の言葉が、すっと胸に入っていったような気がした。
学園の隠れ家スポットの四阿で、レナルド様を待つ。
レナルド様の言葉を考えて。
そして、ティアーナ様の言葉も考えて。
私は、幸せになってもいいんだ。
そんな言葉が思い浮かび、私は一つ決心した。
これほどの一大決心をしたのは、人生初めてだと思う。
いつもの調子でやって来たレナルド様にそれを伝える。伝えてみる。
「あなたの言葉をずっと考えていたんです。それで。
私も、そうできたらいいなと、思うようになって。
あなたと一緒なら、これからの人生楽しそうだなと、そう思って」
何とか、ここまで言えた。
レナルド様はそんな私を、これ以上ないくらい真剣な顔で見つめてくる。
「俺はもう聞いてしまった。前言撤回は、できないよ?」
望むところです、と言いたかったけど、私にできた行動は、肯くだけ。
恋する乙女なんて言葉、自分には似合わないような気がするけれど。
そして、3日で話がまとまった。
ウソ?早くない?お貴族様って、もっとゆっくりじゃない?
ちなみに、侯爵様はご機嫌だ。
大商会とのつながりが欲しかったそうで、お褒めの言葉をいただいた。
別に、侯爵様のためではなかったのだけど。まあ、いいか。
そんな私に、いつもの四阿で、レナルド様が言うことには。
「安心してよ、結婚までまだ3年はある。
まずは、俺が婚約者ってのに慣れて。君のゆっくりさに合わせるからさ」
……何でしょうね、その上から目線。その余裕さ。
これは、頼もしいと喜ぶところ?それとも、偉そうとムカつくところ?
それとも、いっそ恋物語でも読んでみたほうが良いってこと!?
「ごめんごめん。ほら、眉間をそんなにしないで。
君を馬鹿にするとか、そんなわけない。君に嫌われたくないんだって。
それに、俺は今すごく浮かれてる。君を婚約者として捕まえることができて」
……さすがに目を合わせていられなくなって、体ごと向こうを向く。顔が熱い。
そうしたら、後ろから抱きしめられた。
えっと、これ抱きしめられてる状態よね、私のゆっくりさに合わせるって話はどこ!?
「もともと、根回しはしていたけどさ。
それでも、できる限り早く婚約者になれるよう、俺、頑張ったんだよ。
なぜかわかる?」
答えに詰まった私に、レナルド様の小さく笑う声が聞こえた。
「好きだよ、トリア」
この人の言葉を受け入れることは、まだ難しい。
でも今は、今少しくらいなら、このままでいても、いいのかもしれない。
始まりは孤児院だった。
商家に引き取られると決まったとき、驚いた。
その商家の養女になると決まったとき、驚いた。
男爵様の養女になると決まったとき、驚いた。
侯爵家の養女になると決まったとき、驚いた。
でも、今が一番驚いてる。
私に婚約者がいる。言うなれば青天の霹靂。
でもまあ、いいか。その先にあるものが、何だか楽しそうな気がするから。