2人目・美少女転入生〈前編〉
出発は孤児院から。
6歳で、有難いことに領都一番の商家に、働き手として引き取られた。
そして、なかなか優秀だと家庭教師を付けられ、養女になることになった。
その後、領一番の学校で優秀だと、領主の男爵様から声をかけられた。
男爵様のご要望は、王都で学び領地の発展に貢献してほしいとのこと。
何の因果か、男爵家の養女になり、王立学園で学ぶことになった。
そして今、目の前には侯爵様がいる。いったい何の冗談でしょうね、これは。
「ほう、なかなかのものだな。ティアーナより、よほどドレスを着こなしている」
何を言っているんでしょうね、このおじさんは。意味不明なことを。
もちろんこの口はそんなことを言ったりはしないので、代わりに、
「恐れ入ります」
と貴族令嬢の礼を取る。マナーは必死に学んだから。
「さてヴィクトリア、君は、わが侯爵家の養女となることが決まった。
君は優秀だと聞いている。学園で存分に学びなさい。
身の振り方は、学園卒業までに考えればよい。まずは、この生活に慣れなさい。
男爵家や、出身の商家のことが気になるならば、支援しよう。
何か質問はあるかね?」
いえ、要点を押さえた説明、分かりやすかったです。
「ご配慮、ありがとうございます」
それに何より、質問できるほど状況を把握できていませんから。
でも、侯爵様は満足そう。
まあいいか。お貴族様が何を考えているかなんて、私にはよくわからないのだから。
結局、1か月ほど学園を休むことになった。
そして今日は養女となって初めて学園に行く日、なわけだけど。
やはり、周囲がざわついている。でもこれは、しょうがない。
今までだって、商家の養女になったときも、男爵様の養女になったときも、そうだったから。
教室に向かっていると、伯爵家か侯爵家かって感じの令嬢がたが、近づいてきた。
思わず身構えてしまったけれど、まったくの杞憂で。
私は知らなかったけど、ティアーナ様を支持する方たちのよう。
そして、放課後のティーサロンに誘われた。
ティーサロンは、カフェと違って令嬢のみの交流の場。
私、大丈夫?まあ、行くしかないのだけど。
「一番に、あなたをお誘いできて良かったわ」
「ええ、これでティアーナ様にも安心していただけるはずよ」
「あなたも、安心なさってね」
放課後、三人のご令嬢に囲まれながら、私は困るしかない。ちょっと意味が分からないですね。
「男爵家の令嬢として、こちらに来られたばかりでしたものね」
「分からなくて当然だわ。説明させてくださいませね」
「貴族には派閥があります。何となくお分かりになるかしら。ええ、何となくで、けっこうですわ。
今というか、この前まで、この学園で最も力を持つのは。
王太子殿下の唯一の婚約者候補であるゼア侯爵家のティアーナ様。
そして、王妃殿下のご実家となるトラン侯爵家のエカテリーネ様。
このお二人だった」
「ええ、本来ならば、学園で派閥争いが起こっても、おかしくなかったの。
でも、ティアーナ様が、それを望まれなかったのですわ」
「エカテリーネ様を立てつつ、でもご自身は王太子殿下の婚約者候補として、とてもうまく調整されましたの」
「これ、すごいことですのよ。
わたくし、姉から聞いておりますけれど、学園で派閥争いが起こると、それはもうギスギスした雰囲気になるそうですわ。ストレスで、学園に通いたくなくなるくらい」
「わたくしも叔母から聞きましたわ。仮病で休む令嬢が続出したとか。
だから、わたくしたち、多くの令嬢たちが、大きなストレスなく学園に通えることは素晴らしいことだと思っております」
「ティアーナ様のおかげですわ。
それは、王太子殿下の婚約者候補を辞退された今も、変わっておりません」
「だから、ティアーナ様が侯爵家の養女にと望まれたあなたのことを、わたくしたちは守りたいと思っておりますの」
「学園で最大の規模となるティアーナ様を支持する会、その代表であるわたくしたち3人があなたに挨拶したこと、皆知っておりますわ」
「ですから安心なさって。小さな嫌がらせは、あるかもしれませんけれど」
そんな事情があったとは、全然知らなかった。貴族のお嬢様もいろいろ大変なのね。
「詳しい説明、ありがとうございます。
そして、私にも配慮していただき、本当に感謝いたします」
これはもちろん、心から感謝させてきただきますとも。
そこで、ご令嬢がたが顔を見合わせる。何でしょうね?
「では、もし差し支えなければ、ティアーナ様にお見舞いの品を、渡していただけないかしら」
一人が私のほうに身を乗り出し、声をひそめる。
「ティアーナ様の病気療養が建前であること、噂になっております。けれど。
わたくしたち、心配なのです。」
「侯爵家、伯爵家のお見舞いとしてではなく、わたくしたち自身がお渡ししたいのです」
「届けていただけまして?」
ええと、あれだ、この1か月で学んだことによると。
「侯爵家のチェックを受けることになると思いますけれど、それでもよろしければ」
令嬢がたが笑顔になる。
「ええ、もちろんですわ」
「ではこちらを、ティアーナ様がお好きな紅茶ですの」
「紅茶を楽しまれるくらい、回復されることを祈って」
それは同意します。早く元気になられるといい。
「承りました」
「では、わたくしたちはこれで失礼しますわ」
「でも、あなたはもう少しこの場にいた方がよろしくてよ」
「あなたに話しかけたい令嬢が、待っているから」
そうなの?全然、気づかなかったけど。
そしてそれは本当だった。1人のご令嬢がこちらに歩いてくる。
どうやったら分かるのか、実に謎ですね。
「初めまして。わたくしは南の辺境伯家のルルーカ。
東西南北の辺境伯家の代表として参りました。少し、お時間をいただけますか」
もちろん、
「はい、喜んで」
としか、言いようもないんだけど。
「ありがとうございます。
実は、ティアーナ様にお渡ししていただけないかと思いまして。こちらです」
何でしょうね?
手のひらで包めるほどの大きさの、薄桃色の、石のような、あるいは化石のような。
「わたくしの領地で取れる鉱物。幸運をもたらす守り石、とも呼ばれています。
以前ティアーナ様にこの石についてお話ししたところ、興味をお持ちのようでしたので」
ルルーカ様が、まっすぐ私を見つめる。
「王妃殿下が、王都周辺の貴族を重要視したために、国境の守りの要である辺境伯家との関係が微妙なものになりました。
学園内でそれを取り戻そうと働きかけられたのが、ティアーナ様なのです。
今ちょうど、辺境伯家の子息令嬢が学園にいることも幸いしました。
ティアーナ様が婚約者候補を辞退されたことは、本当に残念でなりません。
ですが、このつながりは切れたわけではない。
わたくしたちはティアーナ様との関係を続けていきたいと望んでいます。
もちろんこれは、まだ決まってはいませんが、王太子殿下の新たな婚約者をないがしろにしようというものではありません。ただ、」
ルルーカ様が、意味ありげにこちらを見る。
「ただ、ティアーナ様はすでにお気づきのことでしょうが、ティアーナ様が支持された方が、王太子殿下の婚約者になられたほうが、いろいろと滞りがないでしょう」
……私はどうすれば良いのでしょうね?
さすがに私でも気づくよ、これ。伝言するようにってこと?
伝言することが良いのか悪いのか、私にはわからないけれど。
「私たち、ティアーナ様にお世話になった、子爵家、男爵家令嬢の代表として参りました」
「ティアーナ様に何かお聞きになられていたりは?」
次はこのお二人だった。やっぱり、何が何だかわからないところからスタートですね。
「いいえ、そのようなことは」
私がティアーナ様にお会いできたのは、2回だけの短時間。
ティアーナ様、ようやく動けるようになったって話だし。
「では、少し説明させていただいても、よろしいかしら?」
「子爵家、男爵家では、学園で結婚相手を探すように言われることもありまして」
ええと、貴族のお嬢様といえども、結婚事情は様々、という理解で合ってます?
「ですが、そう簡単に見つかるものでもありません。お相手の事情、こちらの事情、メリットデメリット、釣り合いなど、まあいろいろあるのです」
うんうん、そうかもですね、商家どうしの結婚でもいろいろあるし。
「それで、図々しいとは思いましたが、ティアーナ様にお願いをしてみたのです。
子爵家や男爵家の領地のピーアールと特産品の紹介ができる場を、設けてはいただけないかと」
「表向きはティアーナ様にご説明する場として、もう一つの理由はお見合いの場として。
おかげさまで私、意中の方との婚約が叶いました」
「私は願っていた方とはご縁がなかったのですが、それに参加したおかげで別の方から婚約の申し込みがありまして」
「私たちだけではありません。良縁に恵まれた令嬢が何人もいます。そのお礼の気持ちも込めまして、ティアーナ様に、お見舞いの品を届けていただけないでしょうか」
「ティアーナ様は物語がお好きだとお聞きしているので、こちらの栞を」
ちょっと興味を惹かれる。侯爵令嬢に贈る品って、なかなか難しいと思うんだよね。
高価な品というのは、時として装飾過剰になって、実用性を失ってしまう。そのバランスが難しい。
でも、この栞は良いね。あからさまに高価なものではないけれど、質の良さはわかる。そして、可愛らしい装飾と使いやすさを兼ね備えている。
「とある子爵令嬢の知恵をお借りしましたの。実は、お見合いの発案も彼女なのです」
「でも、これは内緒にしてくださいね、彼女が嫌がるかもしれないから」
あ、それ、たぶん彼女のこと。
私が学園に来てすぐ教えてもらった、困ったら頼ったらいいと、庶民だったらきっと手を貸してくれるからと。
一度、嘘の情報を教えられて学園内で迷っていた時、助けてもらった。
次にやって来たこの子なら知っている。王立学園に通う庶民仲間というか。
確か、お名前はミーナさん。頭もいいけど、珍しい属性持ちの魔法使いって話だったはず。
「本読み仲間といいますか、ティアーナ様に、市井の恋物語をおすすめしていたんです。
なので、本を届けていただけないでしょうか」
ティアーナ様、交友関係が広いですね。
「それとこれを」
本の間に手紙らしきものがはさまっている。普通に渡すんじゃダメってこと?
ミーナさんが声をひそめる。
「トラン侯爵家のエカテリーネ様からです。
エカテリーネ様も同好の友なのですが、貴族の交友関係って面倒らしくて。
あからさまに仲良くすることが難しいそうです」
ティアーナ様、本当に交友関係が広いですね。
「そういえば、ヴィクトリアさんもいかがですか。おすすめがあるんです。
不遇な境遇の女の子が、頭の良さと美しさを武器に、イケメンたちを従えて女帝になるんです!」
……今流行ってる恋物語って、そんな話だったっけ?
読まないから知らないけどでも、そんな話ではなかったような気がするんだけど!?
声をかけてくる令嬢が途切れたところで、ティーサロンを抜け出した。
そして、学園内の隠れ家スポットへ。
庭園の中にある小さな四阿だけど、この場所のこと、知ってる人少ないんだよね。
さすがに疲れたから、一休みしたい。
でも、頭の中では聞いた話が渦を巻いている。
つまりこれは。ティアーナ様、婚約者候補として優秀ってことじゃない?
でも、そうなるとわからない。どうして、婚約者候補の辞退を引き留められなかったのか。
でも、もっとわからないことがある。
どうして、ティアーナ様自ら、辞退の方向に働きかけられたのか。
こんなにもティアーナ様は頑張ってこられたのに、たぶんずっと。
私のことじゃないのに、でも、胸に苦しいほどの重りがのせられている感じがする。
「ヴィクトリア、やっぱりここにいたのか」
残念、見つかった。でもこの人で良かった。この人と話すのが、一番気楽。
同じ庶民でも、魔法使いは無理。あれは意味がわからない。
「殿下に言いつけられた視察から帰ってみれば、これかよ」
側近の一人である、レナルド様がぼやく。
王太子殿下は側近の方々には容赦ないからね。それだけ能力が見込まれているんだろうけど。
「タイミングが悪いな。でも、今を逃すと、ますます言えなくなりそうだ。」
レナルド様がまっすぐに私を見る。何でしょうね?
「君に求婚するよ」
………………キュウコン!?意外過ぎる言葉に、頭の中が真っ白になる。
そんな私に、レナルド様が言うことには。
「何というか、男と付き合うとか、婚約とか、結婚とか、君は考えたことなさそうだよね」
ええ、ええ、そのとおりですよ。そんな、ずっとずっと先の話。
「まあ、それだけが幸せの形じゃないけど」
レナルド様がじっと私を見る。
「一応、言っておく。君が侯爵家の養女になったから、求婚してるわけじゃない。
ずっと、考えてた。できれば、信じてほしい。
今ここで求婚して、君の信用をなくすくらいなら、視察に行く前に求婚しておくんだったと、もの凄く後悔している。
でも今伝えなければ、それこそ侯爵家目当てに君に求婚してくる輩と同じになる。それはご免だ」
私に結婚の話?
「侯爵様からそんな話はきいてないですけど」
「間違いなくあるよ。知らされていないだけだ」
断言されてしまった、マジですか。
「何て言うかな。君が頑張ってきたことは、見ればわかるよ。何か望みがあるんだろうなってことも」
思わず、見返してしまった。私、そんなに分かりやすい!?
「君は、勉学も、マナーも、難なくこなしているように見えるから。気づいている人は少ないよ。
もちろんこれは、俺は気づいてるっていう、分かりやすいアピールな」
……それは、どうも。
「わあ、眉間をそんなにしないでって。
俺は君に求婚をしている身なんだから、良いところを見せたいんだってば。だから。
君の気を引くには、君の願いを叶える、もしくは叶える助けをする、っていうのが、一番なんだろうけどさ」
けれど?
「君と一緒にいたら、人生楽しいだろうなって、思ったんだ」
…………予想外すぎる。
「楽しい、ですか? 私と一緒にいて?」
とても信じられませんね。
私と一緒にいて楽しいということも、楽しいから結婚したいという理由も。
彼の表情がどこか面白そうなものに変わる、興味深い商品を見つけたときみたいに。
「へえ、自分じゃ分からないんだ」
ちょっとムカつく。その価値がわからないなんて、と言われてるようで。
ムッとしたのが伝わったのか、笑われてしまった。
でもイヤな笑い方じゃない。むしろ愛情のこもった……
それに気づいたら、どうしたらいいか分からなくなって、仕方なくそっぽを向くことにした。
「待って、待って、俺を見限らないでよ。話すからさ」
レナルド様の声がちょっと本気で慌てている。マジで?
「例えば君は、殿下と話していようと、町の子供と話していようと、態度が変わらないんだよ。
商人の目線っていうかさ。客という意味では、殿下だろうと、町の子供だろうと、皆同じって感じ。
君は気づいてないようだけど、それってすごいことなんだよ?」
それの何がすごいというのか、よくわからない。さっぱりです。
でも、からかわれているわけでもなさそうだし。
「マナーは合っているはずです、殿下とお話するときは」
また笑われてしまった。
「マナーは完璧。だからかな、余計に伝わってくるんだよ。俺もう、楽しくてたまらない」
「私はむしろ、殿下のほうがわけがわからない。あれはないと思いますが。
婚約者候補であるティアーナ様には事務的な態度なのに、私にはあのように褒めるとか。
例え候補であろうと、誠実に対応する必要があるのでは?」
「そうそう、そういうところだよ。
でも、殿下のために弁明しておく。殿下は、君を人材として勧誘していただけだ。
それは分かるだろ?」
それは確かに、そうなんだけども。
「君の目線は、とてもフラットだ。だから当然、物事の解釈もそうなる。
殿下にとって、それがどれほど魅力的か、俺にはよくわかるよ」
私には、わからないですけどね。
「あなたには、わかると?」
「そうだよ、殿下とは逆の立場としてね」
レナルド様が笑う。いつもとは違う笑い方で、ちょっと驚いた。
いつも飄々としているこの人が、高位貴族に囲まれても臆することなく自分の立場を確立しているこの人が、それでもこんな、自嘲することがあるのかと。
「ああ、今ので、わかっちゃった?
周りが貴族だらけの中に、庶民が1人。王都で3本の指に入る大商会の跡取りでも、庶民は庶民。商会がこの国の経済にどれほど影響を与えるようになってもな。
くだらない、でもこの閉塞感から抜け出すこともできない。
そんな顔しないでよ。単なる愚痴だ。情けないことを言ってる自覚はある。
今はまだいいけどね。君のそういう雰囲気が、きっと貴族社会になじめない。
だから殿下は、君を側近にして、存分に君の能力を発揮できるようにしたかったんだよ。
もちろん、多少のやっかみが出るのは仕方がない。
でも、殿下の側近ということになれば、さすがに安全だし、君の能力を最大限活かせる」
……はて、求婚の話だった気がするけど、いつの間にこんな話になったのか。
レナルド様が時間だと立ち去る。
残されたのは、私ひとり。
ふと、思った。
私はいつまで、頑張ればいいのだろう。
誰もが、私を幸運だという、だから期待に応えなければならないと。
商家の旦那様の期待、奥様の期待。
男爵様の期待。
侯爵様の期待。
殿下の期待。
胸に苦しいほどの重りがのせられている感じがする。
私は、いつまで頑張り続けなければ、ならないのだろう。