7人目・とある男爵令嬢〈前編〉
学園に行っている次期領主から手紙が届いた。
届けてくれたのは、王都から帰ってきた騎士君。
その場で手紙を開封して、要件を確認する。
“情報に感謝する。求婚して了承を得た。相手は聖属性持ちのミーナだ”
全力で、叫びたくなるのを我慢した!!!
どうして、こんなことに?
これってゲーム的にどうなの?
私、やらかしちゃった?
えっと、どうしよう、責任とれる?
って無理でしょ!
……匙を投げよう。
無理無理無理無理、もうどうしようもない。
私にできることはもう、ない。
よし、それでいこう!
と顔を上げると、あ、騎士君に観察されていた。気づかなかったなんて、ちょっとばかり恥ずかしい。
気になってる人だから、なおさらね。
「魔導具士、エデルトルーア殿」
実に真面目に、いや真面目さを通り越した真剣な表情で騎士君に名前を呼ばれる。
騎士だけど一見細身で知的、どちらかというと参謀系、でも強い。
好みのタイプのそんな表情が見られるなんて、ラッキーだし眼福だけど。
「やはり貴女は次期領主様のことが……」
そのセリフ、あとに好きだったなんて続きそうだけど。ないない、それはないってば。
「では、なぜそんなにも動揺されたのですか!?」
っていつの間に、これほとんど壁ドン状態じゃない?
次期領主であるロイ君の、右腕である騎士君に容赦なく見下ろされる。
いや、あの、その、ちょっと前世の記憶が~なんて言えないし。
次期領主は雇い主。
この世界において、ちょっと外れ気味な私の能力を認めてくれる、理想的な雇い主。
私のおもしろ楽しい毎日のために、私の快適な生活のために、協力はもちろんするけれど、恋愛感情はない。
だいたいロイ君は17才だっけ。私はそれより10才年上。私の許容範囲からは外れている。
「お互いそんな気はありませんよ。ロイ様がここに来ていた一番の理由は、息抜きでしょう。
ロイ様にとって私は、気をつかう必要も、気を張る必要もない部下ですからね」
ん、我ながら的確な表現だ。
しかし、騎士君の視線はまだ鋭い。
「貴女は少々、常識から外れたところがおありなので、諸々気にしないかと」
「安心してください、気にしますから」
「貴女の魔導具を見る限り、とてもそうは思えませんが」
……。
いいんだ。
私は転生者。
私にこの世界の基準は当てはまらない。
私の作った魔導具がちょっと……かなりアレでも、それはしょーがないことなのさ!
とはいえ、この騎士君もな。
その私の魔導具の使い道を、私ですら思いつかなかったようなやり方で使ってくれたりするからな。騎士君も十分常識外れ。
ま、有能で真面目、それでいて発想が柔軟。それくらいでなけりゃ、次期領主の片腕なんてやってられないか。
なにしろ、変人と評判のこの私とも会話できちゃう人だしねえ。
しかし、私自身が変人と称されるのは甚だ遺憾だ。
私は、至極真面目に転生者暮らしをしているだけなのに、さ。
何か世の中を変えようとか、そんな大それた望み、持っちゃいないってのに。
……で、騎士君はいつまで壁ドンをやってるつもりかな!?
騎士君は再び、これ以上ないくらいの真剣さで私を見下ろしてくるけどさ。
「では、私は貴女に結婚を申し込みます」
…………………………………、へ?
「そんなに、驚くようなことでしたか?それとも、私のことは眼中にないと?」
好みのタイプの、憂いと悔しさが入り混じって、抑えようとしても抑えきれず、表情と声ににじみ出てしまっている、そんなのが見られて眼福だけど。
逆だ、逆!!
憎からず思っていた相手にそんなこと言われて、舞い上がってるってば!
よって。だから。なので。
「お友達から、お願いします」
と丁重に頭を下げたところ、騎士君が重々しく肯いた。
「貴女のお気持ちはよくわかりました。
では、結婚前提のお付き合い、婚約者ということでいかがでしょうか」
……コイツ、人の話を聞いてたか!?
2段階、いや20段階、飛躍しただろ!?
騎士君が実に真面目な表情で私を見下ろしてくる。
いや、何だろうな、相手の本気がこれでもかと伝わってくる。
いや、だからどうして私相手に!?
「適齢期の男女があいまいな関係のままですと、貴女の名誉に傷がつきます。
そのようなこと、許せるはずがありません」
真面目な君がいうと、その誠実さが伝わってくるよ。
結婚するには間違いなく優良物件だね。
でも、適齢期ってのは言いすぎじゃないかな?
騎士君は25才で男なら十分適齢期だけど。27才の私は女の適齢期を外しまくっている。
……いや、うっかりそのあたり前世の気分でいたら、気づいたときにはすっかり過ぎてた。
魔導具作りにハマってただけから、別に不満はないんだけどさ。
実のところ私って、隣の男爵領の三女だったとしても、さ。
とりあえず話を元に戻そう、脱線しすぎだ。
事の発端は、騎士君が持ち帰ってきたロイ君からの手紙。
その手紙には、“あの”ヒロインちゃんを伴侶として、ここ北の辺境伯領に連れて帰るから、彼女が憂いなく快適に過ごせるよう今から私に準備してほしい、との旨が記されている。
確定か!!!
ああもう、何がどうなってこんなことに。
私はただ、学園に来る魔物討伐に有能な人材として、そろそろ聖属性持ちが現れるんじゃないかな、確かコルト男爵領出身の、という情報をロイ君に話しただけだぞ。
仕方ない、騎士君から情報をもらおう。
「私のことはともかく。ロイ様の件についてお話いただけますか、カーティス殿?」
「もちろんです、エデルトルーア。貴女は私の婚約者ということでよろしいですね?」
……まだ了承してないってば。
騎士君の話からわかったことは。
私のテキトーな情報を聞いたロイ君は、学園で会うよりも先に聖属性持ちと接触しようと、王都に来るまでの道筋を推測し向かったらしい。その途中、たまたま盗賊に襲われている馬車があったので助けたらそこに聖属性持ちがいて、何かうっかり二人は出会っちゃったと。
ソレハ、ワタシノセイジャナイ。
きっと天の配材に違いない。少しは……、私のせいかもしれないが。
「ロイ様は彼女をこちらに連れ帰るべく、求婚前から、日夜着々と手を打たれまして」
ロイ君、頑張ったんだなあ。きっとヒロインちゃんの知らないところで、根回しとか、牽制とか、そんなヤツ。
騎士君が淡々と続ける。
「ロイ様は、彼女をさらって監禁でもしたいご様子でしたが」
……ちょっと待て!いきなり話が可笑しな方向にねじれたよ!
ヒロインちゃん大丈夫?私、助けたほうがいい案件?
「もちろん、冗談ですが」
……真面目な君が言うと、冗談にきこえないから。
「ああ、ご安心ください。私にはそのような趣味はありませんので。
どちらかといえば、追いかけたくなるだけで」
……ええ?
「もし貴女に逃げられたら、地の果てまで追いかけたくなりますね。
もちろん、冗談ですが」
……何でだろうね、本当に冗談にきこえないって。
まあ、それ以前に、地の果てまで追いかける必要はないよ。
私には、地の果てまで逃げられるような体力はないからね。
「話が長くなりますから、お茶を淹れましょう」
と、騎士君が簡易キッチンに向かう。
有難いけど、ここは私の工房アンド研究室。勝手知ったるなんとやら、にしても慣れ過ぎ。
騎士君がこっち、北の辺境伯領に来てもう1年半か。
学園に通い始めたロイ君が、有能だとどこからか引き抜いてきた子爵家次男。
そんな騎士君は、あっという間にロイ君の右腕に収まった。
私とロイ君との連絡役も引き受けて、私の好みのお茶も、私の生活パターンもだいたい把握されている状態。
その方が仕事がスムーズだろうから、まあいいけどね。
しかし騎士君の態度は崩れないな、最初から。私が次期領主の専属魔導具士ということを差し引いても、私に対して礼儀正しく真面目。
ということは今日が初めてか、意外な一面を見たのは。
私がいつもの椅子に座っていると、騎士君がマグカップを渡してくれる。
ん、いい香り。
騎士君もマグカップを手に向かいの椅子に座り、いつもの仕事と同じように話し始める。
「報告を聞いた限りでは、あれは単なる一目惚れでしょう。
そのお相手が、ロイ様の見た目と言動にひるむことなく好意的とは、奇跡としか言いようがありません」
……奇跡とまでいうか。
しかし否定できない。ロイ君、仕事はできるし人柄だっていいのに、見た目と普段の言動がアレだもんねえ。
「それでも緊急案件と言えましたので、私も王都に行ってきましたが。
わが主があそこまでヘタレだったとは、予想外でしたね。
それでもヘタレなりに、涙ぐましい努力をなさいまして。
むろん、わが辺境伯家の死活問題である次期領主の結婚を後押しすべく、部下達もフォローをしておりますが。
こちらの希望としては、何でもいいので理由を付けて彼女をこちらにお呼びして、王都には返さず、すぐにでも結婚していただきたいくらいですが。
さすがにそれは無理でしょうから、王都に帰りたくなくなるぐらいの歓待、もしくは既成事実を」
待って、待って、待って!
コイツの言動は、どうしてそんなに不穏なわけ!?
「彼女、ミーナさんだっけ。
聖属性を使いこなせるようになるまで、時間がかかるはず。すぐに習得というわけにはいかない。
我々にとって、それがあった方が便利でしょう?
それに彼女がこっちに永住するなら、次期領主の嫁としても、聖属性の使い手としても、大歓迎されているという状況のほうが、より逃げにくい。
しかも彼女は優秀だそうだから、その間、学園で学ばせた方がいい。
そうだね、通常通り3年は学んでもらいましょう。
彼女の性格はいい子のようだから、間違いなく我らが領地の役に立ってくれる。
問題があるとすれば、ロイ様と卒業の時期がずれることだけど。
現当主が健在な今、ロイ様が学園に4年通っても問題ないでしょう。
ええ、ロイ様には、辺境伯家と王家の関係改善を担ってもらう。
もちろん、ミーナさんに悪い虫がつかないよう、護衛と番犬も兼ねて」
とりあえず、こんな感じの提案で私ができる最大限のフォローをしてみたから、学園は卒業できるように。
だからヒロインちゃん、逃げられないので、ここは覚悟を決めてちょうだい。
そのかわり、これからも私にできるフォローをしよう。
なので、どうか、やっかいな男に情報を渡してしまった私を恨むことなく、この北の辺境伯領で末永く幸せに暮らしてください。
ところで。
「貴方だって、これくらい考えていたでしょうが」
騎士君が笑みを浮かべている。
あ、まさか、コイツ。私がヒロインちゃんの味方になるかどうか試したな!?
とりあえずロイ君の話はまだ途中。質問を続ける。
「ロイ様とミーナさんのこと、一応確認しておくけど、貴方は反対しないの?」
「当然です。あのロイ様を受け入れることができる方など、並大抵の女性では無理です」
どっちをディスってるのかな?
「それに、ロイ様は人材を大切にされる方ですから、無茶なことはされませんが。
しかし万が一のときには、ご自身の命を捨ててでも、辺境伯領を守ろうとされるような危うさがありました。が、それでは困りますので。
それほど大切な方ができたのなら、どんな状況にあっても生き残ろうとされるでしょうし、私としても、そちらに誘導しやすくなりますから」
ふと、騎士君の眼差しがやわらいだ。
「ですが、ロイ様は本気 ですよ。庶民の彼女が心無い悪意にさらされないよう、最大限の環境を作り上げるつもりですね。
そして、それが整わないなら求婚の資格なしとでも、思われていたようでしたから。
ただ、それを差し引いてもヘタレでしたが」
……主に向かって容赦ないな。
そんな騎士君がマグカップを机に置く。
「今度はこちらから質問を。ロイ様と彼女のこと、貴女は反対しないのですか?」
まさか。
「ロイ様が辺境伯領の守り手としてどれほどの重圧を抱えているか知っているので。
彼女に聖属性があろうがなかろうが、ロイ様が望まれた方なら望みを叶えてあげたいですよ」
彼女も了承したならなおさらね。
再び騎士君が笑みを浮かべる。
なるほど、私がロイ君に恋愛感情がないことも再確認したかったわけだ。
まったく一筋縄ではいかない。ま、いいけどね。
騎士君が笑みを深める。
「何か、私に言いたいことがあるならば、どうぞ遠慮なく」
じゃ、遠慮なく。
「私は、貴方に翻弄されている気がしますね」
「何をおっしゃいますか」
騎士君が立ち上がり、私のそばに来て身をかがめる。
「これほど女性に本気になったのは、貴女が初めてですよ」
そんな真剣な声で、しかも耳元でそんな台詞言われたら。
私なんか、あっという間に陥落するぞ。
そして私にぐっと視線を合わせて、騎士君が続ける。
「やはり貴女は優しい方だ、ずいぶんと彼女に好意的で。会ったことはないはずですが。
しかし、ロイ様が出会った彼女に聖属性があったとは、情報源は貴女だそうですね?」
うわ、有能な部下の本領発揮というか。
視線をそらしたい。




