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6人目・とある伯爵令嬢〈後編〉


 驚いた。驚きました。

 前世の私が口づけの経験者かどうかは、さっぱり記憶にありませんが。

 今世では間違いなく、ファーストキス、というヤツです。


 だから口づけが、あれほど相手の感情を伝えてくるとは、思ってもみませんでした。

 ジェイド様の口づけは、最初だけ少し強引でしたけどその後は、優しくて、優しくて、ただただ、わたくしを大切に思っているという気持ちが、伝わってきてしまいました。

 ……初心者の勘違いでなければ。


 ええ、実はちょっと、いえだいぶ、わたくし浮かれているのです。

 頭の中に、お花が咲いております。

 そのお花が萎れる前に、ジェイド様にお会いしたいのですが。どうも避けられているようで。


 今日も侯爵家に呼び出されて行ったところ、廊下でジェイド様を見かけましたが。

 ジェイド様はといえば、私を見るなり逆方向へ。

 参りました。わたくしを拒絶する雰囲気、取り付く島もないというか。


 その後、侯爵夫人のところにお伺いした帰り、若い侍女がこっそり教えてくれました。

 ジェイド様が図書室にいらっしゃると。


 まずは、さくっと図書室のドアを開けて私だけ入ります。

 ジェイド様がわたくしに気づいて、顔を背けます。

「なんだ、文句でも言いに来たのか、ちょっとキスしたくらいで」


 ……………。

 わたくし、怒りますわ。

 わたくしのファーストキスをそんな風に扱うなら、わたくし怒りたいと思いますの!


「ジェイド様、わたくしの幸せな気分を台無しにしないでくださいませ。

 口づけは初めてでしたの、それを」


 続けようとした言葉をさえぎって、ジェイド様が怒鳴ります。

「嘘だ!」

 …………、いやいやいや、何を根拠に?


「あの兄貴が手を出してないとか、あり得ない!!」

 あ、そこですか。

「いいえ、お義兄様は、わたくしには興味をお持ちではありませんでしたので。ええ、まったく」


 ジェイド様が睨むようにこちらを見て、ぼそりとこぼします。

「体は?」

 …………!結婚前の令嬢に、何てこと聞くんですか!!!


 ムカついたので、手近にあった本を投げつけます、力いっぱい!

 なかなか分厚い本でしたので、落ちるときに良い音がしましたね。

 もちろん、ジェイド様には避けられてしまいましたが……、少々、顔が引きつっておられますわね、ジェイド様。


 令嬢が仁王立ちっていうのも可笑しいですけれど、もうそんな気分です。

「ジェイド様、わたくし怒っております。

 だいたい、わたくしとお義兄様が一緒にいるところを見れば、すぐにお分かりになったはず。

 お義兄様は、わたくしには無関心でした!」


 ジェイド様が大きなため息をつき、唸るような声で答えられます。

「見てない」


 見てないって、そんなはずないでしょうに!

 ……あら?わたくしの記憶にもそんな場面はない、かしら?


「最初から話すから、座ってくれないか」

 どうしたことでしょう。ジェイド様から提案してくださるなんて。

 そして、わたくしの手を取ってソファまでエスコート、なんて紳士的。

 さらに、ジェイド様もわたくしの隣に座る。

 何が起こってますの!?


 ジェイド様が話し始める、今までと違う落ち着いた声色で。

「あなたに初めて会ったとき、もうあなたは覚えていないと思うが。

 あなたが初めて侯爵家に来た時、偶然、兄より先に俺と出会った、ただ挨拶をしただけだったが。

 雰囲気の良い令嬢だと気になった」

 ええ、それは何となく覚えていますけど。


 ジェイド様が、言いにくそうに続けます。

「これをあなたに話すのは非常に不本意なんだが。

 たいていの女は兄と俺を比べて、俺を見下した態度を取る。

 だが、あなたからはそれが感じられなかった。だから気になった。

 だが、あなたは兄の婚約者だった。がっかりした。すごく、がっかりしたんだ」


 ジェイド様が、わたくしをじっと見て、そして乱れたわたくしの前髪をそっと払ってくださいます。

「兄の婚約者に横恋慕とか、洒落にならないだろう?

 だから、これ以上気になったりしないように、できる限り避けていた。

 それに、あなたと兄が一緒にいるところを、見たくなかった。

 だから、兄があなたに関心がないなど想像もできなかった」


 おや、まあ。そんな事情が。

 ジェイド様、わたくしのこと良い感じに思ってくださってたの!?

 頬がゆるみます。


「すまない。あなたが俺の婚約者となったからには、大切にしようと決めたのに。

 兄のほうが良いんじゃないかとか。俺では幸せにできないかもしれないとか。

 いろいろ考えて、考えすぎて、結局上手くいかなかった。

 もう一度、初めからやり直したいぐらいだ」


 ……面倒だから、初めからやり直しはやめておきましょう?

「今、今からで良いですから!」

「本当に!?」


 ジェイド様がわたくしを見つめます。

 何か、今までとは視線が違うような。

 何か、どぎまぎしてしまいます。


「マリエ。俺は、あなたにふさわしい夫になれるよう努力する」

 ジェイド様がちょっと恥ずかしそうに続けます。

「あなたは、本当に愛らしいから」


 ……わたくしの十人並みの容姿を愛らしい、本当に!?

 疑うわけではありませんが、解釈が難しいですわ。

 お義兄さまは、それこそ攻略対象者になれそうなくらい恵まれた容姿をなさってましたけれど。ジェイド様も十分イケメンの範疇ですもの。

 好みの問題でしょうか、それとも、実は視力がお悪いのではないかしら?




 その後、わたくしたち、そして侯爵家がどうなったかといいますと。


 まず難攻不落であるかと思われたお義父様は、意外にも、嫡男であるお義兄さまに駆け落ちされて、非常に気落ちしていらっしゃるとか。

 お気持ちは分からないでもありません、お義兄様に大変期待していらっしゃったのだと思いますわ。


 なので今、侯爵家を取り仕切っているのはお義母様なのです。

 わたくしにも経験を積ませようとということなのか、毎日のように侯爵家に呼ばれています。

 ただ、次期侯爵となるジェイド様のことは大変心配されているご様子。

 なのでわたくしは、ジェイド様の素晴らしさを精一杯お話しすることにしています。


 ジェイド様とも、今後の侯爵家について話し合いをしました。

 ええ、何と今なら、路線変更可能そうですもの!

 強引なやり方を押し通した挙句に没落するのはイヤです、堅実にいきましょうと。

 するとジェイド様も、今の強引なやり方は無駄に敵を作ってしまうから良くないと思っていたとのこと。

 何て素晴らしい!

 わたくしが望む幸せは、そう遠くないのではないかしら?




 そして二年後、娘が生まれました。

 名前はエカテリーネ。


 お義母様とジェイド様が名づけましたの。

 何か、不満があるわけではありませんわ。

 ただ。


 ただ、この名前、どこかで聞いたことがあるような、そんな気がして。





 ……あれ!?




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