5人目・とある学園生〈後編〉
なんでこんなことに。
勘弁してほしい、お貴族様とティータイムとか。
ほら、いろいろあるでしょ。マナーとか、会話とか。
ただでさえ、そうなのに、よりによって王太子殿下の婚約者候補様とか。
せっかくのロイ様の好意を、無下にはしたくないけど。
きっと、私のことを考えて、この場をセッティングしてくださったんだろうけど。
緊張しすぎて気持ち悪い。もう“あの”物語とか、どうでもいい。帰りたい。
そんな気持ちを抑えて、何とかこの場に座っている。
ティーサロンにあるティアーナ様専用のテーブル。
ティアーナ様は少し遅れるとのことで、私は待っている。
しばらくして。
「許してくださいませね、遅れてしまって」
その声は、本当に申し訳ないと思っているようで、驚いてしまった。
噂通り、可愛くて、きれいで、妖精みたいな雰囲気のお嬢様。
そのお嬢様が、じっと私を見つめる。な、何でだろ?
「北の辺境伯子息ロイ殿は、わたくしとのお茶会について、どこまで、あなたにお話しているのかしら?」
思わず首を振る。……しまった、マナーが。
「そう。では、わたくしから少しお話しますね。
ミーナさん、あなたの成績は優秀と言って差し支えないわ。そんなあなたが、特殊属性も持っている。
ロイ殿がそばにいることで、あなたの立場はかなり保障されているの。
でもロイ殿は、それを更に確かなものにと、望まれたようですわ。
だから、お茶会の中身は何でも良いの。
わたくしが、あなたをこのテーブルに招いた。
つまり、わたくしがあなたを気にかけている。それが皆に伝わるだけで」
お貴族様は、ややこしい。でも、ロイ様が私を気にかけてくださっているのは、わかる。
ティアーナ様がにっこりと微笑む。
「でも、せっかくだから、お話をしましょう?
天気の話。学園の話。あなたの故郷のこと。
あるいは、あなたのお好きなもの、とか。
それとも、今日何か楽しいこと、ありまして?」
この方、すごいマイペース。その雰囲気に、私もだんだんと落ち着いてきて。
気づいたら、趣味の恋物語について話していた。
きっかけはレジーナからすすめられたからなんだけど、今は私のほうがハマってて。
そうしたら、どういうわけかティアーナ様が興味を持たれて。
気づいたら、おすすめを教えることになっていた。
……なんでこんなことに!?
でも、ひとつ気づいたことがある。
もしも私が“あの”物語のヒロインならば、気を付けるべきはきっと男子生徒だ。
謎の確信とともにこう思う、女の子ならきっと大丈夫!
そんなお茶会の後、彼女を見つけた。知的で物静かなお嬢様だと評判の。
お名前は、……何だったかな?
それよりも、中庭で彼女が読んでいるもの、あれ、恋物語でしょ!!
あの表紙は、ヒロインが魔法使いのシリーズもの、だと思ったんだけど。
ああ、どうしよう、恋物語好きの血が騒ぐ!
そんな話を、次にティアーナ様にお会いした時にしたら、
「まあ、素敵。皆で読んだら、もっと楽しそうですわね?」
なんておっしゃるから。
つい、思わず、彼女にお会いしたら声をかけてみますね、なんて言ってしまった、どうしよう……。
そんなお茶会の後、また彼女を見つけた。侯爵令嬢エカテリーネ様。
今読まれているのは、ヒーローが魔法使いのシリーズもの、だと思ったんだけど。
ああどうしよう、やっぱり、恋物語好きの血が騒ぐ!!
うん、決めた、声をかけてみる。いきなり無礼者って、斬られたりはしないでしょ。
うん、ダメもとでいいじゃない。
うん、よし。
「……あの、」
と、意を決して声をかけたら、まるでオバケでも見たかのように驚かれてしまった。
しまった、恋物語好きを隠してる人もいるんだった!
ごめん、隠してたのを見つけちゃって!
でも私、同好の友と知り合えて、すごく嬉しい!!
結局、ティアーナ様にはおすすめを紹介し、エカテリーネ様とはお互いおすすめを紹介し合い、私はお二人の文通を仲立ちすることになった。
そんな一波乱はあったものの、私の学園生活の始まりはおおむね順調で。
そしていよいよ、いままで保留になっていた特殊属性について、個人指導を受けることが決まった。
そのことをロイ様に報告したら、ロイ様が言いにくそうに、ぼそぼそとおっしゃる。
「ミーナから見れば、俺は、特殊属性目当てに、見えるだろうか」と。
「いいえ」
と即座に答えたら、ロイ様には驚かれてしまったけど。
本当に私は、そうは思わない。
実はロイ様には特殊属性のことは言ってない。属性があるというだけで使えるわけでもないのに、自慢げに話すのは恥ずかしかったから。
でも、どこかの時点でロイ様は知ったはず。でも、ロイ様は全然変わらなかった。
私に聖属性があるってわかったとたん、態度を変えた人はたくさんいたのに。
ロイ様は変わらなかった。
もしも、ロイ様が最初から知っていたとしたら。
それでもいい。
だってロイ様は、最初から私という人間を尊重してくれている。
単に聖属性目当てだったとしたら、そんなことをする必要はないのにね。
だからロイ様が、私を尊重してくれて、かつ、聖属性も目当てだというのなら、私はそれでもかまわない。
学園生活にも慣れた、今日この頃。
何かしらロイ様と一緒にいるのにも、すっかり慣れて。
そして、“あの”物語がどうなったのか、もはや私にはさっぱりわからず。
今日はロイ様と、カフェにてお茶の時間をいっしょに過ごしている。
それが、天気の話がどうして、こんな話題になったのやら。
「ミーナは、自分の名前が、好きではないのか?」
ええと、微妙に目をそらす。そらしたい。
理由が、自分でもアホらしいと思うから。
前世の記憶なんてものがなければ、気にもしなかったと思うどね。
せっかく転生したのだから、もうちょっとキラキラした名前になってみたかった、なんて。
……自分でも、くだらない悩みだと思ってるってば。
言いかねていたら、ロイ様が私の前にひざまずいてしまった。
わわ、それじゃ、恋物語の騎士様みたいにかっこいいだけですよ!
って、人目が!
「俺は、君の名前が好きだ。
初めて聞いたとき、君にぴったりで、とても可愛らしいと思った。
もちろん可愛らしいだけでなく、軽やかで、可憐な響きで。
俺が何度でも呼びたくなってしまう、名前だ」
ロイ様が、一生懸命に話してくださる、けど。
もう充分です!
たった今、自分の名前が大好きになりましたから!!
今日はロイ様と、図書館にて勉強の時間をいっしょに過ごしている。
でも、マナーってどう勉強すればいいのかな?
「どうした、そんな顔をして。難しい課題でも出たのか?
いや、ミーナの成績は優秀だろう。課題はよほど難問なのか」
いえ、そうではなく。勉強はついていけてます、ありがたいことに。
そっちではなく。
「マナーなんです、問題なのは」
「ああ、そうなのか」
ロイ様がほっとした顔をされる。なんで?
「俺も同じだ」
そんな馬鹿な。自然に身についているようにみえますし。
「辺境伯領は、マナーよりも実力主義だ」
なるほど、実力さえあれば、マナーはそんなに問題ではないと。
国境を守ってるからかな?お貴族様って、みんな優雅な暮らしのイメージだったけど、皆がそうではないのね。
「気にすることはない」
……成績については、気にしないわけにはいきませんって。
「ただその分、王都のような華やかさはない。領都の規模も、大きいとはいえない」
ロイ様があまりに鎮痛なお顔をされるから、思わず言ってしまった。
「あの、私からすれば、王都は大きすぎるし、きらびやかで暮らしにくいです。
自分に合ったちょうどいいところが、一番ですよ」
私なら、生まれ育った男爵領とかね。
って、田舎育ちの庶民の私にこんなこと言われても困るよね、ってあれ?
ロイ様が、先ほどのは嘘だったみたいに、お顔を輝かせている。
「そうか、良かった。
うちの領都は、ある程度の規模はあるから、暮らしに困ることはもちろんないし、手に入るものも多い。王都に比べてほどよい大きさで、落ち着いた雰囲気だ。
きっと、ミーナにも暮らしやすいと思う」
ロイ様、やっぱりご自分の辺境伯領が大好きなんですね!愛を感じます。
だけど、またロイ様がお顔をくもらせてしまった。
「だが、君の暮らしていた男爵領に比べると、北にある分、寒くて冬が長い」
あ、確かに、と私は肯く。
なぜかロイ様が、あせったように付け加えられる。
「もちろん、一年中冬というわけでは、ないから」
でも、私、前世の記憶では北国に暮らしていたような気がするんだよね。
だから、大丈夫な気がするんだよね。根拠はないけど。
でも、根拠がなくても主張してみよう。
「北の辺境伯領には、北の辺境伯領の良さがあると思います」
だから、ロイ様の辺境伯領はきっと素敵なところです。
「そうか、良かった」
ロイ様が再びお顔を輝かせる。
それを見て、私も嬉しくなる。
今日は、ロイ様とランチの時間をいっしょに過ごすことになっている。
そのために、待ち合わせをしていたら。
なぜか、男子生徒数人にランチに誘われた。
その前にごめん、誰が誰だか分からない。
ついでにイケメンが混ざってる。ごめん、顔が強張る。近づきたくない。
そこにロイ様が来てくださる。
まさに、虎の威を借る狐状態ですけど、それが何か。
ヒロイン、危うきには近づかない。絶対に、近づきたくない。
結局、今日は中庭にてサンドイッチを食べることになった。
ロイ様の従者があっという間に手配してくださったのだ。ついでに私の分まで。
するとやっぱり、こんな話になろうというもので。
「ミーナは、貴族の男、特に見目の良いものを、怖れているようだが」
どうしよう、バレてる。でも。
攻略対象の方々とは関わりたくないからです、なんて答えられないし!
えーと、えーと、どうしよう。
わたわたしていたら、ロイ様がまた騎士のようにひざまずいてしまわれた。
なんだか私、お姫さまみたいな気分になりそうだけど。
じゃ、なくて!
「答えてくれないか。何が、それとも誰が、君をそんなふうに怖がらせているのか」
あ、イヤなヤツならいたなあ。
「あの、私の後見をしてくださっている男爵様のご子息が。
お二人とも、イケメンで成績優秀だって、男爵領では有名な方なんですけど」
はぁ、自分で言って、自分にぐさぐさきちゃうけど。
「お前のような貧相な小娘が、王都でやっていけるわけがない。さっさと男爵領に戻って来い。 私のもとで働けるようにしてやる。ありがたく思え」
とか。
「お前のようなチビに、何ができるって言うんだ。尻尾を巻いて、ここに戻ってくるのがオチだ。もちろん、俺は器が大きいから、できの悪いお前のことも受け入れてやる」
とか。
「学園に来る前に、そんなことを言われまして。
男爵様は良い方なんです。学園で学ばせてもらってますから、帰ってお役に立ちたいとも思います。けれど、ご子息に会うのは憂鬱です」
っていうか、はっきり言ってイヤ!!!
「だから、男爵様のお役に立ちつつも、戻らなくて済む方法はないかと、考えています」
本当に、そんな方法があるといいのに、とため息ひとつ。
わわっ、ロイ様が本気で考えこまれているように見える。
「すみません、私の愚痴を聞いていただいただけで、十分ですから」
「十分などといわないでくれ。
俺は君の憂いを取り除きたい。悲しい顔をしてほしくない。君には笑っていてほしい」
……どこの王子様のセリフだろ?いや、まあ、辺境伯子息様だけどね。
その辺境伯子息様が、そっと私の手を取る。
……私にお姫様役は無理じゃないかな?
「実は良い方法があるんだ。
ミーナが、男爵領に貢献しつつも、男爵領に戻る必要のない方法だ」
思わずロイ様の手をぎゅっと握り返してしまった。
嘘!?そんな方法があるなんて。
うわぁ、それがいいなあ、それが叶うといいなあ。
「ああ、やっと笑ってくれた。
ただ、それにはもう少し準備が必要だ。準備が整うまで、待ってくれないか」
「待ちます」
私にできうる限りの手段を使って、待ちますとも。
「ならば、俺と約束をしてくれないだろうか。
男爵領に戻るかどうか、返事をしないでほしい。
もう一つ、男爵子息に限らず、ほかの男と約束をしないでほしい」
「もちろんです」
できうる限り危険を避けようと思ったら、誰だろうと就職の約束もしないに限る。
唯一信頼しているロイ様を除いては。
そんな時、ティアーナ様の婚約者候補辞退と、病気療養のため休学というニュースが学園を駆け巡った。皆はすごく驚いていたけど。私は。
ああ、やっぱり。って思っちゃったんだよね。
全部が全部、ティアーナ様が無理してたとは思わない。
でもね、ティアーナ様にとって、恋物語を読むことはストレス解消に見えたから。
最初のうちは定期的に、おすすめを紹介していたんだけど。
そのうち、ティアーナ様がお疲れだなって見える時を見計らって、おすすめの本をお渡しするようになった。
お渡しする本は2冊、そのうち1冊はティアーナ様好みのものにして。
そうしたら、ティアーナ様、一晩で読んでこられちゃうんだもの。
でも、あんなに嬉しそうにお礼を言われたら、私も嬉しくなっちゃって。
だから。
何か、ティアーナ様にお見舞いの品を送りたいなと思って。
病気療養は建前だって、噂も出回っているけれど。でも私には、ティアーナ様はお疲れの様子に見えたから。
思いついたものをダメもとでロイ様に相談したところ、ロイ様の辺境伯領には凄腕の魔導具士がいるからと、手を貸してくださって。
そうしたら、割とすぐに辺境伯領からそれが届いた。前世でいうところの、スノードームみたいなものが。
私は有難く、それを使わせていただくことにする。
まだまだ練習途中だけど、できるようになった聖魔法をかける。
小さなドームの中にさらさらと雪が降る。聖魔法でキラキラと光らせた雪が、静かに降り積もる。
……聖属性を、光らせるためだけに使うのは、どうかと思わないでもないけど。
きっと、浄化作用とか癒し系の作用とかがあって、近くに置いておくと、いい気分になれたり疲れが取れたり、するんじゃないかな!?
出来上がったものを、ロイ様に頼んで、ティアーナ様の侯爵家に送ってもらった。
今回は、いつもよりもっとロイ様を頼りにさせてもらうことになった。だから。
そうだ、ロイ様にも何かお礼をしたい、好きな男の子にプレゼント、それいいかもと、呑気にそんなことを考えていたら。
それは天啓のように、ひらめいて。それとも悪魔のささやきなのか。
私、勉強はできる方よね、頭がいいとか言われたりもするよね。
なのに、何で気がつかなかったの、このお馬鹿さん!!!
だって、ロイ様とは学園に来る前に出会った。
だって、物語は学園で起こる。
ならば、ロイ様は関係がないはずだと。
だから、そう思い込んで。
もしも、ロイ様が、攻略対象の人だったら?
その可能性は、ある。十分ある。私が想定し得なかっただけで。
じゃあ、じゃあさ。
私は、どうしたいのだろう?
それでも私は、ロイ様のそばにいたい。
そして、万が一、ロイ様が攻略対象の人だったときは、その結末を受け入れよう。
きっとバッドエンドとかいうものになると思うけど。
だから。それまでは。
……あの、できれば、穏やかなバッドエンドで、お願いします。
あれ、穏やかなバッドエンドって、どんな感じ?
いっそ、誰か教えてくれないかな!?
そんなことを一晩中考えていた次の日。
ロイ様から話があるというので庭園で待っていたところ、やってきたロイ様は、私を見るなりひざまずいてしまった。
「ミーナ、どうした、顔色が悪い」
心配そうなお声のところ申し訳ないのですが、単なる寝不足です。
「ちょっと眠れなくて」
一晩中あれこれ考えていたから、本当に寝不足で。
ロイ様がまだ心配そうに、私を見上げる。
「大事な話があるのだが、大丈夫だろうか?」
……さっそくバッドエンドかな、もしかして!?
ごくりと息を呑み込み、うまく声が出ないので、とりあえず肯く。
ロイ様に手を取られる。
「ミーナ、君に伝えたいことがある。俺は、君が」
ロイ様に真剣に見つめられる。
……どんなバッドエンドだろ!?
「君が欲しい」
……ええと、あの、それは、その。
「私の力が、特殊属性の力が欲しいって、そういうことですよね?」
っていうか、そうじゃなかったら、びっくりだよね?
「……すまない、言葉が足りなかった」
ロイ様が、しっかりと私を見つめる。
「君の、聖魔術の力も、優れた頭脳も、可愛いところも、清らかなところも。
それ以外の数えきれないほどの君らしいところも。
妻として、生涯ただ一人の伴侶として、その身も心も、全部欲しい」
………………。
「俺の気持ちは、伝わっただろうか。」
不安そうにロイ様が私を見てる、けど。
ええ、伝わりましたとも。だからこそキャパオーバー。
そんなグルグルする頭で、何とか私も答える。
消え入りそうな声になっちゃったけど、
「ロイ様のこと、大好きです」って。
数か月後。
私は男爵様の養女になり、更にはロイ様の婚約者になってしまった。
ついでに、長期休暇を利用して、ロイ様の辺境伯領に行くことにもなっている。
そして“あの”物語がどうなったのか、私にはもう、まったくわからない。
ただ、私は逃げ回ってきたけれど。
心の片隅で、何かすべきことがあるのではないか、と思ってもいた。
俯瞰してみれば。
あの物語は、ヒロインが誰か一人を選ぶ。
攻略対象者でも、あるいは他の恋しいと思う方でも、もしかしたら友人でも。きっと、たぶん、誰でもいいんだ。
誰か選べば、この物語は満たされる。
私は、すでに選んでいた。最初から、唯一人を選んでいた。
それならば、私はヒロインとしての役割を果たしたのかもしれない。
いやいや、そんな馬鹿な。
私はこの世界に存在する、大勢の中の一人にすぎない。
でも、それでも。何か果たすべき役割があるような気もする。
……分からなくなってきた。
私はヒロインだったのだろうか、それともヒロインではなかったのだろうか。
もしかしたら。
もしかしたら、結局、どちらでもいいのかもしれない。
ヒロインは選び、物語は完結する。いいえ、物語はそこから続いていく。
私は選び、私の物語は続いていく。
私はそっと、隣を見上げる。
気づいたロイ様が、私を見下ろして小さく笑う。
私は、この人と共に、生きていきたい。




