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Day 2 昼

 そして四月十四日の朝。


 鯉の泳ぐ池の縁で、精緻な刺繍の施された帯で、柔らかな首を幾重にも縛られた、初めての犠牲者、桜井勅みことのりのなんと青ざめた顔だろうか。


 ごきげんよう、などと告げたときの柔和な表情は虚空へと連れ去られていた。


 ここで冒頭と繋がっていくのである。


 スッと後方から誰かが駆けてくる。畳をする足さばきの早さたるや並の鍛え方ではない。そしてふいに立ち止まり、


「東雲さん、あなた」


 ゆっくりと指先をうずくまる東雲に向ける。よく研いだ短刀を突きつけるが如く、全員の視線が一挙に両者へと注がれる。


「あなたは...吸血鬼ではないわ」


 有無を言わせぬ迫力で、五百城はまっすぐに東雲を指している。


 ほぼ同時に口を開いたのは曼荼羅だった。


「マリア、お前は吸血鬼じゃない。オレが保証する」


 庭はどよめきに包まれる。


「夜に一度だけ吸血鬼かどうか判断できるのは、一人だけのはずだけど」


 鏡の指摘に全員が頷く。


「あ、あのう」


 切れ長の瞳を伏し目がちにして、東雲が手を挙げる。


「アタシは自分でも証明できます。なんせ霊媒師ですから」


「へえ、そりゃ傑作だ。ふふ、面白い冗談だよ」


 高らかに笑うのは杏子だった。


「杏子さん、アタシの何がおかしいの?」


 すかさず東雲が詰め寄る。


「だってさ、この杏子ちゃんが本物の霊媒師だから。おっかしいに決まってるじゃーん」


 呆気にとられるみんなを置き去りにして杏子は続ける。


「つまりさ、東雲は桜井であることを騙った偽者ってこと。話し合いは夜まで待たなくても、こいつを処刑すればいいんだよ、分かるよね?」


「ちょ、ちょっと、それは変だよ。何で後から出てきた杏子さんに偽者扱いされなきゃいけないのかしら。アタシより遅いくせに信憑性ないわよ」


「確かに遅いのは気になるけど、五百城さんは東雲さんを吸血鬼ではないってさっき」


 二人の会話に甲斐が割って入る。

 勅の沈んでいった辺りの水草が地底の巻き上がる泥にまみれている。


 太陽はぐんぐん高くなっていく。ここでは時が流れるのが早いのかも知れない。


「じゃあ甲斐さんは、オレを偽として見るってことでいい?」


 耳に髪をかけ直し不敵な笑みを向けて曼荼羅が返事を待っている。言葉の継ぎ穂を失って、甲斐は言い淀む。


「そ、そう決めつけたわけじゃないけど、可能性の話をしたのよ」


 ようやく捻り出した台詞も、みんなの不穏な表情からすれば、どう判断されているのか心配になる。


 思わずマリアに視線を送る。一応は吸血鬼でないと証言されたマリアは心なしホッとしているようだった。


「ふー、なら整理しよっか」


 鏡がスマートホンを操作する。しばらくすると全員の端末へとメモ書きが送られてきた。


 五百城(占い?)→東雲(霊媒師?)

 曼荼羅(占い?)→マリア(?)

 杏子(霊媒師?)


「こーゆーことでしょ。でさあ、これってほとんど偽者の桜井さんがバレてるよね」


「そ、そうなの?」


 余裕綽々の鏡の発言を汲めない甲斐はつい詰問してしまう。


「まだ誰が吸血鬼か分からないじゃない」


「あー。特定は無理だけどね。でもさ、占いも霊媒師も一人しかいないんだよ。その前提でいくとさ、五百城さんと曼荼羅さんペアと、東雲さんと杏子さんペアのそれぞれに、偽者がいるってことになるでしょう」


 そこでようやく甲斐は腑におちた。


「そうか、いずれにしても二者択一で偽者を引けるってことか」


「お前、そんなことも分からないのか」


 呆れて肩をすくめる曼荼羅に、甲斐は顔を赤らめる。


「そこまで整理が素早い鏡が敵だったら怖いけどな」


 曼荼羅は鏡を一瞥してククッとほくそえむ。


「ここはひとまず」


 お茶にしませんか。



**********


 釜のなかで湯が沸いている。正座をする七人を相手に、五百城は柄杓のようなものでお湯を汲む。


 鮮やかな緑に濁った茶碗の渦は、撹拌されると匂いがぐっと引き立てられる。


 母屋からそう遠くないところに、茶室があった。手際よく茶碗を差し出す五百城の突拍子もない提案に戸惑いつつも、甲斐は唇を湿らせる。


「おいし」


 びっくりするほど上等な香りが鼻腔を抜けていく。心地よい熱さは、口に含むときに丁度よくなるために調整されているのだろう。


「ふふ。曼荼羅さんもいらしたらいいのに」


「こんなに素敵なお茶を頂けるのにね。でも、敵対する占い同士だから」


 すでに出された分を飲み干した鏡は、結構なお手前でしたと口元を拭っている。


「生きるか死ぬかの瀬戸際でのんきなものだな」


 そう言い残して庭の鯉を眺めている曼荼羅の姿はこぢんまりとした茶室からでも伺える。


「緊迫した状況だからこそ、冷静にならなくてはなりませんから。それに、一人だけ行動を異にするのはあまり感心しません。これはあくまでウチの感想、気にしなくていいですわ」


 左右二つに縛った髪が胸にかかっている。パステルカラーのスカートに、ゆるいパーカーに似つかわしくないおしとやかさが五百城のミステリアスな感じを増長している。


「ってかさ、病人はいいとしても」


 ちらりと艶を気にする杏子はマリアと読者を順にねめつける。


「あんたらずっとだんまりだね。自分達は槍玉にあがらないから安堵してる吸血鬼なんじゃないの?」


「そ、そんな、こと、ない」


 忙しくかぶりを振るマリアに対して読者は微動だにしない。まるで心ここにあらずといった体だ。


「杏子さん、そんなに責めないであげてよ。忘れてるかも知れないけどマリアは曼荼羅さんから吸血鬼ではないと言われてますよ」


「知ってるよ、鏡のメモ見たでしょ。って甲斐は五百城か曼荼羅か、どっちの肩を持つわけ。そんな中立も怪しいんじゃない。全員にいい顔して」


「いい顔だなんてそんな...」


 答えに窮する甲斐を誰もフォローしてくれない。

 

 険悪な空気をパチン、と手を叩いて一蹴したのは五百城だった。


「さあ、体が温まったところでお庭へ戻りませんか。日が傾きつつありますし、曼荼羅さんも交えて今夜のことを決めないと」


 優しさに溢れる五百城だが、その実内容は冷酷だ。今宵の処刑対象は誰になるのか、判断することに迷いがない。

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