隠し対象者がどうしてここに
左から成体のオークさん、この前助けた子供オークのロク、そして黒いフード付きマントを被り両肩にあの鳥二羽を乗せた魔物?人?
「えーっと、今日はどういった御用で…?」
あれから扉の向こうにいたオーク達の圧に思わず室内へと招き入れてしまった。敵対する雰囲気では無いがチップよりもはるかに大きいオークは、さすがに驚いた。先日の子オークがするっと前に出てきてくれたから、この前のお礼かな?
正面の三人+二羽を眺めつつ問いかける。テーブルの対面には私と私の肩に引っ付いているチップ。何とも言えない緊張感。呑み始める前の合コンかな
どうしてこうなった
「えっとね、遊びに来たんだ!」
お礼じゃなかった
真ん中のロクが邪気の無い笑みで答える。両側の大人も頷いている。鳥も。ええ、私もよ
「息子が世話になった。礼を言いに来た」
「俺の父ちゃん! スカーレット姉ちゃんすごいんだよ、こいつらの嘴だけ凍らせたんだから!」
「キェッ!」
「キェー!」
右手でオーク父を軽く叩くロクに会釈をするオークさん礼儀正しい。そうかオーク父か。見た目に圧倒されていたチップがごくりと喉を鳴らす。
オーク二人はいい。醸し出すオーラに覇気を感じない。こんなオークもいるんだな。けど鳥は絶対違うと思う。私を見る目が本気だ。ついでに謎のフードマントマン、何か嫌なオーラがするよ…鳥の飼い主かしら
本当に遊びに来ちゃったんだねロク君。まぁ百歩譲ってオーク父まではヨシ。鳥はなぁ、この前の攻撃怒ってないかな。うん、今日はやめてもらおう
「そ、そう。せっかく来て頂いてもこれといって…」
「カキ、ゴーリ」
断りの言葉に被せるようにぼそ、とマントの男が呟いた。表情はフードに隠れて見えないが声の低さからようやく男性体だと分かる。マント男の呟きにロクが思い出したように
「そうだよ!あのかき氷すっごく美味しかったからまた食べたいって思ったんだ」
「キエーッ」
子オーク君曰く、あれから無事に帰ったあと人間に助けてもらったこと、そこで食べたかき氷が今まで食べたものよりとても美味しかったことを力説したらしい。
そうかぁ、力説しちゃったのね。そしてかき氷が気になる二人を連れてきたのね…
アハハと乾いた笑いを浮かべる私に二羽が羽をバッサバサと羽ばたいた。ちょ、テーブルに羽根が
「そ、そうなの。かき氷ぐらいすぐ用意できるからそこの鳥、羽ばたかないでくれないかしら?」
こうなったらさっさと食べてお帰り願おう
「ほう、氷をこのように細工するとは…」
「スカーレット姉ちゃんはすごいんだよっ」
「ロクッ…」
目の前でかき氷を作ってみせると興味深そうに呟くのが聞こえた。同調してニコニコと答えるロクに慌てて窘めるオーク父。一体どういう関係かしら。
ビクビクとしながらジャムの瓶を並べるチップ。せっかくの来客だもの豪勢にありったけのジャムにシロップ漬けの李や胡桃。マジックバッグから木苺やベリーも用意してみた
「さ、好きなのをトッピングして食べてちょうだい」
「わーい、いただきまーす!」
既に食べたことがあるロクが率先してぱくりと食べる。ごくり、と喉を鳴らして目元を細める様子に此方も表情が緩まる。ロクの様子を伺いオーク父は蜂蜜をかけて食べる。電撃が走ったかと思えば同じように目を閉じて味を嚙みしめているようだ。ふふ、親子似ていて面白い
様子を伺っていたチップもそろりそろりと自分のかき氷に手を伸ばす
「……これは!!」
低い美声に目をやればフードに隠れて見えないが勢いよく食べ始めものの数秒で完食した。おかわりいるのかなと思って氷を足せば再び勢いよく食べる。
足す、食べる、足す、食べる。どのくらいおかわりしたのだろう、いつの間にかオーク父が隣に来ていてトッピングをかけたりジャムを乗せたりサポートしていた
「うむ、美味なり!」
ようやくスプーン置くと立ち上がり満足気な声と共にフードを外した。現れた漆黒の艶やかな髪に此方を見る紅い瞳。そして頭部に緩くまいた角が二本。
黒髪に角……!?
「ま、魔王……!?」
「ん? 我を知っているとは流石だな。この氷菓子といい気に入ったぞスカーレット」
思わず口から出た言葉に方眉を上げて口端を上げて笑う顔。しまったと気付いたが遅かった……そう、魔王ルーカス。なんで私が知ってるかと言うと『君恋』のバカ王子ルートからの隠しキャラたったから。興味なかかったが妹の最推し、何度も見させられて語られてきたから間違いない。最後の魔王スチルも未だにはっきり覚えてる
でもどうしてここに居るの!?
魔王ルートに入るには王子ルートを一度攻略した後、すべての攻略者の親密を上げたうえに、聖なる力で魔王を撃退した後誰も選ばないを選択しないと現れない。しかも魔王が表れるかも確率で駄目だったときはまた王子ルートからやりなおすという鬼畜仕様。隠しキャラガチャの為魔王、精霊王、幼馴染、モブなど当たりを引くまで何十時間もかけ、更にスチルコンプにまた時間をかけ…という聞いているだけでお腹いっぱいになっていたのを思い出した
「ふむ…この上にかけるジャムだったか、もう少しとろみの少ないほうが合うんじゃないか」
「あ、そうですね。それはまた果実を手に入れてシロップを作ろうと思ってまして…」
苺のジャムをスプーンで掬い肩の鳥へとやりながら思案気味に話す魔王につい返事をしてしまい、掌で口元を抑える。今後の予定なんて話してどうするの私
慌てる私にニィっと笑い
「や、何でもありませんわ! あらもうこんな時間! そろそろ今日はこの辺…」
「魔王と分かっても動じぬか…更に面白い」
ワザとらしくコホンと咳をし皿を回収していく。どうして魔王がこんなところに来たのか分からないけれどさっさと帰ってもらうに限る。ロクには悪いけど私は平和で穏やかなスローライフがしたい。真逆な存在はノーサンキュー!
「そうですね、魔王様そろそろ戻らなければ。ロクも父ちゃんと帰るぞ」
「えーっもっと居たいよー」
此方をちらと見るとオーク父が魔王の椅子を引く。よし! 空気の読める父! ありがとう
まだジャムの瓶を見ていたのでそのまま魔王に押し付けロクにもこの前と違う瓶を渡す。
「今日はそのすみませんでした。また後日ゆっくり礼をさせて下さい」
「あはは、礼など結構ですわ。魔王様もお会いできて光栄でした。ありがとうございました、はい」
有無を言わせず扉へと促す私に、フードを外した美形が振り返る
「スカーレット」
「はい、何でしょ…」
呼ばれ顔を上げると目の前に魔王が来ていた。見上げていると腰を屈めて距離が近づいてくる
不意に手が顔へとかかり指先が耳元を掠めた
「ひゃっ」
思わず驚いた声を出してしまった私に更に近づいて、距離! 距離がっ
整った顔に深い深紅の瞳を見てしまい分からず目を瞑ってしまう。髪の辺りから触れた感覚が無くなり薄っすらと目を開ければ羽根を持った魔王が笑みを浮かべていた。どうやら鳥の羽根が髪に絡まっていたみたい
「お前の髪に似合わぬものをすまないね。今度その美しい髪に相応しい髪飾りを送ろう」
「い。いいい、いいえっ。結構ですわ」
心臓がバクバクと言ってる。きっと顔は真っ赤に違いない。掠めた耳元に手を当てながら左右に首を振るのが精一杯だなんて
「さ、帰りましょう魔王様」
別段気にした様子無く魔王は羽根を鳥の口へと放り投げると再びフードを被り扉へと向かう
帰り際申し訳なさそうに何度も頭を下げるオーク父に何となく日本のサラリーマンを思い出してしまった。本当はオーク二人で来る予定だったのだろう。鳥を肩に乗せた魔王は機嫌よさげに瓶を抱えスプーンを振りながら出ていく。ってスプーン!
「また会おう、スカーレット」
ひらりとマントと翻し去っていく姿にひらひらと手を振り、そっと扉を閉めた。
すごく疲れた気がする。今日はもう部屋に篭ってゆっくりしよう、うん。そうしよう。
そういえば、とチップを見やれば椅子に座ったまま器用に気絶していたのだった