スローライフ早くも挫折?
「そういえばどうしてこの街だったんですか?」
「んー?」
せっせと籠を編んでいるチップの隣で読書をしていると、ふと声がかかった。
ちなみに今日は水色の半そでのワンピースだ。髪は気にしないのにチップがあれこれ言いながらハーフアップにしてくれた。
「この街を選んだ理由ってこと?」
「そうですよ、わざわざ廃墟を選ばなくても国外だって色々あるじゃないですか」
「よくぞ聞いてくれたわね!」
読んでいた本を閉じ扇子を取り出す。額に滲む汗を拭ったチップへと扇子から霧状の水を仰いで風と共に流してあげる
「あ~涼しい。人間冷房様ー」
「そう! これよ!」
気持ちよさげに目を細めて首をさらけ出した様に、魔力を強めると雪になり汗ばんだ首元に吸い付くよう張り付く
「ひゃっ冷たいですよ!」
「気持ちいでしょ?」
「あー、確かにそうですけど…。 あ、かき氷また食べたくなりました」
あれから食後や作業後の休憩などによくかき氷をリクエストされるので私達の定番のおやつとなった。ここ元シージュ街は王国の中でも最南端に位置しており温暖な気候の中央よりも気温が高い。そこら木々は枯れている為より日差しが強く感じる。
首元を摩るチップに笑いながら頷いてやると網掛けの籠を置き、いそいそと皿とジャムを取りに行く
開いていた扇子を閉じて先からかき氷を作れば自分で好みのトッピングをかけて食べだした。
「ね、これで分かったでしょ?」
「美味しい冷たい…って全然分かんないですが」
もー、と一息ついて自分の分も作って食べる。今日はハチミツヨーグルト。口の中でとろけながらも濃厚な蜂蜜が最後に残り幸せな気分に浸る。
「お嬢様のも美味しそうですね…」
食べ途中だというのに羨ましそうに此方を見つめるチップの皿に追加で氷を足してあげる。パァッと子供みたいに綻んで蜂蜜とヨーグルトをかける
「これ売れると思わない?」
「かき氷ですか?」
「ええ、ここはこんなにも暑いんだもの。絶対売れるわよ!」
悪役令嬢だと認識しどう足掻いても断罪の流れは回避できないと知った私は断罪されない為にではなく、どうやってこの悪役令嬢スカーレットを物語から上手くフェードアウトできるかと考えた。多分だけど断罪シーンは主人公の物語には絶対必要なんだと思う。あれがなければ王子や王子の後の隠しキャラの攻略は無理だった筈だから
つまり断罪された後ならば逃げても物語の結末にはほぼ影響しない、それに賭けてみたのだ。
『君恋』に出てこない学園にも通っていないチップを王子には内密に私の従者にし、最後の卒業パーティーにだけ呼んだ。シージュという他の攻略者とも縁のない土地を選び、かつ私の氷魔法でかき氷はいくらでも作れる。逃げ切った後は日本の頃にやってみたかった飲食店(かき氷だけど)を開いてスローライフを満喫するの!ビバ!私の夢!
「私の氷でじゃんじゃん作ってチップが売る! 素敵じゃない?」
思い描いていた夢を告げてにんまりと笑む。庭には果樹園を作ろう。ジャムやシロップも作って、軌道に乗ったら家畜も飼おう。ヨーグルトも自家製で…楽しみ!
スプーンを咥えたチップがぽつりと
「…潰れた街で誰に売るんですか?」
「………はっ!」
盲点!!!
ガタンッと手をついて立ち上がる。なんてこと!
目を見開いて震える私に阿保の子を見るような眼をしないで!
「どうしようっ、私の充実したスローライフ計画が!」
「初めからずっこけましたね」
子供を見るように笑みを浮かべて私を落ち着かせようとしないで!
しまったわ。暑いからここを選んだのに誰も居ないじゃない!
「売れないわ!」
「そうですね。あ、紅茶入れましょうか」
「ええお願い。ってそうじゃないの! 今すごく私困ったわ!」
ささっと紅茶の用意へと取り掛かるチップの裾を掴む。待って、このままだとかき氷は誰に売ればいいの? チップと私、二人きりで寂しく余生を送るの? かき氷がダメなら海…魚を捕る、漁師になろうかしら
そうよ! 漁師になって魚を売ろう! って誰に!?
動揺しその場でぐるぐると回りながら考え始めた私を無視し紅茶を入れだすチップ
どうにも思いつかなくて額に手をつき項垂れた時、
ドンドンッ
木製の扉を叩く音。
「客だわ!!」
「っなわけあるか!」
バッと扉へと駆け寄る。今すごくチップらしくない突っ込みが入ったけど気にしない。
「はーい、こちらスカーレットの美味しいかき氷屋さんですわ!」
「何ですかそのネーミング! てか、お嬢様! 誰か分からな――!」
笑顔百パーセントで扉を開けば目の前が陰る。そして緑。
「え……?」
「お嬢様ー!!」
ゆっくりと頭を上に上げれば口の端から覗く牙に特徴的な上を向いた鼻、鋭い眼差しのオークが立っていた