抹茶味
ある日の昼食時、いつものように魔王の膝の上で食事を与えられる中、今日こそはと魔王に声をかける
「あの、ルーク様?そろそろひとりで食べれますので私にもスプーンを下さいな」
「……何を言っている。人間とはこうして食事の世話をしてやらねばならぬと本に書いてあったんだ。気にせず其方は食せば良い」
「えっ、本?いやいやいや、どのような本なのかとても気になりますが、私は子供ではありませんので大丈夫ですわ」
まさかの答えに驚きつつもサラダを口元に出されてぱくりと食べる。あっ、いつもの癖でつい。しかし本とは…魔王も本を読まれるのね。一体何の本なの?
「ああ、ムシューが持ってきた人間飼育の本だ。読むと人間とは生まれて暫くは世話が必要と書いてあった」
優し気な表情で見てくる魔王に違う、それは乳幼児の時のみ…と言いたかった。が嬉しそうにせっせと餌付けする魔王を見ると何も言えなくなってしまう
食事は美味しい、魔王は優しい、ムシューやメイドはとても親切で私は何不自由なく今は暮らしている。度々、今も胸元に光る大粒の宝石の付いた飾りの贈り物など驚かされることはあるが。こんなにのんびりとしていて良いのだろうか、ある意味願っていたスローライフなんだけども。
「あ、この間の試食していただいたアイスクリームを是非他の皆さんにも食べて頂きたいのですが良いですか?」
「ふむ、マッチャという味のものか。…まぁ良いが隣にはまだ持って駄目だ」
「…もう、どうしてそう隣を気にするんですが?何ども言ってますがチップは従者だったんですよ。何ともありませんから」
分かり易く眉を寄せた魔王の頬に手を当てて、むにと引っ張る。そっと撫ぜてからにこりと笑うと魔王も笑みを浮かべてくれた
しかし相変わらずチップには過敏に反応されて少し困る。もしこれで王太子に会ってしまったらどうなるんだろう、と恐々思ったけど、まずあり得ないわね。せっかくのかき氷にアイスクリーム、いつしか流行らせたい気持ちはまだ。もう少し一緒に居たら魔王も落ち着いて離してくれるかなと思ってるけどあれから3か月経つがまだまだみたい。こんなに執着強いとは思わなかった。
「この後、かき氷食べませんか?抹茶味のかき氷も作ってみたんですよ」
「ほう…、それは楽しみだ」
「そちらも試食はルーク様が初めてなので…美味しくなかったら、ごめんなさい?」
抹茶ソースの作成はかなり時間がかかってしまった。似た紅茶味は早くに成功していたが、お茶というものの入手が難しかった。ムシューさんに何度も相談したら、東のほうで飲まれているという緑茶があるという。それを何とか手に入れてもらい粉末からアイスクリームにし、次はソースを…と段階的にやっと成功したのだ。
自分で食べてみて美味しかったけど、それは前世での記憶もあり懐かしさも相まってかもしれない。早く他の誰かに試食してもらいたかったが一番は魔王じゃないと雨が降ることを知り、僭越ながらもお願いした
「スカーレットのもので不味いものなどある筈がない」
「その自信が怖いです…っ」
「ほら、皿を用意させよう」
食べ終わった昼食を片付けさせるとサリサが硝子の美しい細工の入った器と午前中に作っておいた抹茶ソースを持ってきた
扇子の先から氷魔法を使い細かな氷を器に盛る。多分きっとこのくらい魔王も出来るんだろうけどかき氷は私の手から作るのが良いみたい。隣で楽し気な表情でいる。
氷の上に深い緑のソースをかける。これで本来は完成だが抹茶にあまり馴染みがない魔王様に上から練乳もどきの甘い液体をかけて完成
「出来ましたわ、ルーク様」
待ってましたと此方へと顔を向ける魔王に、小さく笑って銀のスプーンで掬うと口元へと運ぶ。いつもの逆ですね、と面白く感じながら魔王を見やるとかき氷をゆっくりとした所作で食べ
「美味しいな」
「…っ、ありがとうございます」
フ、と微笑した魔王に嬉しくなる。次へと催促されるように唇が開かれるのでスプーンで掬い食べさせる。口を開く、スプーンを入れる。口を開く…楽しい。魔王ももしかしてこんな気持ちだったの?餌付けってこんな気持ちなのね
楽しくて口元に笑みを零しながらスプーンを持っていると、その上から手を重ねられかき氷を今後は私へと運ばれる。
冷たい食感に抹茶の苦みにソースの甘みが最後に残る。思わず唇をぺろと舐めてしまった。はしたない。
「後でムシューさん達にもあげてくださいます?」
「早くないか?まだ良いではないか」
「もう…、ルーク様ったら」
メイド達は出来上がった時それはもう食べたそうに尻尾が揺れていたのを思いだす。残念だけどまた後日ね。
「それでしたら、この前お願いしていた他の魔物達に会わせてくださる約束は?」
「…む。俺以外と会う必要はないと思うが」
「ルーク様の居ない時、暇なんです。たまにいらっしゃらないでしょう?」
この間、また魔王が何日か居なかった時がありとても暇だった。試作作りも材料がなければ何もできないし隣の畑もまだ収穫前。ダッドからは小さいが実をつけたと教えてくれた。そうそうダッド達はほぼ隣に居候していてこちらの城には来てくれない為、話し相手はメイド二人とマシューのみ。メイドはマシューが怖いようであれからあまり私語は話してくれないので退屈していたの。マシューは何となく忙しそうなので躊躇ってしまう
「……考えておく」
渋々と返事をする魔王の顔ははっきりと嫌々なのが伺えた。思わず笑ってしまう
「何度も言いましたが、好きなのはルーク様だけですよ?」
「…分かっているが、どうにもならんのだ」
「えええー、そう言われても。どうしたら良いのですか?」
「其方がもっと俺を好きになればいい」
言ってるじゃないですかぁ…と困ってしまう。魔王は際限がない。普段執着が無かった人がお気に入りを見つけるとこうなるみたいな感じ?
一息ついて魔王へと身体をそっと寄せる。こてん、と胸元に頭を預けながら仕方がない人だと思う。魔王ルートのエンディングは一番、執着愛が強かった気が。そうかぁ今の私が本当に?
「スカーレット…」
頭上からの声に頭をあげれば、素晴らしく整った表情が降りてきて…静かに唇が重なる。声も顔も最高か…と心で思ったのは秘密。まさに今前世の記憶である私が狂喜してるだろうシチュエーション。
今日もご馳走様です